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しまったー!

すっかり寝ちゃったよ!


 製造工程とか色々興味深々だったし、なんなら施設見学とかも連れて行ってほしいと思っていたので、昨夜のうちに約束を取り付けるつもりでいたのに、ガバッと起きるともう父はいなかった。


 ぐっすり眠っていたジルを起こしにきた乳母曰く、父は朝まで添い寝した後、早朝に起き、ジルの寝顔をじっくりと堪能して、そして大分ご機嫌でお仕事へ向かったそうだ。


ちくしょう!これだから5歳児は…


 不貞腐れたジルは、ぽすりと羽毛布団に頭を埋めた。

乳母があらまぁと笑い混じりにつぶやいたのが聞こえる。

きっと父にもっと甘えたかったのに置いて行かれて、ご機嫌ナナメになったとでも微笑ましく思っているのだろう。


 しかし羽毛布団は柔らかい。そして獣臭というか、中身の鳥の気配を一切感じさせない素晴らしい出来上がりだ。


魔導の力とか魔道具とかあるらしいけども、あの短期間でどうにか出来ちゃうもんなの?

本当に魔法みたい。

いや実際に魔法を使ってるんだけどさ。


 それがあるからこそ、前世での詳細な製造工程など知らぬジルでも、安心して今世に情報の丸投げをできたわけだが。


 ジルがさわさわと布団を撫でながら色々と考え込んでいると、乳母も興味を持ったのか一緒に布団を撫でたり持ち上げたりし始めた。

「ひいさま、この羽毛布団というものは本当に軽いのですねぇ。そして触っているだけで暖かさを感じます。

全く旦那様はこの様に素晴らしいものを、よくあっという間に作り上げられましたね。乳母やもこれが売り物になったら是非一番に買いに行きたいと思いますよ」


 乳母のエリーザはジルをひいさまと呼ぶ。

基本的には王族の娘しか姫と呼ばないものなのだが、なぜ乳母はジルをそう呼ぶのか、昔聞いたことがあった。

「ひいさまがお生まれになって、乳母として初めて引き合わされた瞬間に、この世にこんなにお可愛らしいお子様がいるなんてとまず思ったのですよ。

お母上譲りの金色のポヤポヤしたお髪。

お目覚めになって泣き出した時に見えた、春の若葉の様な緑色のぱっちりしたお目々。

それはもう本当にお可愛らしくてお可愛いらしくて…

お会いした瞬間からずっと、ひいさまは乳母やにとっては大事な大事なお姫様なのですよ」

と教えてくれた。


 そう思う気持ちはきっと、ジルの乳兄妹であった子も含めた、乳母の自身の子供たちをすべて喪った事も強く関連しているのだろう。

乳母は三人ほど男子を産んでから辺境伯家へ奉公へ上がってきたそうだ。

当時母より大分年上ではあったが、初めての妊娠、出産に戸惑う母の良き相談相手になるべく選ばれた子爵夫人であった。


 感心する乳母の声を聞いて、すでに羽毛布団に興味津々だった部屋にいたジル専属の侍女たちも、ここぞとばかりに集まってくる。

「うわ!すごーい!」

「何これ?!…え、何これ?!柔らかくて軽くて初めての触り心地なんですけど!」

侍女たちそれぞれが感想を述べるが、驚きの新触感すぎて普段出さない様な大声まで出してしまい、乳母に睨まれている。


 ジルが目論んでいた通り、チューダー織のシーツに包まれた羽毛布団は、見た目だけならいつもの羊毛布団とさほど変わらない。

だけどもひと撫でしただけで、空気をたくさん含んだふわふわ感が分かるし、羊毛布団に慣れた者は、布団を持ち上げた時の重さが、脳内のイメージと違いすぎてびっくりするほどだ。


重いと思って持ち上げたダンボールの中身が実は空で、スカっとなっちゃって逆にめっちゃびっくりしちゃう感じ。

あんな感じ。


 ベッド周りでキャッキャと感想を述べ合う彼女たちを見ていると、自然に頬が緩んでくる。

おべっかではない彼女たちの心からの称賛が嬉しい。


みんなすごいって、欲しいって言ってるよって父様に伝えたらどんな顔するかな?


 ジルは父の照れ笑いを想像するだけで今すぐ伝えに行きたくなってしまった。


あ、父様に会いたくなっちゃった…単純にこれだけで押し通せばいけるんじゃないかな?


 普段からジルに激甘の父のことだ。

ご機嫌だったとの事だし、お仕事先への突撃だって苦笑いで許されるのでは?

