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 帰宅し、夕食も取る気力もなくジルはベッドに潜り込み眠ってしまった様だ。

伯父も伯母も心配しているだろうが、どうしてこうなったかエラからきっと報告を受けているだろう。


 夕方から寝込み、夜中の変な時間に起きてしまったジルは父に手紙を書く事にした。

立て続けに撃ち込まれた弾丸の様な情報の力が、文字に起こす事によって再度ジルに衝撃と疲れを思い出させる。


私、怖かっ…たのかな?

タリーさんは優しい人っぽかったけど、下手すると怒らせちゃうんじゃないかっても思ったし。

でもそっか、精霊女王っていうくらいなんだから、国家元首といきなり前準備無しで会談したくらいなもんなのよね。

デビューで国王に会った時は、鬼の様な先生にトレーニングして貰えたけど、それすっ飛ばした様なものだもんね。そりゃ怖いか。


疲れの原因が分かった所でふと気付く。


果たしてこの手紙って父様に送って良いのかな?

黙ってろって言われた事は一個も無かったけど、後で野良女王に『このおしゃべり女め!』みたいに怒られない?


 途端に恐ろしくなってきたジルは、書き上げた手紙と女王から貰った琥珀を両手に持ち、迷った様に見比べた。


「うーんどうしよう。タリーさんに怒られるのはやだなぁ…」

「私が怒るとは?」

「だーーーーー!!」


 ジルは座っていた椅子から転げ落ちた。

真後ろから聞こえた声に慌てて振り返ると、そこには精霊女王その人が立っていた。


「たたたたたタリー様!」

「呼ばれた様な気がして来てみたのだが」

「あれだけでも呼んだ事に含まれてしまうのですか!」

転んだ床から椅子を杖にしてなんとか立ち上がる。

「まぁ…本来は強く呼ばれると行かなくてはと思うのだろうが、ちょうど私もジルの事を考えておってな。お、ジルも呼んでおると思って来てしまったよ。あははは」


 これからはもっと気を付けて琥珀を扱おうと、強く心に誓ったジルだった。


「それで何が私に怒られるのだ」

「あの、この手紙を読んでみて貰えますか?私が父に宛てた手紙なのですが、タリー様からお聞きした情報を書いています。ですが、全てを明かしても良いものなのか、タリー様からお伺いしておりませんでしたので、送る事を戸惑っていたのです」

「ははは、そんな事で私に怒られると思っておったか。可愛いのう、ジルは。

そんな内容は数百年前までは常識であった事ばかりだ。人間たちが忘れただけだ。だからジルの父上にも教えたって全くもって構わんよ」

「そうでしたか…ありがとうございます」


 ホッとした時にベッドサイドのテーブルにあった包みを思い出した。賄賂に渡すはずだった琥珀糖だ。

「そうだタリー様、これを…」


 その時、ドアをノックする音が響いた。そして返事をする前にドアが開く。

「ジル!この魔力の揺らぎは…」

伯父が慌て気味に入室して来たかと思うと、タリーを見つけて固まった。

「精霊女王陛下…どうしてここに」


 伯父は驚いたのも束の間、床に両膝をつき、胸前で両手をクロスしたと思うと深く頭を下げた。

ジルはこちらの教会へ行った事はないので分からないが、恐らく神に対する礼と同じ座礼なのであろう。


「精霊女王陛下、大変に失礼をいたしました。私はこの地を治めておりますハーレイ・ストークスと申します。ジルヴィアの伯父に当たります」

跪く伯父の姿を見て、ジルはオロオロしてしまう。そこまで崇めなくてはならない存在だったとは。


野良女王とか内心で呼んでてごめんなさい!


だが、タリーは顔を恥ずかしそうに背けて言った。

「良い。今は保護者に不法侵入がバレたただの精霊じゃ。気にするでないよ。立っておくれ」

「ありがとうございます。では遠慮なく…姪とはお目見えした話は侍女から聞いておりまして、大変驚きましたが、まさか我が家までご降臨なさるとは」

「ジルには連絡用の道具を渡してあったのだ。それにジルの気配がしたのでつい…」

「そうでございましたか。ジルはこちらに参りましてまだ浅く、親しき者のおらぬ身です。それは僥倖にございます」

それを聞いた途端にタリーの顔が喜びに輝く。

「そうか!ジルはまだ友がおらぬか!なら私がジルの友になってやろう!」

嬉しそうにジルを見るタリーに、ジルは途端に複雑な心境になってしまう。


なんだよ、別に私ボッチじゃないもん。

まるで友達いないみたいに言わないで!


