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我がシルフォレスト王国の隣国がフォーサイス王国であるが、そことの国境に父であるデイビット・アシュリーが治める、チューダー辺境伯の領地がある。
家庭教師が言うには隣国との国境は、ここからここまでがうちの領土!という絶対的な境はあるものの、その間に曖昧な緩衝地帯が置かれているそうだ。
普段はお互いの国がその緩衝地帯を曖昧なまま便利に利用しているとのことで、平和な時代の賜物だよなぁとジルは思う。
前世の隣国との島や海の境界線の奪い合い思い出しちゃうと、普通は国と国ってミリ単位の争いとかそういうのにならない?
平原と果てしない森の一部を数キロ挟んだ先に隣国はあるそうだが、スタンピートの際の時間稼ぎや戦争などの有事の際には緩衝地帯でやり合うことになるのか。
いくらドンパチやっても無駄にお互いの国土や国民を巻き込まない最低限の距離を空けるのは、合理的で都合がいいのかもしれない。
フォーサイス王国とは昔々はバチバチにやり合っていた歴史もあったらしいが、今は和平を経てお互いの行き来や交流もある平和な時代。
現に父の姉であるアリシア伯母も、フォーサイス王国のストークス公爵家へ嫁入りしている。
人質としてというより両国友好のための政略結婚だった様だが、夫婦仲睦まじくしているそうで何よりだ。
だとは言え、何事があってもアシュリー家が治めるこの地は、シルフォレスト王国の第一の北の防壁であらねばならない場所であるのには変わらない。
ましてやこの世界には人や家畜に襲いかかる様な、恐ろしい魔物も普通に跋扈している。
特に緩衝地帯の森には魔物が多い。
森を棲家とした魔物たちが度々平原に出てきて彷徨っていたりもするので、隣国への街道を進む者は、専門の護衛を雇うか、魔物よけの魔法具か移動式の結界道具などを用いるそうだ。
森にはベルリングの森という名前があるというのに、誰からも魔物の森と呼ばれてしまうくらい魔物が多く出没する。シルフォレスト王国の内外でも、これほど魔物が湧き出る場所は無い。
魔物被害がたまにしか起きない様な地方で魔物が出ると、一体どこから迷い込んできたのかと対応に慌てふためくそうだが、ここでは魔物の出身地はほぼ確実にベルリングの森である。ここでは住所氏名身元のハッキリした、はた迷惑な近隣住民がまた来たぐらいにしか思わない。
魔物は弱いから強い、最強まで色々ランクがあるらしいが、たとえ最強ランクの魔物であっても、ここ周辺には辺境伯軍が束になってかかれば、全員無傷で無事とは言う事はできないが、何とかなるレベルの魔物くらいしかいないらしい。
ただそれは森の浅瀬や平原に限った話であって、果てしないほど広がるという森の奥地には、魔物の上位ランクである魔獣までウジャウジャいると言われているそうだ。
諸説はあるようだが、森の中心地から泉の様に魔力の素である魔素が湧き出ており、それがその森全体を覆う関係で、森の生態系は普通の森とは異様なほど異なっており、その魔素は、濃ければ濃いほど驚くほどのスピードで木々を育み、そしてそれらを巨大化させてしまうし、魔物をも魔獣にまで育て上げてしまうのではないかと研究者は考えているそうだ。
以前少し覗いた事があったので、屋敷の兵士たちが使う食堂のテーブルも魔物の森から伐採した巨木から作られた一枚板だって事はジルも知っていた。
それが数百人の兵士たちが使えるだけ、ドンドンドンと幾つも置いてある。
粗野な兵士たちが普段使いできるくらいだからこそ、前世の家具売り場で目が飛び出るほどの価格帯で売られていた銘木の大物という感じでは無い。魔物の森にはあんなテーブルがいくつも作れるくらい、あのサイズの巨木が普通に生えているのであろう。
木から取れる一番大きい面を使ってるにしても、それにしても一台に二十人以上が優に席に着けるテーブルとは。
魔素恐るべし。
年の半分は寒くて雪深いこの土地は、本来は人が住むには向いていない土地なのかもしれない。だが魔物の森の監視と管理のために、ジルのご先祖様たちは民を率い、最強の領軍を作り上げ、討伐に明け暮れ、国の防壁としてこの地を代々治めてきていた。
とは言え、国とてアシュリー家だけに防衛を任せるだけでなく、王城の隣にある魔導の塔の巨大な魔道具から、魔物が入り込まないように第二の防壁として、結界魔法を魔導師たちが力を合わせて飛ばし続けてるらしい。
あれか。
うちの領地の微妙に手前で、電柱のない電線みたいな所からパチパチ瞬きながら落ちてくる火花みたいなやつ。
魔導の塔を中心に、ぐるっと国土を結界でカーテンのように囲っているのだろう。
それなのにそれは、辺境ゆえ国の中心から離れているからか、肝心の魔物が湧き出る森を抱えるチューダー領の手前までしか届いていない。
なんでよ!全然国境にも届いてないじゃん!
