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その日のフーアの王は躍り出したくなるほどの上機嫌で、自分の寝床へ入った。
憎くてたまらぬ、シルフォレストのミラー辺境伯を討ち取り、その首を城壁にぶら下げてやったとの連絡を受けた時は胸がすく思いがしたものだ。
あの男は狡猾に人の足元を見て、図々しい頼み事や厄介な者の始末など、面倒くさい話ばかりを持ち込む奴だった。
内心忌々しく思いながらもあの辺境伯の言う事をずっと聞いてきたのも、この様に機が熟すのを待っていたからだ。
はっ!何が精霊だ!
あれから何百年経ってると思ってるんだ?
あれからどれだけ世界中の魔力が無くなっていってると思ってるんだ?
それに比例して精霊どもの力だって落ちているのが道理であろうに。
王はそんなものに恐れ慄くミラーを切るのも、これがいい機会であると思った。
役に立たないなら役に立たないなりに、我が国の礎となれば良いのだ。
戦争に使う武器類は十分ミラー家に溜め込ませてある。
我がフーアと違って気候にも土地にも恵まれたシルフォレストのあちこちを侵略していけば兵站にも困らないだろう。
辺境伯の砦さえ突破してしまえば、平和ボケしたシルフォレストの軍勢など恐るるにも足らず。
落ちぶれ荒れた今のフーアの現実では無く、これから未来のフーアの発展を頭に描きながら眠りの淵に落ちるまでの時間が王の一番の好きな時間であった。
その夜の夢は妙にハッキリとしていた。
見覚えのない銀髪の男が真っ白な世界の中でポツンと立っている。
「何者だ!」
王はなぜかダラダラと汗をかいていた。
どうしてもあの男が怖いのだ。
王は夢だと分かっているので何とか目覚めようと、どうして良いのか分からないままとりあえずジタバタと身動きを取ろうとした。ところが体は凍りついたかの様に一切動かない。
それなのにどんどんと男が近づいてくる。
王は嫌だ嫌だと思うのに、とうとう銀髪の男の瞳が緑色だと分かるくらいの距離まで近づいてきた。
「やあ、フーアの王よ。随分と久しぶりだ」
見知らぬ男だというのに親密に話しかけてきたが、その目は一切笑っていなかった。
「お…お前は一体何者なのかと聞いておるのだ!」
「ははは。何を言ってるのだ。私だよ精霊族のデニスだ。
ああ、あれかい?精霊の子達を分けてほしいと言った話を蹴ったから怒っているのかい?
だが、そりゃそうだろう?同胞の子供たちを無残に殺されると分かっているのに渡す様な事が出来ると思うかい?」
「はっ、はぁ?」
何とも答えようがないフーアの王をさもおかしそうにデニスという男が笑った。
「はっはっは!我々が何も調べぬとでも思ったか!
まずは実験として何十も我が同胞たちを殺し、成功したと見ると何百も攫い、まだ足りぬと我々に求め、断られると今度は、戦争をちらつかせ人質を攫い隣国を脅したな!
我々は絶対に許さぬ!
これが精霊狩りの、精霊殺しの代償だ。見ろ!!」
男が真っ白な部屋に向かって手を払うと見慣れぬが見知った風景が広がった。
それは今よりは緑の広がる我が国の風景だった。
すると青空一転、かき曇ったかと思うと赤黒い雲が立ち、雷音が轟き世界が発光したかと思うくらいの一閃、その瞬間風景が吹き飛んだ。
「うわあああ!やめろ!やめろおおお!」
その後も何度も雷が我が国のあちこちを打ちつけた。
ようやく雲が晴れたかと思うと、でこぼこと荒れ果てた大地が広がるばかりとなった。
これこそ見慣れた現在の我が国だ。
「頼む、やめてくれ…」
いつの間にか体が動く様になり、震えて膝をついた王は立ち去ろうとする銀髪の男に手を伸ばそうとした。
「裁きは終わった。これで精霊族は沈黙するであろう。
だが我が主は大層お怒りだ…もう二度目はないだろう。
今後一切精霊には手を出さないと約束するのだ。そしてこれを肝に銘じる事だな…フーアの王、ガイルよ」
ガイル!
それは何百年も前に、国力の衰えかけたフーアを持ち直させようと、緑の大地を取り戻す魔導を行うために精霊殺しに手を出した、現王より何十代も前の王の名だ。
フーアの王はそこで飛び起きた。
汗まみれのベト付く体を引き摺り、ベッドから転げる様に降り、慌てて窓辺に立つと分厚いカーテンを開けた。
そこにはいつも通りの燦々と輝く朝日と何の翳りもない青空が広がるばかりだった。
「ははは、夢か…そうか。はは、夢ごときにこの様に慌てるなど、まるで子供の様だな」
照れながらそうひとりごち、薄いカーテンのみ閉めようとふと見上げた王の視界の隅には、フーア上空に赤黒い雲が広がりつつあるのが見えた。