「お友達ですか。ですが…身分と言うか格の違いと言いますか…」

「そんなものはどうでも良い!それに昼間も言ったが、ジルには精霊の血が流れていると言ったではないか。

そうだ、そういえば心当たりがあると言ったな?あやつにジルの話をしたら近いうちに会いにくると言っておったよ。あやつも暇を持て余しておるからの」

そう言ってタリーは楽しそうに笑った。

「あやつがこの私の衣装作りのリーダーをやっておるのじゃよ。ははは、あの熱く語るジルの様子を思い出すと血の濃さを感じるのう」


ご先祖精霊がリーダーなの!?

会いたい会いたい会いたい!


「はい!お友達になります!なってください!」

「いや待て待て待て…」

「私が良いと言っておるのだ。お前は伯父とは言え、こちらには何世代も遡るが直系の祖がおるのだぞ!」

「そう申されましても…恐れ多くもお友達とは…」

「分かった分かった!じゃあジルは私の弟子だ!」


 急にタリーが言い出した単語にジルと伯父は疑問符を浮かべる。

「弟子…ですか?」

「ああそうじゃ。お友達が体裁悪いなら精霊の弟子だ。

ジルは魔法にも興味がありそうだったからの。私が自ら指導してやろう!幸いジルの持っている魔力も強いしのう」


え?そんなこと言ったっけ?

どっちかって言うと服の話と野良女王の話に疲れた事しか記憶に無いんですけどー!


「そこまで仰って頂けるなら、大変光栄なことと存じます」


え、伯父様も受け入れちゃうの?

私は弟子よりお友達の方がいいよー!


「うむ。分かった。大船に乗ったつもりでおれば良い」


 ジルを置き去りに話はトントン拍子に纏まり、いつの間にか精霊の弟子にジルはなってしまった。

呆然とジルの手渡した賄賂の品を上機嫌でタリーは受け取り、手を振って消えていった。

竜巻のように急に現れて去って行った精霊女王を見送り、残された伯父と姪は疲れた様にソファに座り込んだ。


「伯父様、こんな事ってあるのですね」

「いや無いな。無いよ。

まず精霊女王本人が人の前に現れたのが数年前だ。それまでとその後もポツポツは目撃情報はあったが、何か目的を持って顕現なさる事はほぼ無かったよ。

その数年前だってフーアの件で国王陛下の前に現れたとされているんだが、只人の前にとは聞いたことがない。

精霊とはこの国では神とは別の信仰対象でもあるから。教会には絶対精霊女王の像も祠も置いてあるんだよ。そのくらいのお立場の方だ。それがお友達って…お友達って」

最後には伯父が笑い出してしまった。


「くっくっく…さすがはジルだな。

あははは精霊女王を釣り上げて来たか。あははは!」


やばいおじちゃんが壊れた!


「伯父様!」

「いやいやごめんよ。流石に伯父様も疲れたね。

夜中にドンと魔力を感じて飛び起きたのだけど、何かあったわけでもなく…でも揺らぎは感じるから何事かと様子を見にくれば、妖精女王が居るんだ。そりゃ驚くだろう?」

「ごめんなさい。私がご説明する前に寝てしまったから」

「ジルだって急な事で驚いて疲れたのはよく分かるよ。

寝たのではなくて、情報過多で気絶したも同然だろう。

部外者であったエラだってとても疲れていたよ。

とりあえずの話をエラから聞いた僕たちも疲れたしね。

ははは。仕方なかったのだよ。ははは」


とりあえずおじちゃんは早く寝た方が良いな。


「もう遅い時間ですし、明日また改めてお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?

あとは、許可も取れましたので、こちらを父に送っていただけますか?父とも情報共有した方が良いかと思いますので」


 ジルは書いた手紙を伯父に手渡す。

「これは僕も読んで良いかい?君と話す前に少しでも情報を持っていたいんだ」

「構いません。伯父様、騒ぎばかり持ち込んで申し訳ございません」


 ジルは伯父に頭を下げる。

そんなジルの頭を撫でながら、疲れを滲ませた伯父は優しい顔で笑った。

「それでもね、ジルは僕の可愛い妻の姪で、僕の可愛い姪なのだよ。僕だってこれくらい呑み込む甲斐性くらい持っているさ」

ジルの頭頂部におやすみのキスをして、伯父は部屋を出て行った。


 その後、眠れずベッドの中で寝返りばかり打っていたジルは『弟子って一体何?』と悶々と考えているうちにようやく朝方になってからもう一度眠ることができたのだった。

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