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散々なデビューだったその数日後、北の公爵家の舞踏会へ父と向かった。
そこには会いたくなかったあの女がまたいた。
あの女はデビュー時と違い、今度は色付きの衣装を纏っていて、それはまたしても見たことのないふわふわなドレスであった。
一体どこのドレスメーカーが手掛けているのであろうか。メロディも一着くらい注文してやっても良いかと思い始めていた。
兄たちがあの女の臍を曲げさせる事を言ったとかで、父がわざわざ詫びに向かうと言う。
こちらが頭を下げるのも気に入らないが、それを繋ぎにあのドレスの注文先を聞くのも良いかもしれないとメロディは思った。むしろ、兄に難癖を付けたのもそれがあの女の目的の様な気がしていた。
結果、父はけんもほろろに追い返された。
娘も娘なら父親も父親だ。なんて失礼な辺境伯なのか!
こちらが下手に出ているのに足元を見て、権力を笠に着た居丈高な物言いだった。
腹の立ったメロディはあの女が一人になった時を狙って追いかけた。一言何か言って思い知らせてやらなければ気が済まなかったのだ。
ところがこっちもマルグリット様に追い返されて、更に悔しい思いを重ねるだけの結果となってしまった。
あの日、あの女が目立った理由は身に纏った衣装と宝飾品であるならば、侯爵家ならば同等の物を用意するのは簡単であったし、なんならあの女よりももっと上等な物を倍以上用意することができた。
どこかであの女の鼻を明かしてやろうと思っているのに、シーズン中のどこの夜会や舞踏会に行っても会うことができなかった。
「メロディ。あんな女に負けてはダメよ!
そうだ。ねえメロディ、もうあなたもデビューを終えて大人の仲間入りしたのだから、殿下に対してももっと積極的になっても良いのではないかしら?
私もあなたのお父様に見染められるまで…ふふふ、それは頑張ったものなのよ」
ある日の午後、一緒にお茶を飲んでいた母のシシリーがメロディに言った。
「恥ずかしがり屋さんのメロディにはちょっぴり大変かもしれないけれど、メロディは殿下が大好きなのでしょう?だったらそれが少し伝わる様に行動したら良いのではなくて?
そろそろ殿下も婚約者を決めなくてはならない頃よ。殿下はゆくゆくはこの国の王となられるお方、あなたはその王妃とならなくては。
だからほんのちょっぴり恋のスパイスを効かせてごらんなさいな」
シシリーはそう言うと、メロディの頬を軽くつついて悪戯に微笑んだ。
それを聞いたメロディはなるほどと思った。
確かに今までは集団に埋もれてグイードと接触していただけだったからだ。
これまで数人の女性がグイードから個人的にお声がけをいただいていると噂を聞いた事があった。
メロディもそういった関係になるにはどうしたら良いのか分からずにいたが、そうか自分から個人的に接触すれば良いのかとようやく理解に至った。
それからは社交の場で会う場では、人影の少ない場所へグイードを誘い、交流を図るように積極的に持ちかけた。するとグイードの方からメロディを人目につかない所へ連れ出される機会も増えた。
メロディを見つめるグイードの目も熱を持ち、オーシャンブルーの瞳もとろける様だ。
母のアドバイスが効果を見せ始めたのだ。
殿下も私に好意を持ってくださる様になったのだわ…
メロディは天にも昇る様な心地であったし、毎晩の様に行われる社交も楽しくて仕方がなかった。
どこへ行っても、殿下からも周りの者からも女王の様に扱われた。
だがそれが崩されたのはまたしてもあの女のせいだった。
新年の儀のこと。
楽しい日々のおかげで、もうメロディの記憶の片隅からも追いやられようとしていたあの女が現れたのだ。
またしても煌びやかな衣装を身に纏い、社交界の大輪の黒百合として君臨しているマルグリット様までも引き連れている。
更にメロディの母世代の最大派閥を牛耳るジュード様までご一緒だ。三者三様これまた見たことの無いドレス姿で現れた。
年頃の娘たちは特に目が釘づけで、親たちにあのドレスが欲しいと強請っている。
「ほう…あの生意気な女も、思いがけない才能と人脈を持っている様だな。これは面白い」
メロディの横でグイードが呟いた。
呟きを拾ったメロディは手に持っていた扇をへし折れるかというくらい握り締め、頭の中は嫉妬の炎で真っ白に焼き尽くされた。
絶対に私のグイード様は渡さないわ!
あのドレスが皆の目を惹くならば、あの女より美しいメロディが纏えばもっと目立つであろう。
ところが王都中のドレスメーカーに問い合わせさせても、どこも取り扱っていないと言う。あってもあの女の二番煎じだ。
ならばあの女から聞き出さねばならないが、父が辺境伯家に問い合わせても受け付けてもらえなかったと言う。
残るは本人から聞き出すしか手はないと言うのに、メロディが気付くともう女はいなくなっていた。
本当に目障りなだけで役に立たない女!
