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父が戻ってくるまでは伯母が滞在してくれているお陰でジルは寂しさを感じることがかなり減って、むしろ伯母がいる間に出来ることを精力的にこなした。
伯母がいた頃よりだいぶ発展したチューダーを案内し、領内に新たに生まれた産業を見せて伯母を大変驚かせた。
意外な事に、ドレスメーカーの見学よりも羽毛布団の工場の方が伯母にとって興味深かったらしく、怪我により引退した顔見知りだと言う元軍人の工場長へと次から次へと質問をぶつけていた。
実はものづくりを好む血脈は伯母にも流れているようだ。
伯母をダフネに会わせ、ジルや伯母がフォーサイスから持ち帰った刺繍の意匠などを組み込んだ新作ドレスの製作や、それに合わせたパリュールの発注もしてもらう事ができた。
それなりに忙しい数日間であったが、伯母はジルの手持ちのドレスをウキウキと眺めながらお茶を飲んでいた。
「ああ!久しぶりにオシャレを満喫したわ。
幾つになっても楽しいわねぇ。出来上がりもとっても楽しみよ。
ねえ、今回の注文の品が出来上がったら、ジルの都合によっては配達はジルが請け負ってくれないかしら?
そうしたら魔法の修行抜きで今度は我が家にゆっくり滞在してちょうだい。あなたが帰ってしまってから屋敷の灯りが一段暗くなったような気がするのよ」
半分は冗談のような伯母の口調ではあったが、考えてみれば混乱の最中であるシルフォレストの貴族ではなく、フォーサイスで新規顧客開拓するのも良い機会かもしれないし、現在少々流通が滞ってしまっている羽根布団の輸出先の新たな開拓もできるかもしれない。
「ええ、父様と相談して決めさせていただければと思いますわ」
「まあ!嬉しいわ。連絡をもらえたら都合に合いそうな夜会か舞踏会を探しておくから、今日注文したお揃いのエンパイアドレスで一緒に参加しましょうね。
あなたとドレスをみんなに見せびらかしたいわ!」
もう数日のうちに戻るであろう父たちが帰ってくれば、この伯母ともまたしばしの別れである。次の約束が出来ることはとても嬉しい。
それまでにあと数着は宣伝のために新作ドレスを作って持参しようと、ジルは心のメモに書き込んだ。
ーーーーー
先触れが、父たちの帰還が近いことを知らせてきたそうだ。
執事長に促され、玄関ホールに伯母と移動する。
開け放たれたドアからは、だいぶ春めいた風が吹き込んできている。
どうしよう!もう今から涙出そう…
ドタバタがこれでやっと終わるんだ。
また父様とのんびりスローライフ再開できるんだ!
車列の先頭がまだ遠い門扉から見えた時、走り出したくなる足をジルは必死に抑えた。
父も同じ気持ちだったようで、馬車が停まった途端自分でドアを開けて飛び出してきた。
「ジル!」
「父様、よくご無事にお戻りになられました…」
しばらく抱き合い、再会を喜び合った。
が、その時、ジルの背後から抱きついてくる者がいた。
「ジールー、私も久しぶりなのだー」
間延びした声の主はタリーだった。
「タリー様もお疲れ様でした。ご無事にお戻りになられて安心いたしました」
ジルは前後から挟まれていて動けないので、目線だけ声の聞こえた真上を見上げてジルに言う。
タリーはジルがそういう間も抱きついたまま、ジルの旋毛辺りに自身のおでこを何度も擦り付けながら愚痴り出した。
「もう…もう…私だけならパッパと移動できるのだから、なんならこの屋敷から王城に毎朝出勤しても良かったのだー。
なのにお前の父がそれはズルいとかなんとか難癖を付けおって、この私を王城に缶詰にしおったのだよー。
父親の権限を使って私を縛り付けるとは、本当に本当にお前の父親は腹黒なのだー」
そう言う頭の上のタリーは脱力していっているようで、だんだん重たくなってきた。
