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「一体どうしたというのだ!」


 順調に進攻を続けていたはずの兵どもの列が滞ったのは先程のことだ。

俺は先頭へ部下を走らせ、状況確認をさせている所だった。


「はっ!ご報告申し上げます!先んじて進軍を開始した第一班より伝令があり、作戦冒頭で突如結界が現れたとの事。

またチューダー側からの反撃あり。未だかつて見た事の無い飛行物体を確認した模様。

結界はあちらからの攻撃は通るものの、我が兵の攻撃は通らないとの報告あり。よってこちらの被害甚大の状況。詳細は追って報告が参ります。

一班に合流した第二班、三班と共に結界を突破しようと試みているものの、現時点では未だ叶っておらぬとの事であります」


 チューダーが結界が持っているとは事前の情報には無かった。だから作戦は結界が無い前提で組まれている。

…それにしても新型兵器に異常な結界だと?

一体誰だ!夜襲で混乱させれば簡単に陥せるなどと抜かした奴は!


 思えばこの作戦は最初からケチが付いてばかりだった。

俺たちはさっさと行けとばかりに王都から早いうちに出陣させられたというのに、この作戦の頭となるはずの第二王子殿下は待てど暮らせどなかなか出陣せず、再三お出ましを催促してやっと一昨日合流できた所だ。

着任後すぐ王子殿下から我々の仕事が非効率で遅いとのお叱りも受けた。


 近来無かった様な大雪に阻まれ思う様に進攻出来ず、無駄に長引いた遠征のせいで兵糧などは減る一方であるのに、後方からの支援は何故か滞り、ならば周辺からと近隣の領主へ物資支援を申し込むも、大雪と悪性風邪の流行でそんな余裕は無いと断りが来た。

確かに悪性風邪は流行っており、軍内でも体調不良者が多数出るなど猛威を奮っていた。


「結界だと?どういう事だ!?我が国の結界の位置が変わったのか?」

「いえ、魔力の見えるものに確認させました所、結界は形状的にはシルフォレストのものと同型と申しておりました」

「なに!?チューダーはシルフォレストに寝返ったという事か?」


 普通であれば情報が集まるにつれ対抗策や方針が固まっていくものだが、今回に限っては話を聞けば聞くほどよく分からなくなる。


「現状、チューダーからの捕虜もおりませんので、把握できている正しい情報は一切無い状態です。

更に結界が現れた瞬間より、チューダーに潜ませておりました間諜が全て吐き出されて参ったそうです」

「吐き出された…だと?」

それは一体どういう表現なのだ!?


「文字通り、領内の隠れ家に潜伏しておりました所を結界に飲み込まれ、そのまま結界外に吐き出されたそうです。

まるで結界自体が意思を持っていたかの様であったと。

間諜の一人は液体が追いかけてきたので逃げたそうなのですが、どれだけ逃げてもあちこちから湧いてくる様に液体が追いかけてきたと」

「はっ!?そいつは一体何を言っているんだ。酒でも飲みすぎたか薬でもやってたんだろう」

「数人の見える間諜からの情報を集めると、口を揃えて黄金色の液体に追われたと言っておりますので、あながち間違い無い情報かと現状思われております」

「そんなバカな…」

「また間諜の一人は魔力持ちという事で、北部から王都への連絡係として使われておりましたが、吐き出された瞬間から魔力が全て無くなっていたそうです。

休息を取ったのち、再度魔力が回復しているか測定する予定ではありますが、あの液体が何らかの原因なのでは無いかと考えられております」


 謎と疑問ばかりが積み上がっていくだけで、一つも答えが出てこない状況に苛立ちが募る。

どいつもこいつも、なんて無能な部下たちなんだ!


 その時、司令本部の外が騒がしくなった。ただでさえクソ忙しいってのに、誰だこんな時に騒ぎまで起こすとは!

続けて報告を聞きながらも外の騒ぎにイライラしていると、怒号と誰何する声が聞こえ始めた。

これは流石に無視できる状況ではない。


「うるさいぞ!今度は何だ!」

俺が司令部の天幕から出て、兵たちが取り囲む輪の中を掻き分け入ると、そこには真っ黒のコートを纏った銀髪の男が立っていた。


 その男は冷たい眼差しを俺に向けたかと思うと口を開いた。

「貴様がこの部隊の上官か。

私は精霊族の四氏族が一つ、ミドラー家当主のデニスと言う」


 ミドラー家だと!?その当主と言えば精霊国の王家直系の四精霊と言われる内の一人ではないか!