ある屋敷で行われていた夜会で、いつもの通りグイードと抜け出したメロディはグイードに強請った。
「グイード様、私、あのドレスを着てみたいですわ。でもジルヴィア様に嫌われているみたいで…意地悪されてしまうのです。お前なんかに売るドレスなど無いって」
「なんだと!?あの女め…なんて可哀想なメロディなんだ。ああほら泣いてはダメだよ。君には微笑みが似合うのだからね」
二人は抱き合いメロディが唇を許すとグイードは、あの女にドレスを作らせる約束を取ってくれると請け負ってくれた。
ここまでの関係となると、二人の婚約発表も間近であろうと、メロディは二重の喜びに浸った。
思えばあの頃がメロディの幸せの絶頂だったのかもしれない。
翌る日、城から帰ってきた父とそれを踊る様に上機嫌で出迎えたはずの母が玄関ホールで言い争いを始めた。
そこで父を出迎えようと一足遅れたメロディの耳に衝撃的な言葉が聞こえた。
「それはどう言うことなんですの?
あなた今日はメロディの婚約の打診に城へ上がったのですわよね?」
「ああ。だが殿下に断られたと言っているんだ!殿下はアシュリー家に婚約打診なさっているそうだ。だから我が家の申し出は受け取れないと」
メロディは階段を駆け下り、自身の父に詰め寄った。
「お父様!嫌よ!私のグイード様なのよ!?あの女になんか絶対に渡さないで!」
そこから夫妻とメロディの言い争いが、執事が間に入って一番近い応接室に誘導されるまで延々と玄関ホールで続いた。
そして今だ。
あの日から坂道を転げ落ちるかの様に、南部の凋落は始まったと言っても間違いがない。
戦が起きるからと両親と共に久しぶりに戻った領地の屋敷で、アシュリー家討伐のための遠征で兄のクリストフが戦死したと報を受け取った。
あまりにも惨たらしい亡骸であるため、シシリーとメロディは見ない様に言われた。
クリストフは殿下を襲った黒々とした網状の煙に触れた途端、クシャリとひしゃげる様に体が縮みそして宙に放り出されたそうだ。
兄以外の何人もの近衛がクリストフと同じ様に助け出そうと動いたそうだが、兄と数人だけがその様な状態になったらしい。
無事か死か。その差はアシュリー家への対応の差であろうと噂され、戦では南部に近しい者が多数死んだこともあり、南部は精霊に呪われているとの噂が更に上乗せされた。
その後の南の侯爵家の当主であったレッド・ジョルダンが家人の面前で攫われる様に消えた話は噂レベルを飛び越し、実際見た者が多数の真実として流布された。
そして残された言葉。
「奴らは精霊との盟約を破った。よって精霊の沈黙も破られる」
これがとどめの一撃となり、南部に住まう者はすぐさま精霊の呪いから距離を取るべく、東と西、行ける者は北を目指しているらしい。
また全部…全部あの女のせいで…。
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家令はとっくに逃げたが、代々ジョルダン家に仕えてきた忠義からなんとか踏み止まった執事長は、現状に頭を悩ませていた。
たった数日の間の一連の出来事だと言うのに、すでに領地に残る者は、行く先のない食い詰めた者やならず者ばかり。治安は徐々に悪化しており、交通の要所であったはずのジョルダン領は今や閑散としている。
かつての栄華を取り戻すにはいかほどか…残る奥様もお嬢様も領地に関しては不勉強過ぎて役には立たない。
その時に最悪の一報が入った。
南の辺境伯、ミラー家がフーア王国に攻め込まれたとの報せだ。
執事長は当初、これは仕込みであると楽観的に考えていた。南部ではフーアとミラー家はズブズブの関係であるのは、他領では口には出せぬが周知の事実であった。
だからフーアがミラー家と共にシルフォレストを陥す第一手であろうと考えたのだ。
ところが情報が集まるにつれ、ミラー家の当主の首が城壁に掛けられている、ミラー家の縁者累々の首が城前の広場に並べられていると聞くと、これは本物の侵略戦争である事が分かった。
散々共に進もうと持ちかけてきていたフーアの甘言に南部は騙され、裏切られたのだ。
これはもう、フーアがジョルダン領に攻め込んでくるのも時間の問題であると悟った執事長は、騒ぐシシリーとメロディを何とか馬車に押し込み王都へ送った。
次期王妃と目されていたメロディだ。王城まで行けば生き延びる事は出来るかもしれない。
この執事の判断が遅かった事を知るのは、ならず者と糊口を凌ぐ暴徒たちによって馬車が襲われ、乗っていた者たちと荷物全ての行方が分からなくなったとの連絡を、這這の体で何とか逃げ帰った者から受け取った時であった。