そして羽毛布団の工程を聞き出し、あわよくば施設見学まで連れて行ってもらえたならば。


「エリーザ、私ね、父様に会いたくなっちゃったの。

だからこれから父様のいるところに連れて行って」

 ジルはまだ布団をためすがめつ眺めている乳母に話しかける。

だがジルに目線を戻した乳母は、その後目を三角に尖らせた。

「ひいさま、その様なわがままはなりません。ただでさえ旦那さまはこの時期お忙しいのです。

ひいさまが申せば旦那さまは喜んで迎え入れるでしょうが、その分周囲の者に皺寄せが行くのです」


厳しーい!

この乳母、実は厳しーい!


 ジルは思わずショボンとはするが、乳母の言うことも実際その通り。

この羽毛布団プロジェクトのせいで、多分相当皆に無理させているはず。数日前に見かけた文官たちの顔色を思い出しただけでもそうだと分かる。これではブラック領地だ。


「ごめんなさい」

ジルは目線を下げて素直に謝ることにする。

怒れる中年女性には早期撤退が正解であることは、前世で嫌と言うほど学んだ。

楽しそうだった侍女たちも、急に変わった空気感にオロオロしているのが分かる。


「ひいさまのお寂しいお気持ちはこの乳母やは分かっておりますよ。そしてすぐに皆を大切に思ってわがままを引っ込められるのもひいさまの大変によろしいところです。

とってもいい子のひいさまには後でこの乳母やが、旦那さまにお時間をとっていただける様にお願いしてきましょうね。ひいさまがお会いしたいと申しておりますと」

 乳母がまだベッドの上にいるジルの隣に座り、背中を撫でながら、先程と打って変わった優しい口調で話しかけてくる。

ジルの心情を微妙に読み違えてはいるが、厳しいのと同じぐらいこの乳母はジルを愛情深く育ててくれているのだ。


「ありがと」

ジルが目線を乳母に合わせてそう言うと、乳母がにっこりと笑って、起き抜けで乱れ切ったジルの髪を優しく手櫛で整えてくれた。


 その後ろで侍女たちが『うちのお穣様マジ天使』と悶えているのが見えた。


ーーーーー


 ようやく父に会えたのは夕食の時。

これでもジルが会いたがっていることを聞いて、超特急で仕事を終わらせて夕食に間に合う時間に帰ってきてくれたらしい。


 ホクホク顔の家令のセバスチャンに

「お嬢様のかの様なわがままでしたら、毎日でも仰られるとよろしいですよ。旦那さまの仕事効率がそれはそれは格段に上がりますので」

と言われてしまった。

父はどれだけ頑張って帰ってきてくれたのか。


「ジル、エリーザにジルが父様に会いたがってるって聞いたよ。何かあったのかな?」


 父が食事の手を休めてジルに話かけてくる。

ジルも手を止めて、すぅっと背筋を伸ばし、父の方へ乗り出す様にして一番に伝える。

「布団を見た皆が布団と父様をすごいすごいって褒めてくれるのです。私も嬉しくて誇らしくて…それを早く父様にお話ししたかったのです」

予想通りデレデレと父の顔が笑み崩れる。

「いやいや、私の可愛いジルは、癒しと活力だけではなくて、素晴らしいインスピレーションまでもを父様に与えてくれる存在なんだよ。

今回だってジルのヒントがなければ、父様だって布団なんてわざわざ作ろうとも思わなかった。

だと言うことは回り回ってジルが一番すごいし誇らしいし可愛いし天才でもある天使っていう事になるんだよ。だからその賛辞は全てジルのものだ」


あれ、なんか賞賛が増えてるけど…


「肉に関しても、生肉は元より市場に卸すつもりだったけども、これからは大規模な飼育場も出来るし、かなりの肉が出そうだからね。長期保存食としての加工が出来ないか、魔導士とも今後も色々とあれこれやってみる事になってるよ」


さすが父様。

同時進行で僻地の産業不足を仕留めにかかるとは。


「美味しいお肉がお腹いっぱい食べられるのは皆が喜びますね。

それとエリーザは布団が売られたら、一番に買いに行きたいって言っていました。他のみんなもどうやってこんな軽くて暖かい布団になるのか不思議がっていて…私も布団ができあがる所を実際に見てみたいと思って、父様にお願いしたかったのです」