いよいよ耐えられなくなる前に父がジルを攫い出し、タリーから引き離した。
「大体、姉上が居られるとは言え、女性しかいない屋敷にあなたを戻すはずがないでしょう。
あなたのお立場がどうであれ、他の者と同じ様にジルに相応しいかどうかは厳しく審査いたしますよ」
まるでタリーが求婚者であるかの様な父のおかしな物言いに、ジルは疑問に思った。
「父様、タリー様は女王…女性ですわ。一緒にいてもなんの問題もございませんでしょう?」
父は苦い物を飲み込んだ様な顔をしてジルを見てから溜息をついた。
「はぁ…だよなぁ。多分ジルの認識はそうだろうとは思っていたよ。タリー様は女装…うぅん…この様な衣装を纏われてる時は女王、そうでない時は王と、精霊族にとっては敬称については単なる便宜上の付属物に過ぎないんだよ」
父の溜息混じりの発言にはジルの頭の中は大混乱だ。
「は?…はぁ!?」
父の顔とタリーの顔を焦った様に見比べるジルのその目前で、まるでしゅるんと音がしたかの様にタリーが変化した。
ジルが見上げるほどの長身に、髪色と瞳の色など顔の造作はほぼ変わらないというのに少々面長になっただけですっかり男性に見える様になったタリーが立っていた。
もちろん衣装もきちんとコートを纏った男性の服装だ。
ばらりと散らかった長い髪を背に一本に結びながらタリーが言った。
「これは精霊王って言われる体だの。
うーむ、なぜだか人間社会では女性体の方が不愉快な思いをする機会が多いので、外交の際にはこっちで過ごす事が多いのう」
この際にと詳しく聞けば、精霊の性別はあまり重要視されないとの事だ。
ある程度上位になれば、体の造形も性別も思いのままであるならば、確かにそれは重要視する意味はない。
だがそれは精霊界だけの話であり、人間界には当てはまらない。
私…私…タリー様とドレス作り絡みでキャッキャしてた時に面前で下着になって着替えたりとかしてた!
ジルは血が一気頭にのぼっていき、真っ赤になったかと思うと、バッタリと倒れそうになった。
慌てて父が支えてくれたのでなんとか持ち直したが、ジルは何か言いたいのに言葉が出ない。
「たたた…タリー様?」
「そうか、そんな事もジルは知らなんだか。
まあまあまあ、かと言って大した問題ではない。気にするな」
タリーが呑気にカカカと笑い、そんなタリーにジルが淑女の仮面をかなぐり捨てて怒鳴り出そうとした時に背後から笑い声が上がった。
こんな時に笑うとは何事かとジルが憤怒に表情で振り返ると、そこにシルフォレストの王が立っていた。
「ああ、申し訳ない」
口では謝っているがまだその目も口も笑いの形だ。
王様いたの忘れてた!
「噂通りジルヴィア嬢はタリオン様の愛し子で在られるのですな」
タリオン様?愛し子?何の話?
ちょちょちょ、分かんない!分かんない!
急な話の展開にジルは置き去りになり始めた。
目を白黒させるジルに更に笑い顔になるシルフォレスト王。
「噂…は分かりかねますが、そもそもですね、タリー様とはお友達と言いますか…ねえ?」
ジルはタリーを見上げて、タリーは後を任せる。
「そうじゃなぁ。最初はおかしな女に追いかけられておかしな願いをされて。
それがジルで、そのジルはデニスの孫で。
いや…結局ジルは、友ではなく我が弟子になったのではないか!いや待てよ、ああそれも違うな…友でもあり弟子でもあるか。こう考えると短い間であったのに濃密な日々であったなぁ」
ジルの頭を優しく撫でながらタリーは言う。
その手を弾き飛ばしながら父が口を出してきた。
「ええ、ええ。友で弟子、それで良いのであれば我が家は大変歓迎いたしますよ!」
玄関先でずっと騒ぎ続けそうな一行を使用人一同で屋敷の中に誘導するまで、まだあと少しかかりそうだった。




