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気がつくと日がだいぶ陰り始めている。
なのにタリーはまだ戻ってこない。
一息ついたジルは、自分が構築している結界を改めて見てみるが、確かに地脈から魔力を吸い上げてはいる様なのにそれはかなり弱々しい。
どうして?始まりはこんなものなの?
タリー様のあの力強い結界を見てしまったから、見劣りしているだけ?
やっぱり私の力では無理なの?
地脈から魔力を吸い上げるバイパスのパイプは数本あるものの、結界を成したい場所の地下にぐるり環状の循環を作らなければならない事はジルは理解している。
地下から地上への縦の循環と共に、地下の輪は新しい流れへの魔力の流入と、縦の循環で失った場合の新しい魔力の補充に重要な横の循環だ。
それが組み合わさって初めて永久機関が出来上がるのだ。
まずは横の循環がスムーズに出来ていなければ縦の循環には行きつかない。
どうにもそこがうまくいっていない気がしてならない。
ジルは心を落ち着けて地下にベルトへ潜るイメージを作った。まるで自分がドローンになったかの様な。
今いる方向からまず故郷の方向へ下る。
潜った薄暗いパイプの中が仄かに明るい。パイプの底を流れ始めた琥珀が発光しているからだ。琥珀はまだパイプいっぱいを満たしてはおらず、地脈と繋いだ部分だけは少し多く流れがあるくらいだ。
…とにかく入ってくる魔力の量が少ない分、循環できるほどの流れが無い。
一体何が悪いの?
ジルはそのままパイプに沿って流れていき、余りにも不恰好なパイプは補修を加える。
飛ぶ、補修するを繰り返し、少し疲れを感じた所で一旦自分に戻ることにした。
残りは1/3くらいだ。明日やっても良いだろう。
逸る気持ちはあるけれど、無茶をしてこれ以上皆から怒られる事はしたくない。
スッと視界が森に戻った瞬間に、ちょうどタリーも戻ってきた。
屋敷に送って貰いながら、あれからの作業内容を聞かれたので、パイプの中に潜った事を告げるとタリーに絶句された。
「潜るとは一体どういう事なのだ?」
「どうしても流れが悪い様な気がして気になったので実際見てまいりました。ドロー…いや小鳥の様に小さな飛べるものでパイプに入るイメージを作り…タリー様?」
「全く…ジルは想像力にも羽が生えておるのだな。正直みくびっておった」
にもって何!?
他にどっかにも羽生えてる?頭の中身がって事?
「あの…悪い事でしたでしょうか?」
「まあ、それは遠見の魔法の応用でもあるから、かなり魔力は使ったはずよの。魔力切れは心配であるが、ジルの様子からそこは自分で加減できたのであろう?
じゃが出来る事ならば私がいる時に使って欲しい魔法ではあるな。
それよりもジルが私でも思い付かない事を突拍子もなく思いついて、それをそのまま実行してしまう事の方が何よりも恐ろしい」
タリーは頭をガシガシ掻きながら続けた。
「はぁ、とりあえず明日だ!明日また様子を見よう。流れが悪いというジルの指摘も明日私も見てみよう」
「ありがとうございます!」
「とりあえず今日はゆっくり眠ることだ。しっかり休んで明日に備えるのだ」
今日は屋敷の玄関先でタリーと別れ、伯父に北部と南部の状況を聞き、間諜らしきものの動きをタリーが察知した事も伝えた。
やはり状況は良くは無いらしく、雪解けに合わせてじわじわと国軍が前進を始めているらしい。
真綿で首を絞められる様な、タイムリミットが迫ってくる嫌な焦燥感がジルの身を震わせる。
「伯父様…」
「おそらくここ数日だろうな。国軍とて大所帯の兵たちを食わせなくちゃならない。兵糧などの事もあるし長引かせたくは無いだろう。
今年の雪深さが幸いしてあっちの行軍の日程を狂わせてくれているからね。しかも不思議な事に、国軍に悪い風邪が流行っているらしいよ…くっく…どうしてだろうねぇ。
実は焦っているのはあっちの方かもしれないね」
父様…何か仕込みましたね。
そういうところ大好き!
「周囲の領地もなんだかんだ理由を付けて、食料も兵も補給を断っているらしいから、国軍は勝手に兵糧攻めにあっているらしいよ」
とうとう楽しそうに伯父が声をあげて笑った後、表情を引き締めて続けた。
「だがなぁ…間諜か。厄介だな。何を狙ってこっちにまで来て探っているのか。とりあえずジルはタリー様の言う事をよく聞いて身を守る様にね」
結局みんな口を揃えて、言う事を聞いて大人しくしてろって言うのよね。
なんだか子供に戻った様な気持ちだわー
伯父と話して部屋に戻り、窓からチューダーの方向を見た。やはり肉眼では故郷の端っこすら見えない。
「父様…どうかご無事で。みんなもどうか生き抜いて」
ジルは胸の前に祈る様に指を組んで呟く。
自分だけ守られて安全な所にいるという罪悪感がどうしても抜けない。
あの地とあの人たちを失ったらジルの心はポッカリと穴を開けてしまう事だけは分かっている。
自分にはもしかしたら故郷を守れるかもしれない手段がある。
明日にはそれがどうにかなるかもしれない。
それだけを希望ににジルはベッドに入った。




