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 最近お嬢様はタリー様に連れられて、魔法の修行という名目で、カーン領都の中心部にある時計台へ毎日上がってしまう。


 護衛である私もと同行を願ったのだが、作業部屋にまで私に居られると、お嬢様の魔力が安定しないからと、タリー様に遠慮する様に言われ、ならば塔の下で門番よろしく立とうとすれば、お嬢様からこの寒い中、一人で長時間立たせるなどとんでもないと強く遠慮されてしまった。

 かと言って屋敷に残ってお嬢様の身の回りのあれこれをしようとしても、アリシア様が付けてくださったストークス家の優秀な使用人たちに適うはずもなく…護衛兼侍女という私の役割がすっかり宙に浮いた状態であった。


「ふむ……」

 この状況に私は腕を組んでしばし考えに耽る。

護衛と言っても、多分この世で一番万能でお強いであろうタリー様がお嬢様に必要以上にべったり張り付いている。

お嬢様の荷物の管理や部屋の掃除や洗濯などやろうとしても、その道を極めた使用人の数は十分間に合っている。

 ウンウン唸ってみても自分がどこにハマったとしても、役に立つと思われるポジションがどうにも見つからない。

私は一つ溜息を吐いて腕を解き、顔を上げた。


「こうなればあと残るのは訓練だな」


ーーーーー


 バーンズの家で使っていた訓練着とジルが考案したとされているスカンツに着替え、声が聞こえる方角を頼りにエラは屋敷の裏庭を進んでいった。

 領軍の訓練場の空いた隙間でも借りて、これまた持参した模造剣での素振りでもさせてもらえればと思ってのことだった。


 木々を掻き分け簡素な門を過ぎると、ぽっかり視界が開け、芝生が敷かれ整えられた屋敷の敷地から、赤茶色の土が剥き出しの軍施設の敷地へ入った様だった。

 エラと行き過ぎる軍人達はあからさまにギョッとした顔を見せるが、気にせず存分に剣を振る場所を探しにエラは奥へ進んで行った。


「もし…もし、ジルヴィア様の…侍女殿ではありませんか?」

エラは急にかけられた声に振り返る。


 そこにいたのはジルと一緒に国境へ着いた時に挨拶をしてきた、カーン領軍の若い副総司令官だった。

「これは、デリクス副総司令官…ごきげんよう」

エラは一瞬軍用の敬礼とジルの侍女用の挨拶とを迷ってしまったが、デリクスから侍女殿と呼ばれたのでこの挨拶を用いた。


 そんな一瞬の逡巡に気付いたのか、副総司令官は少し笑って口を開いた。

「ごきげんよう。侍女殿。私の事は今後、是非マシューとお呼びください。

デリクス家は家族ぐるみで軍に仕える身ですので多数おるのです」

「そうなのですね。そこは我が家と一緒である様です。

ご挨拶が遅れましたが私はエラ・バーンズと申します。どうぞエラとお呼びください」

「チューダーのバーンズと言えば…ひょっとして領軍の総司令官の…」

「総司令官の任を賜っているソニー・バーンズは私の父になります」

「おお!やはり。兄上殿のことも存じておりますよ。貴女と面差しが良く似ておられますね。

兄上殿とは去年のチューダー閣下のお越しの際にご同行なさっておられまして、ご挨拶と手合わせをさせていただきました」


 それを聞いたエラは遠征を終えた兄が何事か言っていた事をふと思い出す。

『カーンにエライ強い奴がいてな。危うく足元を掬われる所だった。はっはっは、世界は広いし、その中では俺もまだまだだって事だと嫌と思い知ったよ』

日に焼けた顔で豪快に笑って頭を掻いていた兄の顔は、そう言いつつも楽しそうであった。


 エラはそのままマシューに伝えると、マシューもまた兄と同じ顔で笑い、そして頭を掻いた。

「我ながら良い所まで行ったとは思いますが、それでも実際は兄上殿の足元にも及ばなかったのですよ。

ですが、そうですか。兄上殿にそう言って頂けていたならば私の訓練の励みになります…って、ところでエラ殿はこれからどちらに向かわれるおつもりでしたか?しかもその格好は?」