 ところが父はむむむと顎をなぞる。

「ジルが自分が言い出した事だし、興味がある事は分かるがね…でも正直ジルが見ても楽しいとは思えない場所だと思うよ」


なるほど。

夕べ父が少し話してくれたのは、血や肉や生臭さを取り除いた婦女子向けの話であって、実際は食肉工場な訳だもの。


 ジルの血肉となり、安眠をもたらしてくれるありがたいガチョウとは言え、全てを見るにはまだ早いのではないかと父は言っているのだろう。

ジルとて、前世からも鳥獣を絞めるところからスタートする食事はした事はない。せめて魚までだ。

「もっと量産の目処が立ったら、各部門で建屋を分けるから、そうなってから見学に行くといいよ」

父はにっこり笑ってそう話を締めた。


父様お気遣いありがとうございます。

もうちょっと待ってからにします。

今日突撃しなくて良かったー!

エリーザ止めてくれてありがとー!


 その後は夕べ聞きそびれた父の武勇伝、婦女子向けマイルドバージョンを大変興味深く拝聴することができた。

父の話はうまくいった部分が主で、時折失敗談も出るが、実際は苦難の連続で、散々試行錯誤したであろう事は忍ばれる。


きっとプロジェクトなんちゃらみたいだったんだろうなぁ…


 集めた羽毛を、うっかり風魔法の調節失敗で全てを部屋中に吹き飛ばしてしまって、後始末に四苦八苦した話など、楽しそうに目をキラキラさせて語る父は、充実した一カ月を過ごしてきたのだろう。

辺境伯の家に生まれ落ちた瞬間に施政者になる定めを背負う事にならなければ、父は研究職や生産職についていたのではないだろうか。

魔導士や技術者たちと議論を交わしながらのトライアンドエラーも、また楽しかった様だ。


 今後大掛かりな産業に育て上げていくにあたり、大いに魔導の力を駆使して、大部分をオートメーション化する事に成功しそうだと言う。

しかも生きているガチョウを、苦痛無いまま絞めて処置をして、羽毛とお肉部分とに分け、それからはそれぞれの加工が始まるわけだが、ここまでのすべてを流れで行う、魔力を使って動かす魔道具を作ったそうだ。


なにそれもうすっかり工場じゃん!

なんなら前世より凄いもんが出来上がっちゃってる!


 ガチョウを育てるのも、有精卵をコピペするかの様に連続で生み出す魔道具が出来上がっていた。


前世だったら全世界から生命倫理観でぶっ叩かれそう!


 軍兵と共に行ける限りの魔物の森の奥からホースを繋いで、風魔法で飼育室への空調を整えてみた所、物凄いスピードでガチョウが育ったらしい。

それも当社比⒈5倍くらいの大きさにまで。


いつの間にか、魔物の森の謎の解明にまで携わってる!

え、それは人間大丈夫なの?


 あまりの情報量の多さに、夕べ、ジルの目が冴えていたとしても多分理解できなかったと思う。

今もとっくに食事も終わり、談話室に移動して父はお酒、ジルはお茶を飲みながら、終わりの見えない話を聞いている。


 お肉はこれまで通り食肉業者が加工を請け負うが、領内では鳥の肉が安価に流通する様になるだろうとのことだ。

今までは森から定期的にやってくる魔物の肉や、牧場で飼育されている家畜が食卓に登る食肉の主だった。

鶏は卵目当てに飼育はされてはいたが、鳥は個体が小さい故に取れるお肉も小さいので、結果値段もお高めになってしまっていた。

前世、国民の人口より多く飼育されている羊肉は安いが、次に牛肉、豚肉と値段が上がっていき、鶏肉が一番高く売られていた国があったことを覚えている。

とにかく安いお肉が出回れば、領民も喜ぶだろう。


 だが命を頂くのであるから、ダブつくことなく、全て無駄なく消費できる様にせねばならないし、今後は燻製したり加工したりして、長期保存できる様にしたいそうだ。

それらが領民のための兵糧や備蓄に回せる様になる事が、父の目標である。

時間を止める系の、なんかそういうの作れないか考えるだけでもロマンだよねーと、父が呟いていたのが怖い。


ふわあああ…一ヶ月で一体何年分の技術革新起こしてるんだろう。この世界にオートメーションって概念あったのかな?基本職人さんたちによるひとつひとつ手仕事ってイメージなんだけど。

しかも領のトップである父様主体で、まだまだ派生プロジェクトが進むなら、周囲はのんびりする間も与えられないだろうな。

しかし、百年単位で魔の森の謎ってほとんど解明されていなかったはずなのに、どっかに論文発表出来るくらいの結果じゃないのかな、これ。

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