その名を知ったのは御伽話か昔話か?…まさか現実に存在するとは…それが何で急に現れたのだ?

こうなるともう嫌な予感しかない。


「この私自ら、貴様らに我が主からの使いを頼まれた」


 男が天に手を振り上げると、ドサドサドサっと上空から何かが降ってきた。

まずは認識できたのはどす黒い赤に染まった幾つかの頭部。人間の物だ。

 そしてその周りに散らばったのは細切れになった血肉だ。辺り一帯に戦場でよく漂っているえずく様な臭いが広がる。周りを囲んでいた兵たちが何歩も後退る。


「貴様らが送り込んだ者たちであろう?

奴らは我が主との盟約を破った。よって精霊の沈黙も破られる」

「な…な、何だそれは」

「ふん、貴様が知らぬとも構わぬ。今一度言うが古の盟約が破られ、よって精霊の沈黙も破られる。ただその事実があるだけだ。それは我が主からの言伝でもある。

…だがこれは貴様も知ってはおろう。精霊に手を出してはならぬと」

「当たり前だ!だからこれは人間同士の戦だ!精霊には手を…手を…まさか手を出したのか?」

「全く鈍い男だ。だから何度も言っておる。盟約は破られたと」

「そんな…」


 銀髪の男は自分が作り上げた赤黒い小山を憎々しげに一瞥すると更に続けた。

「この者たちは我が孫娘に手を出した。孫娘は我が主の愛し子でもある。

よってここに精霊族は正式に宣戦布告する!

貴様の上の、そして更に裏の者にもしかと伝えろ。精霊族は二度と許さぬと」


 それだけを言い終わると男は消えた。

本部の前の広場にはたくさんの兵が居たが、残された血肉の山を茫然と見つめたまま誰も口を開かなかった。


 だがその夜のうち、国軍駐留地から逃げ出す兵が多数出た。


ーーーーー


「何で精霊に手を出させたんだ!」


 司令本部よりもさらに後方、近衛に厳重に守られたそこに陣を張っていたシルフォレスト王国第二王子のグイードは、唾を撒き散らしながらデニスの伝言を伝えにきた司令官を怒鳴りつけた。


「は、いや、その様な命令は出しておりませぬ。グイード殿下の出された命令及び計画を部下に伝えて決行させたのみでございます」

「では貴様はこうなったのは俺の責任だと言いたいのか!」


 司令官は闇夜に乗じればチューダーなど簡単に陥せると豪語していたグイードの言葉を覚えているし、フォーサイスの何処にジルが滞在しているか探らせる事と、可能ならば軍本部に連行する事を命令として出していた。

その結果がこの現状ならば、トップが責任を負うのは何処の世界でも常識だ。だが王族にそれを言う事は憚れた。


「い、いえそういう事を申してる訳ではなく…」

国軍司令官としてそう多くはないが、それでも幾つかの戦場に出た。だがこの様な窮地に立たされた事は無かった。


「こうなったのは貴様らが無能だったからであろう。俺は知らんぞ!」

この行軍の頭であるはずの王子に、その様にそっぽを向かれても困る。


「そうだ!用事が出来たので急ぎ俺は明朝には王都へ戻る。後の始末はお前たちでつけると良い」

「そ…そんな!無茶だ!」

「大体、これだけの軍人を率いておるのだ、精霊など恐るるに足らぬであろう。それこそ羽虫の様なものだ。後で虫取り網と籠を大量に送ってやるから、捕まえ次第フーアにでも売りつけてやれ。

ふははは!我が国軍の猛者どもが昆虫採集か!これはいいな!」

王子が自分で言った悪趣味な冗談に散々腹を抱えて笑ったその後、司令官は天幕から追い払われる様に外に出された。


あの精霊族を昆虫呼ばわりとは…


 男は黒いコートを纏った銀髪の男のあの冷たい眼差しを思い出すだけで足元がずるりずるりと崩れていく様な、そんな感覚がして気持ちが落ち着かない。

そして…そして落ちたその先は…?


「今なら…まだ逃げられる…か?」


 男は自分の天幕に転がる様に走り戻って行った。

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