 丁度良い案内役を見つけたことに気付いたエラは、散歩か買い物に行くくらいの気軽さでマシューに言った。

「ああ、これから体を動かしたいと思いまして。軍の訓練場の一画でもお借りできればと思ってやって来たのですが、何処かオススメの場所はございませんか?」

「訓練ですか?侍女殿…エラ殿が?」


 いくらバーンズの者とは言え、マシューはエラが訓練場所まで欲するとは思いつかなかった様だ。

エラの頭の先から爪先までを往復しながらマシューの視線が移動する。

「お嬢様に置いて行かれてしまって、私はすっかり手持ち無沙汰になってしまいました。これでは体が鈍ってしまいます」

 哀れっぽくエラが眉を下げると、マシューは可笑しそうに頷いた。


「なるほど。それではとっておきの場所にご案内いたしましょう。私も丁度自主練に向かおうとしておった所ですので」

こちらですとマシューの指差す方向へ二人は向かって行った。


 暫く行った先にはこぢんまりした屋根付きの訓練場があった。

「ここは…実際はそんな訳ではないのですが、何故か歴代上官専用の訓練場とされている場所です。まあ都合が良いんで誤解を正していないのですが。

ですから他の場所が一杯でもここはいつでも空いていますよ。上官になればなるほどなかなか訓練に時間が割けなくなりますからね。自分も本来ならば書類作成に宛てなければならない時間であるのですが…ここ最近のいざこざで気持ちが腐ってきてましてね、気分転換に来た訳です」


 マシューは道具置き場から自分好みの模造剣を探しながらこの場所の説明をしてくれた。

そうして見つけ出した模造剣を軽く振りながらエラに振り返り話を続ける。

「そんな場所なのでお時間が空きましたらどうぞエラ殿もお使いください。上官にも門番にも通達しておきますので」


 興味深げに訓練場を眺めていたエラは気付いた。

「門番…そう言えばそういった箇所を私は通ってきませんでした。小さな門扉は通過しましたが。

そうですよね、軍施設に入るわけですから許可が必要ですよね、普通は」

 

 いつも父や兄に怒られるエラの悪い癖だ。

思いついたら即行動。よく言えばそうだが、悪く言えば考えが浅い。

怒られながら歳を重ね、近頃はお嬢様の安全を一番に考える事で、少しは思慮深くなったかと思っていたのに。


「きっとそこはお屋敷の使用人用の勝手口ですね。

まあ、この度お嬢様と侍女殿はこのカーン領に滞在なされる間、我が主一家に次ぐ位置におられるわけですから、何にも気に病まれる必要はございませんよ。

それにあのチューダー閣下が信用に値しない方をお嬢様の一大事につけられるはずも無いのですから、貴女はこの軍施設でも堂々となされば宜しいかと。チューダー閣下からの信頼とはこれ以上も無い信用手形ですよ」

 まだバツの悪そうな表情を浮かべるエラにマシューが慰めのフォローを入れてくれた。


「さあ、時間は有限です。さっさと訓練に入りましょう」

そう言って素振り練習に入ったマシューに続いて、エラもぎこちなく動き出した。


 この失敗はお嬢様のお役に立つことで帳消しにせねば。


 エラの模造剣の握る手に力が戻る。

一つ大きく深く息を吐くと気持ちを切り替え、神経の全てを剣とそれを握る指、繋がる腕、筋肉の動き、支える体幹と大地を踏みしめる足裏に集中する。

 全てをコントロールしながら剣を振り続ける事暫く、すでに全身から汗が吹き出していることにエラは気付く。


これだけの動きでこれか。

やっぱり体が鈍っているな。


 エラは自分にガッカリしながら、ふと視線を感じて意識を戻すと、マシューがこちらを見ていた。

何でしょう?とエラがこてりと頭を傾けると慌てた様にマシューが口を開いた。


「いや、集中を乱す邪魔立てをいたしました。申し訳ない」

「いいえ、丁度一セット訓練メニューを終えた所でしたので何ともありませんよ。それよりも何事かありましたか?」

エラからそう問われたマシューは更に慌てた。

「いやいや、何事も無いのですが…ええと…エラ殿の集中力は素晴らしいなとか剣筋も姿勢も美しいなと思っていたらついじっと見てしま…いや、変な意味は無く!」

 顔を赤くしたり青くしたりしながら捲し立てるマシューだが、エラにとっては兄さえ手こずらせる副司令官からのこの言葉は単なる褒め言葉でしかなかった。


「ありがとうございます」

にっこりとエラは笑って礼を述べた。

更にマシューは顔を赤らめる。

不思議そうにマシューを見つめるエラから視線を切る様に「私も訓練せねば!」とマシューが背中を向けた。


 この程度で汗をかく様ではいざという時に体は動かないであろう。

エラは暫くこの訓練場に通うことを決めながら、二セット目の訓練メニューを開始した。

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