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明朝、早い時間から父からのファックスもどきが止まらないと叩き起こされ、心配していた伯父と伯母、両方に説明して、突然のジルと精霊女王との邂逅に、驚きと心配のせいで慌てふためいている様子の父にも、大丈夫だから落ち着く様にと新たに手紙を書き、やっと落ち着いた午後。
「どーこーこーこー!」
まだ冷たい風の吹き荒ぶ塔の上にジルはいた。
「ああ悪い悪い。これでは人の身では寒かろう」
タリーは腕を一振りしたと思うと、縦横無尽に吹き込んでいた風が一瞬で止んだ。
「今のはな、うむそうだな、この所にガラスを作る様に風魔法を使ってな…」
そうじゃない。説明して欲しいのそこじゃ無い。
なんで急に現れて私をここに連れ去ったの!
「あの!あの!タリー様、なぜ私をここに連れられたのですか!?」
話を遮られた形のタリーはそれを気に咎める事もなく、ああと腑に落ちた顔をして、混乱続きのジルに得意げに話し出した。
「はははー!それはだのう…なんとも!画期的な!魔法の練習方法を考えついたからじゃよ、ジル!」
「練習方法…ですか?」
「そうともそうとも」
満足げに顎をさすりながら、塔の外周りを示す。
「ほらこの時計台はここ辺りじゃ一番高い塔なのだよ。だからほら見晴らしが良いであろう?」
この塔は百年程前に作られたものらしいが、時計台と言う通り、人の目が届く高さに大きな時計が付けられていて、朝の七時、正午、夕方五時に鐘が鳴り響く仕掛けになっていた。
その内部は空洞になっており、その空洞部分を二つの錘が交互に上下に移動する様になっていて、一回の上下で一日分の針が回る様になっているそうなので、必要な塔の高さがバカ高い。
今の技術ならばその様な無駄は省けそうな気がするが、当時の技術や計算ではこれが限界だったのであろう。
それでも今は領地の歴史的建築物として、名所となっている建物だ。
その塔のてっぺんはドーム型の屋根が付いているが、その時計の機構に必要な魔道具が収納されているとのことだ。
ドーム屋根の下は庭園にでもありそうな東屋の様になっていた。この様に高い位置にあり、地上からは誰も肉眼で見る事は出来ないであろうに、繊細で優美な装飾があちこちに施されていた。
錘を巻き込むウインチの様な機械は塔の真ん中に据えられているが、メンテナンスができる様になのか、その周りはかなり広いスペースは確保されているので、高い塔の上とは言え、ジルはそれほど恐ろしく感じる事はなかった。
「確かに仰る通り見晴らしは良いですね。ベルリングの森もあの様に見えるとは。果ては見えませんが、あの様な形をしている事が初めて分かりました」
上から見ると、魔物の森が果てしない森と言われるのがよく分かる。あの先には何があるのか。国か、それとも海なのか。
「タリー様はあの森の先に何があるかご存知ですか?」
「森の先かの?国があるのう。
確かダイナス連合国だったかのう。ここより更に厳しい土地であるし精霊の加護も少ない…だから小国同士がくっ付いてお互い助け合う選択をした国であるよ」
「国なのですね。海などはどこにあるのでしょう?」
「海か…海はダイナスより先になるのう。ダイナスの先には険しい山があり、ああ、そこにも精霊の国があるぞ。
そしてその山を越えて更に平原を越えてようやく海だから、ここに住む者がおいそれと行ける距離ではないのう」
「はぁ、それは。タリー様がそう申されるくらいなら、相当な距離なのでしょうね」
「ジルは海を見たかったのか?」
「書物で海というものを知りました。美味しいものも多い様ですし一度は行ってみたいと思っておりました」
今世は見た事ないからギリギリ嘘じゃないもん!
あー、海の幸食べてみたかったし、今世の海はどんな色の海なのかも見てみたかったな…
「そうか!ならばジルが魔法のお勉強を頑張ったらご褒美に連れて行こう!その頃には精霊の国とてジルも入れる様になっているやも知れぬ」
ちょちょっと待って!
魔法極めたら私人外になっちゃうの?
