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父様は甘いとは知っていました。

分かっていました。

が!想像以上であったことを思い知らされました。


 あの父との短い散歩の後、しばらくしてから城ですれ違う文官の顔色が、どす黒くなり始めたなぁとは思っていたが、魔物の活動期が始まろうとしている忙しい時期に、父がビッグプロジェクトを立ち上げていたのだ。


「え、軍の分拠点脇に鳥小屋を作るのですか?」


 屋敷の壁内には領軍の本拠地があり、宿舎や訓練施設などが置かれているが、森のどこから魔物が出てきても最短で討伐に向える様に、森の周辺に砦と見張り台をいくつか設置して分隊を常駐させている。

もちろん隣国への監視も兼ねている施設でもある。


 地図上では国の首都から北方向へ、馬車で2日ほど真っ直ぐ進み、ポンコツ結界を過ぎたらアシュリー家のあるチューダー領で、しばらく平原があり、逆くの字に飛び出る形で森、半日ほど行ったその先に隣国の領土につながっている。

隣国との間に森があると言っても、広大な森の一部が楔形の様に張り出してきている形で、その森の深淵部は領地の東、外側にある。

分隊駐留地は緩衝地帯を魔物監視場所と称して、便利に使っている一例である。


 平原手前には水鳥パラダイスの湖があるので数ヶ所の駐留地では湖が近い。

領土をあげての新プロジェクトにするべく臨むためにも、ある程度の広さの敷地は欲しいし、宿泊施設も欲しいし、人手も欲しい。

魔物とか獣とかから弱い鳥さんたち守るのも、兵舎が近ければ安心だよねと、色々なわがままを叶える場所として軍施設に白羽の矢が立った。

まずは駐留地内に研究施設を作って、日夜試行錯誤することになったらしい。

父は兵を戦える飼育員として使う気満々の様だ。


 ジルは思わず鳥小屋と言ってしまったが、連日次々入ってくる新情報を繋いでいけば、そんな規模の施設ではないことが分かってきた。


 とりあえず捕まえた数種類の鳥さんたちの中から、いっぱい羽毛が取れておいしく食べれるのはこれ!とガチョウをセレクトした模様で、そうなれば数日で量産体制に既に突入し、まだ実験段階とはいえ、兵舎一つ分を改造して魔導の力を駆使しつつガチョウを育てまくっているようだ。


 ようだようだと言っているが、父が全く帰ってこなくなってしまったので、乳母や護衛の皆さんからの又聞きしかできないから仕方がない。


そして一ヶ月後、父帰る。


 夕食後、自室にいたジルは、ノックもそこそこにどかんとドアを蹴破る勢いで入ってきた父に目を丸くした。


「ジル出来たよ!試作品第一号だ!」


魔導すげえ!いや、魔導と父の愛の力すげえ!

どんだけ時間短縮してガチョウ育てたんだろう。

まだあの日から一ヶ月しか経ってないよ…


 そこには羽毛をいくつか頭に乗せてたまま、ジルが寝てしまう前にとよほど急いで帰ってきたのか、息を切らせた父の笑顔があった。


父がとっても褒めて欲しそうにこちらを見ている。

どうしますか?


 ジルは、ドアをぶち開け、布団をチャンピオンベルトの様に両手に掲げる父にとっとっとと近づく。

そしてそのまま父にジルは抱きついた。

「父様ありがとう」


 大変なことは全部父に丸投げで、思いついた事を言っただけにジルに、父は娘がどれだけ喜ぶかだけで動いてくれた。


まあ、ちょっとは今後のことも計算していただろうけども…


 この先に産業として成り立てば、結果、領民たちの生活が豊かになるであろうとも、先のことよりも何よりも今のそんな父の愛情がジルは嬉しい。

抱きついた父の腰に頬を擦り付けて

「父様おかえりなさい」

とジルは言った。


ーーーーー


もう、それはもう。

ふわふわです。


 もうそれしか感想はない。

あの後、普段使っていた重い羊毛布団から父の持って帰ってきた羽毛布団に替えてもらって、乳母に追い立てられる様に湯浴みを済ませた父と一緒にベッドに潜り込んだ。

今はまだ一枚しかない布団を、一緒に寝ながら使い心地を確かめようと、ジルは父に頼み込んだのだ。


 ふと考えてみれば、今世で物心ついてから誰かに添い寝してもらった記憶はない。

まだ5歳なら、前世では余裕で両親と一緒の布団で寝てる子はザラだろうに、現世では与えられた自室で一人寝は当たり前と思っていたから、寂しいとかも思ったことはなかった。


 だけど一緒の布団で娘と横になっていることに異様に照れている父を見ていると、こっちまでくすぐったい気持ちになってしまう。


あったかいな…


 羽毛布団特有の入った瞬間からじんわり感じる暖かさはもちろんなのだが、心がまずほこほこしている。

絶対的な安心の塊である父の温もりがこんな間近にある。

 

 たとえ今日がジルにたまに訪れる、なかなか寝付けない夜だったとしても。

そんな時に限って外は風が強くて、木々が何かに擦れているのか、何かの恐ろしい吠え声みたいな妙な物音が聞こえてきたとしても。

そして時折窓がガタガタいったとしても。

そんな日だったとしてもきっと、いつもみたいに布団を被ってひたすら朝を待つことなく、安心していられるだろう。

なんならずっと眠れなくても、父とおしゃべりしながら夜更かしする楽しい夜が過ごせるはずだ。


父様と一緒の布団に包まっているだけで、こんなに嬉しくて楽しい気持ちになるものなのね。


 今や前世と今世があやふやな共存生活を始めてしまったジルではあるが、この瞬間は純粋な5歳児であったジル自身の大きな感情が溢れてくる。


常に最大の愛情を示してくれる大好きな父様。

母亡き今、唯一の身近にいてくれる肉親。


 横になりながら、ガチョウが布団になるまでの、この一ヶ月の話を父からたくさん聞きたいのに、だんだん父の声が遠くになっていく。


「ああ、ふわふわだぁ」


 思わず声に出していた様だ。


 まずガチョウを数羽捕まえてきて、番を作らせバンバン卵を産ませてからの、周囲を大いに巻き込んだ武勇伝を嬉々として語り続けていた父がジルのつぶやきを拾って黙り、ふふっと小さく笑ったのが聞こえた。


 ジルの顔に散った髪の毛が、父の指で集められてそっと耳にかけられる。

おでこにキス。

そしてゆっくり頭を撫でられる感触。

何もかもがあったかい。


 父と目を合わせて一緒に笑い合いたいのに、ジルは閉じた瞼をもう開けることは出来なかった。

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