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帰ってきてから数日というもの、アシュリー家の屋敷でジルは散々乳母に甘えていたが、徐々にお客様扱い期間が終わっていき、通常の厳しい乳母に戻った事を肌で感じていた。
なにさ、こないだまでひいさまはいてくれるだけで良いのですよーって言ってたくせに、ダラダラお昼近くまで寝巻きのままでいるなんてだらしない!って急に怒り出すんだもん。
はぁ…とうとう久々実家モードは終了かぁ。
渋々ジルは止まったままだった仕事に手をかけることにした。
抱えている仕事の中でも、今一番形になっていないのはダウンジャケットだ。
今はかなり惜しい所まで来ているので、今年は間に合わないだろうが、来年の冬こそ皆に着てもらえる様にしたい。
ジルが羽織っているのを見て興味深そうにしていたデニスも、何気にあれを気に入っており、アイデアを出してくれつつ一緒に手直ししたいと申し出てくれていた。
ジルが戻ってきた事を知ったドレス部門も宝飾部門も、担当の文官がジルと連絡を取りたがっていた。
父もタリーもまだ王都から帰ってこない。渉外担当は領地にただ一人残っているジル一人が務めるしかない。
今も一応戦時中であるのだが、父のいつも通りの飄々淡々とした雰囲気での王都行きを見ていた皆は、とっくに安心して呑気に過ごしている。なので仕事を進めたがっているのだ。
王都から父が送ってきた手紙を読めば、無事に王都に到着して戦後処理が粛々と進んでいる事が分かる。
タリーの睨みのおかげか順調過ぎるほどらしく、思ったよりは早く帰れそうだと最後に記してあった。
南部は辺境伯の造反が発覚したので取り潰し、同調していた一部の貴族も連座で裁かれたそうだ。
うーわー!!
あっちの辺境伯はフーアに乗っかって謀反か。まあ色んな国を揺るがす様な、これだけデカいのやらかしたって事はもう死刑しかないよねぇ…でも樽も一緒にって嫌な道行きだなぁ。
王都で今も、タリーは精霊の末裔がいるチューダーを裏切り者のいるシルフォレストに置いておけないとごねているそうで、フォーサイスへの組み込みが検討されているそうだが、これには立太子した第一王子のカイン王太子が強く引き止め、これにマルグリットやサイモンも王太子の味方に付いているらしい。
宰相を始めとする城内の組織も一新し、各地方の貴族にも監査人を入れるそうで、これを機に南部の影響を全て排除する動きが始まるようだ。
シルフォレスト王国も生まれ変わるべく刷新されようとしている。
でもねぇ国替えとなるとなぁ…タリー様の言うこととはいえ、シルフォレストだけがどうのこうの話じゃ無いもんね。あっちのトップのフォーサイス国王までお出まし願わなきゃダメな話よねぇ…所詮小娘の私にはもう話が壮大すぎて。
これはジルがあれこれ考えても仕方ないような大人のお話だなぁと思っているその最中、ファックスもどきから手紙が届いた。
チューダーの屋敷にストークスの伯父と伯母がやって来るという。
一瞬飛び上がるほど喜んだジルであったが、その先を読んだジルの顔色は青くなった。
伯父伯母と共にフォーサイス国王も一緒に来るそうだ。
いや逆か?国王に伯父様と伯母様が一緒に来るのか。
いやいや、そんな細えこたあーどうでも良いのよ!
どうしよう!王様がうちに来ちゃう!
連絡を受け取ったジルは驚きながらも慌てて父に連絡をすると、既に把握していてフォーサイス国王がシルフォレストの王城まで行くために、ちょうど良い場所にある我が家に一晩滞在をするだけだそうだ。
…それにしたって隣国の王族を私一人で迎えるのなんか一体どうしたら良いのさ!
でも伯母様はここに残って王様御一行のお戻りを待つって言ってたからそれは嬉しいなぁ。
多分お世話係のお手伝いに伯母様が同行してくださったのかな?
