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伯父と伯母に怒られ、泣かれ、きつく抱擁を交わし、そしてまた近く訪れる約束をしてからジルはタリーにチューダーへと連れてきてもらった。
一カ月ほど前に、あんなに不安に駆られながら走り抜けた道程もタリーにかかれば一瞬であった。
久しぶりの屋敷が見えた瞬間は涙が出そうなくらいジルは安堵を覚えた。
エラは馬車で荷物と共に後から追いかけてくる。
タリーが一緒なら自分がいるより安心だと笑っていた。
玄関先にいた父が走ってきたかと思うと、ジルはもう腕の中にいた。
「ジル!ジル!よく無事に戻った!
事後報告は色々と聞いている。無事だとは分かっていても、私は心臓が潰れるかと思ったよ。
ああ…顔を見せておくれ。ジルが私の所に戻ってきたと実感させておくれ…」
胸から顔を上げ父を見上げると、目の縁が赤く染まっているのが見えた。それに気付くとジルの目にもみるみると涙が浮かんだ。
父様の所に戻って来れた…
一番安心できる場所に帰って来れた。
「ひいさま!」
声が聞こえてジルが振り返ると、危なげな足取りで乳母が走ってくるのが見えた。
転んでしまわないか心配で、父の腕から離れて乳母に走り寄り抱き止めた。
「ああ…ああ、ひいさま、よくお戻りになられました。乳母やはずっと心配で。やっぱりついて行けば良かったと何度後悔したか。こんな…こんな思いをするのでしたらもう二度とひいさまのお側から離れませんよ」
ジルの腕の中でしゃくりあげる乳母は少し小さくなった様な気がした。
「ごめんね…心配いっぱいかけちゃってごめんなさい」
二人で抱き合い泣いていると、父が二人の肩に手を置いた。
「ほらジルはお客様と一緒に戻ったのであろう?お客様が大分お待ちだよ。紹介してもらえないかい?」
は!とタリーの存在を思い出したジルは、慌てて玄関先に立ちっぱなしにさせていたタリーの元に戻る。
「タリー様、大変お見苦しい所をお見せして申し訳ございませんでした」
「そんなことはない。愛に溢れた、人間の美しい姿を見せてもらった」
タリーにジルの大切な家族をそう言って貰えて嬉しい。
えへへと笑ったジルを見るタリーも優しい目をして笑っている。
「ううん!ゴホンゴホン!」
父のわざとらしい咳払いが聞こえた。
「あ、ごめんなさい!こちらは精霊女王のタリー陛下です」
すると父以下、玄関ホールにいた使用人も全てが跪き、胸の前で両手を交差する伯父もやっていた座礼をとった。
後で聞いたところ、タリーがチューダーに来ると分かった時に、伯父から精霊族への正式な礼を習っておいたそうだ。
ジルの命の恩人に失礼は出来ないからねと父が笑って教えてくれた。
「精霊女王陛下、私はチューダー辺境伯デイビット・アシュリーと申します。
この度は我が娘の命を救っていただきました事、またわざわざシルフォレストまでお出まし頂きました事、重ねてお礼申し上げます。
この度の恩義に報いる印と致しまして、今後チューダー地方は各地に祠を築き、精霊を崇敬させていただく事といたします。魔力を持たぬものも見えぬものも含め、努努精霊族を汚す事なく尊重を続ける様、子々孫々まで伝え続ける事を現当主としてお約束致します」
深々と頭を下げて父はそう言った。
当主の決定であるので、今後今までの信仰と共に精霊信仰がこの地方に浸透していくだろう。
そしてその結果が精霊族を守る盾の一つにもなる。
「良い。私は友を守るべく動いただけじゃ。
お前は私の友の父であろう。頭を上げて立って欲しい」
「ありがたきお言葉。では遠慮なく…失礼」
立ち上がった父に習い、皆も立ち上がり、頭を下げながらめいめいの仕事へ戻って行った。
「さて、ジルは戻ったばかりだ。旅装を解いておいで。その間、父様が女王陛下のお相手を務めさせていただくから」
「え…でも」
「良いぞジル。そこな乳母がジルと話したくてウズウズしてる様だしな。ははは、ゆっくり甘えてくると良い」
ジルが乳母に目をやると、タリーの言葉に驚いた様な顔をしていたが、やがて嬉しそうに笑った。
「ひいさまのご面倒をみられるのも久々でございます」
おばあちゃん驚かすわけにはいかないから、言えないこともいっぱいだけど、でも話したいこともいっぱいあるー!