うちは国土の一部じゃ無いって事?
森でもしスタンピートでも起きちゃったら、そっちは助かるかもしんないけどうちは一体どうしろと?
ジルが読んだ昔話の世界では、老いも若きも当たり前の様に皆が魔法を使う描写が出てくるし、実際、魔力量の大小はあれど、ほぼみんな魔法が使えたそうだ。
何世代も前から、だんだん魔力を持って生まれてくる子供が減っていったそうで、焦ったお金持ちたちはマネーパワーと人脈で魔力を持つ人間を掻き集め、魔力持ち同士を掛け合わせ、なんとか現在まで維持させ続けている。
所謂、現在の王族と貴族たちだ。
反面なすすべなかった人たちから、世代を経るごとに魔力持ちが減少していき、現代ではほぼ平民は魔力を持たずに生まれてくると言われている。
だからあの結界の出来上がりも止む無しなのかもしれない。
その結界も実は、魔力を持たない人には見えないものらしく、少し前、領地の視察に向かう父と同行させてもらったジルは、だいぶ離れた先に見えた瞬く光が気になり、あのパチパチって何?と通りすがりの使用人に聞いた。
使用人はキョトンと不思議そうな顔をし、しばし考え込んでから、ああ…と急に思い出した様に結界であると教えてくれた。
皆、結界があるのは知っているけども、見えないしあまり恩恵を感じる機会も無いので、空気みたいな扱いになっているそうだ。
だよねー、国境さえ示してないわけだしね。
ちなみにジルは、先祖代々、全力のマネーパワーを振りかざせるほどの家の娘であるので、そこそこの魔力を持って生まれてきているらしい。
まず結界が見えるということは、ジルは魔力持ちだということの証明と同義だ。
詳しくは10歳の誕生日が過ぎたら判定の儀式を受けるが、それまでは魔力量も使い方も何があるかも分かんないんだから、お子様は魔法使っちゃダメですからねと事あるごとに言われている。
あ、でも北の人は平民でも魔力持ってる人がなぜか多いって言われてるから、少しでも魔力を持ってたら平民でも、結婚相手として引く手数多って使用人の誰かが言ってたことあったな…魔物の森の影響のせいかも?って言われているとかなんとか。
魔物の森の研究も、魔素の泉説すら実は、都市伝説並の推測でしかない。
なんせ魔獣が強すぎるので森に入り込み、現地で気軽にフィールドワークなんてとても出来ない土地柄だ。
だから長年をかけてちょっとずつ調べて、想像して、そういうことじゃないかと想定することしかできていない研究分野なので、実際は見当違いな結論なのかもしれない。
魔物被害は辺境にとって切実な問題であるし、魔力持ちが増える事は戦力強化にも繋がるので、是非とも今後の魔素の研究が進む事を祈るばかりなのだが、皮肉な事に、その魔素が国のポンコツ結界より優秀な魔獣結界を作り出す結果を果たしてしまっている。
だから魔物の森は人間は誰も深淵へ到達することも出来ない、魔物たちの領地と化してしまっているので、すなわち研究も進まない。
せめて爆育ちする森の範囲が広がらない様に、浅瀬の部分の木々の間伐や、魔物の湧き出しを防ぐための定期的な討伐を行う事しか管理ができない森である。
子供だけや、ましてや1人では絶対に森に入らない様に、赤子が歩く様になるより先に、まずは徹底して肝に銘じさせられるのが辺境のセオリーだ。
実際に『坊や〜森の奥に踏み込んだら魔物に連れ去られて食われちゃって五体満足でもう2度とおうちに帰ってこれないのよ〜』みたいな歌詞の子守唄が普通に歌われている。
こんな恐ろしい早期英才教育のおかげで、ジルも絶対に森には近づきたいとは思えない。
ポンコツ結界が役に立たない以上、自分たちの身は自分たちで守らねばならない。
父の領地には国内最強と言われるほどの、長年をかけて鍛え上げられた強大な辺境伯軍を抱えている。
領軍の訓練は厳しいと有名で、日中は城の外にある兵たちの訓練場から鍛錬の勇ましい声や騎兵団の操る馬のいななきがいつも響いている。
そこの中でも偉くて強い選ばれし者がジルの護衛として充てられているらしい。
…その選ばれし者たちが、現在うっかり5歳児に撒かれちゃってるのだけども。