はぁ…戦後処理とか仕方ないとはいえ、毎日のようにゴタゴタが続くけれど、いつになったら平常モードで生活出来るようになるのかなぁ。
嬉しい事もあるが大変な事が増えたジルは、気の休まる暇が無くなった。
安心の塊である父も不在だ。
使用人たちは何かと気に掛けてくれているが、それでもジルの気持ちが萎えてきているのが分かる。
…私は自分のホームに無事帰って来れて、みんなそれぞれ頑張ってるのも分かってるんだけど。
最悪の想定してた時に比べたらこの結果は万々歳のはずなんだけど。
でもやっぱり寂しいなぁ。
大好きな人たちが身近にいない日々がとても寂しい。
これまでは色々あったとしても常に肉親の誰かが一緒にいてくれたのだ。
それでもみんながみんなと笑えるように頑張らなくっちゃ。
緩みそうになる気持ちを毎日張り直して、みんなで笑い合える日、それだけを目指してジルは父の代わりを受け持って精力的に動いた。
ーーーーー
遠くに馬車の車列が見えると、久し振りにジルの心は浮き上がった。
伯父と伯母が乗った馬車もあの中のどれかにいるだろう。かと言ってはしゃぐ訳にはいかない。
同じ車列の中にフォーサイスの国王もおられるのだ。
やがて馬車から降り立ったフォーサイスからの客人たちと挨拶を交わすと、ジルが女主人となって慣れないながらも采配を振るった。
各部屋を割り当て、その中でも最上の部屋へと国王を執事長に案内させた。
不足はないか気を配り、客の希望を先回りして把握し、使用人たちへ指示を出した。
夕食は小規模ではあるが歓迎の晩餐会として、今やチューダーの名産品となった鴨料理を始めとした出来うる限りの心尽くしを供した。
保護者不在だってのに若干17歳の女の子が家に国家元首お迎えするとか、一体どんな無理ゲーなの。
そりゃ伯母様も手伝ってくれるけど、それでも失敗粗相があったらダメだと思うと、気疲れ半端なくてめっちゃ大変なんですけどー!
王様いるから仕方ないんだけど、それにしたって来る人数多すぎるんだってば!
うちに入りきらない人たちは外で野営してくれてるけど、そっちも気を配んなきゃいけないとか、本当に一泊だけで良かった…
翌朝、皆が口々にもてなしの礼を述べながら馬車に乗り込んで、王都へと向かっていった。
手を振りその車列の最後の一台を見送ると、思わずジルは大きなため息をつき肩を大きく落とした。
「あらまあ、ふふふ…ジルってば」
伯母のアリシアが小さく笑ってジルの肩に手を置いた。
「お疲れ様。皆褒めておられましたよ。アシュリーの小さな貴婦人の真心の籠ったもてなしは素晴らしかったと。
何よりも寝具は大好評だったわね。さすがチューダーの羽根布団は具合が良すぎて起きて布団から出るのが嫌だったと、王すらもそう申しておりましたよ。わたくしもとってもお鼻が高くなりましたわ。ほほほ…」
伯母が笑い声を上げながらジルの頭を優しく撫でる。
お客様たちが満足して旅立ってくれたのなら良かった…
だがそれよりも。
「伯母様!」
ジルは伯母に抱きついた。
「あらあらどうしたの?」
「やっと伯母様とゆっくりお話し出来ますわ」
「ふふふ、甘えん坊さんね」
ジルは母を覚えていない分、伯母の中に今は亡き母の姿を見る。
シルフォレストのカーン領に滞在していた時、伯母は折に触れて母の話を聞かせてくれた。
父の視点からではない、他の視点から見た母の在りし日々は新鮮だった。
その時、伯母は今は亡き母の代わりにジルの母になろうと言ってくれた。だから困った事があればすぐに言いなさいと優しく言ってくれた。そんな伯母がジルに今寄り添ってくれている。
国王の一団へのもてなしも、伯母が合流してからは勝手知ったる実家とばかりに共に采配を振るってくれたので、ジルはとても気が楽になった。
「さあ、ジル。お家に入りましょう。一緒にお茶を飲みながらお話ししましょうか。それともあなたのドレスを見せてもらおうかしら。
とにかく時間はまだまだあるわ。あの人たちは出かけて行ったばかりだもの。戻ってくるまで一週間くらいかかるのではないかしら。その間たくさん楽しい事しましょうね」
伯母の優しい微笑みにジルは心底ホッとした。
甘えるように伯母と腕を組み、まずはお茶を楽しもうと思ったジルだった。