「タリーさま?それってどうい」
「話が長くなったな!では早速始めようか!」
話を遮られたジルは、タリーに背中を押されて、八つあるうちの一つの窓に誘導された。
「ジルよ、あちらはお前の故郷の方向であるな?」
「はい。シルフォレスト王国、チューダー地方です」
懐かしい我が家が少しでも見えないか、ジルは目を凝らしてみるが流石に平原の始まりくらいしか遠くに見る事が出来ない。
「その手前の森に、我が結界があるのは見えるかの」
「結界でございますか?結界…オレンジ色?の様な黄色の様な…ハチミツ色の線は見えますが、パチパチ弾ける様なものは見えません」
「そのハチミツ色のが我が結界であるよ。琥珀と同じ色であろう。しかしそのパチパチ弾けるとは何だ?」
「シルフォレストのポンコ…魔導士の結界は、常にパチパチ弾けておりますので、結界とはそういったものかと思っておりました」
腑に落ちたタリーは大きく頷いて腕を組んだ。
「ああ、ああ、あれか。あれは酷い出来だのう。
限界までどうにか魔力を押し広げたのだろうが、結果、制御が効かなくなった魔力がただ弾け飛んでいるだけじゃ。
結界?あれは何の役にも立っておらぬよ」
な、なんだってー!そうなの!?
確かに弱っちそうだったけど、本当にポンコツだったんだ!
驚き目を見開くジルにタリーは笑顔で続けた。
「だからの、私の結界を使って魔力の制御方法をジルにさせてみようと思うのじゃ」
「そんな…難しいのではないですか?」
「まあな、そもそもジルは魔力を使うのもほぼ初めてであろう?
それは難しいであろうが、だからこその練習であるよ。
まずはやってみよう。手より口を動かすのだ!」
追い立てられる様に窓の一つの際に立たされる。
ううう…こう窓に近づくと高い!怖いよう…
腰が引けているジルにも気づかず、タリーは結界を指差す。
「あれをな、まずは腕で押してみい」
「押す…ですか?」
「そうじゃ。まずは感触を知ってみるのだ」
ジルは結界をまじまじと見てみるが、遠すぎてただの紐にしか見えない。
押すとはまずは触れなくてはならないが、全くタリーの言っている意味が分からない。
ジルは段々タリーの悪い癖に気付きつつあった。
「タリー様、大変申し訳ございませんが仰る意味が私にはよく分からないのです。まずは結界が触れるほど近くはありませんし」
困り顔でそう言うジルに、え!?と驚いた顔をしたタリーは、ふむと顎下に指を置き、考え込む仕草をした。
「なるほどなるほど。魔法とはイメージだからのう…頭に浮かばぬものは魔法の実行は出来ぬのだ。ふむどうするか」
魔法初心者である事を知っている癖に、タリーの無茶振りが酷い。
タリーは魔法が当たり前の世界に生まれ育って来たので、長く人間界で野良をしていたとしても人間の常識に疎いのだ。更に自分の出来ることを基準に物事を考えるので、かなり大雑把で勢いで語る癖があるようだ。
暫く唸っていた何かを思いついたようで、タリーはスルスルと両手を動かし始め、優美な椅子を作り出したかと思うと、それに付属したアームが伸びてその先に望遠鏡が出来上がった。
「さあさあ、ジルや。座ってみておくれ」
恐る恐る座面に腰を下ろしたジルに、その目の高さに望遠鏡を合わせる様にアームをタリーが動かす。
すると遠くにあった森の中の結界が目の前にあった。
帯状に見えていたものの正体は広範囲に並んだ光る木々だった。それがぐるりと領地を囲っている。
結界の縦の始まりは高い位置にあるらしく視界は高い。望遠鏡の照準を木の一番高い所に合わせてから下方へと、段々と視線を落としてみる。
太く背の高い光る木々は、てっぺんから幹、葉っぱから根へ続く最下部まで隅々全てが輝き、枝々からたぷたぷと溢れた琥珀色の液体がやがて集まり、まるで緞帳のように絶え間なく下に落ちていっている。
「こ、これは?」
「見えるようになったかの?これならどうにか出来るであろう?」
小鼻を膨らませて得意げにタリーは言う。
なんか…なんか凄いもの見せられてるのだけはめっちゃ分かるけど、全くわからーん!