自然とジルは乳母の手を握っていた。
「じゃあ失礼してごめんなさい。なるべく早く戻りますわ」
それを聞いたタリーは顔の前で小さく手を振りながら笑った。
「よいよい。ゆっくりしてまいれ」
玄関先でタリーと別れたジルは乳母と手を繋いだまま廊下を歩いて行く。
そして時折顔を見合わせては微笑みあう。
嬉しいなぁ。
なんかこっち何の被害も無かったっぽいし、玄関にいたみんなも元気そうだし、本当に良かった。
ジルの部屋では侍女のリーンとも抱き合って再会を喜び、ジルがいない間に出来上がったドレスなどを見せてもらいながら、お互いの不在の間の話は尽きず盛り上がった。
たまに実家に帰ったらお母さんがめっちゃ優しくて、好物たくさん作ってくれたの思い出すわー
笑顔の懐かしい顔を見ながらの会話は楽しいが、ゆっくりして良いとは言われたものの、タリーを長く放って置くわけにはいかない。
準備ができたジルは父とタリーのいる応接間へ向かった。
ジルが中に入ると、二人は向かい合わせに座り、楽しそうに笑い合っていた。
なんか分かんないけど盛り上がってたみたい。
仲良くしてて良かった。
ホッとしながら父の隣に腰を下ろす。
「今ね、タリー様からあっちでのお話を伺ってたんだよ。本当に色々あった様だね。
たくさん誉めなければならない事と怒らないといけないことがある様だ。だがまずまだ戦時中でもあるわけだから、その件は先送りしておこうね」
父の目が笑っていない、口元だけの微笑み顔を見てジルは神に祈りたくなった。
どうぞ神様、父様が忙しさに紛れて都合の悪い事は忘れてくれます様に…
「それでだね、まずは現状を報告しておこう」
それから父が聞かせてくれた話は唖然としてしまう内容だった。
まずは国軍だが、勝手に瓦解していた。
あんなに泣くほどビビったのなんだったのさー!
まあ戦争らしい戦争にならなくて良かったけどさぁ…
病人と怪我人や、どうしていいのか右往左往していた兵以外はとっくに逃走していて、残された者たちは捕虜として元国軍駐留地に留め置かれているらしい。
逃走兵には上級兵や司令官も含まれており、チューダー軍が囲んだ頃には指示系統も何も無い状態だったとのことだ。
「まあそんなことで、父様とタリー様とで王都に行ってくるよ。捕虜も返してこないといけないし、今後どうするかシルフォレスト王国側と話してこなければならないからね。
こうなればもしかしたら国替えもあり得る話かもしれないね…まあ、そこも含めて話し合ってくるからね。
ジルを残して行くのは本当に本当に不安なのだけど、タリー様と相談して王都にジルを連れて行く方が危険があるかもしれないとなってね。
だからタリー様がジルの結界を強化して下さるそうなので、ジルはここに残ってもらう事にしたんだ。
それで良いね?」
聞き方は確認であるが、ほぼ決定されているだろう。
戦後処理の場にジルがいても何の役にも立たないだろうし、ジルは素直に頷いた。
出発は明朝。
タリーは夕食も一緒にしてくれるらしい。
ジルはそれまでお話ししましょう!とタリーを誘い、ジルの自室でリーンも含めてファッションショーとファッション談義に話を咲かせたのだった。




