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「えっと…あの…精霊女王…陛下?」
ジルにとって、ここ最近の時流や環境の変化は着いて行くのに精一杯の所があったが、さらに爆弾が降ってきた。そんな感じで理解が全く追いつかない。
自分の口に言葉を乗せながら確認と頭を整理している状態だ。
相変わらず説明を求めてエラがジルを揺すっているが、ジル自身が状況を完全に把握できていない。そんなジルでは説明するのも無理な話だ。
「そういう呼び名は少し寂しいのう。タリーと呼んでおくれ。
それと…ああ面倒だ。そこの護衛の君にも混ざってもらおうか」
ジルからちらりとエラに視線を移したタリーはそう言うと、スッとエラの頭の上に手を置いた。
「え!?」
タリーを凝視するエラ。
「ななな!何で私も急に見えるように!」
「私が君に祝福を与えたからのう。私もジルと話したいことが出来たのに、君があの調子のままなら話が一向に進まぬ」
首を振り、苦笑しながらエラにそう言うタリーへ、驚きから急速に回復したタリーが座っていた席から飛び降り、膝をついて詫び出した。
「精霊女王陛下におかれましては、大変失礼をいたしました。この度の無礼の責につきましてはわた…」
タリーが手を振ってタリーを遮る。
「いや、よいよいそういうのは。
言ってみればこの時間は私のお忍びであって、立場のないただのタリーのプライベートの時間みたいなものなのだ」
そして立ち上がると、エラの肩に手を置く。
「さあさあ立ち上がっておくれ。いくら外からそんなに目立たない席だとしても、流石に君の様子は目立ってしまうからの」
その言葉にジルも慌てて見回すが、幸い誰もこちらを見ている者はいなかった。
相変わらず肩を揺らす店主だけだ。
「さて、まずは私の話よりも先にジルの話を聞こうか。
それで、ジルは私を呼び止めて何を聞きたかったのだ?」
え!もう先に話が進んじゃうの?
まだ私はビックリが後を引いてるんですけど!
えっと私、なんで野良女王を呼び止めたんだっけ?
混乱のせいで思い切り目が泳いだままのジルを、楽しそうにタリーがテーブルに肘をついて眺めている。
「ははは、ジル、落ち着いて。
じゃあまずココアでも飲むかの。脳に糖分が足りないのかもしれぬよ」
ジルの目を見ながら、タリー自らもココアに口を付ける。
何も考えられなかったジルはそれをお手本にするかの様に、両手でカップを持ちココアを口にする。
とろりと暖かい甘味が喉を通って行く。
思わずほうっと息の漏れたジルはようやく生き返った様な心地になった。
タリーをちらりと見ると、『それで?』と言う様にニッコリ笑い、ジルに先を促す。
「重ね重ね、主従共々お見苦しい所ばかりお見せ致しまして申し訳ございませんでした。まずはお詫びをさせていただきます。
私はシルフォレスト王国のチューダー辺境伯が娘、ジルヴィア・アシュリーと申します。
そしてこの者は私の護衛兼侍女のエラと申します」
ジルは迷ったが、自分の出自を明かした。
伯母様の話からすると、シルフォレストもチューダーも精霊からしたら印象最悪よね。
それでも内緒にしておくのはフェアじゃないもの。
タリーはおや?という様に片眉を上げた。
その仕草だけで、タリーが怒り出すのではとジルは内心恐ろしく感じた。
だがタリーは黙っているので話を先に進めても良いものとしてジルは話し続けた。
「併せまして、結界強化の件もお礼を申し上げさせてください。
偶然とは言え、この様にタリー様にお会いできた事でお手を煩わせました事のお詫びと、お礼を申し上げる機会をいただけました事は幸いと思います。私の父の分も共にお礼を申し上げます」
それにタリーはめんどくさそうに答えた。
「お礼もお詫びも要らぬよ。さっきも言ったけど今はプライベートじゃ。
結界のことも気にしなくても良いのだ。人間にと言うより精霊たちの為の強化という意味合いが強いわけだからのう。まだ自分でどうこう出来ない弱い精霊以下の妖精も多いゆえ、そういった子たちは守ってあげねばまた同じ事が起きかねないからの。
…で?それはたまたまの話であろう?」
更に先をタリーが促してくれた。
「はい。そう通りです。そして私がタリー様を追いかけた理由は、タリー様の纏ってらっしゃるドレスです」
「本当にドレスの話だったのか?」
先程もドレスの話はした筈だったが、別の話をしたくて引き止める為の単なる口実くらいに思っていたのか、タリーは素っ頓狂な声を上げた。
そこからはオタク心に火のついたジルの独壇場だった。
「私、以前も街歩きの際にタリー様をお見かけした事があるのです。ちらりとしか見えなかったので不確かではありますが、改めて考えてみても絶対にあれはタリー様でした!その時も美しいティファニーブルーのドレスを纏われていて、あの様な色は我が領地の職人でもまだ出せない色合いでございます。脳裏に残ったあの色をいつか領地で再現できないものか、その夜は部屋でノートに絶対にやりたいリストとして書き残しました。あの色はきっとタリー様の銀のお髪に映えたでしょうね。ああああじっくりと拝見したかった!そしてまた本日も美しすぎる緋赤のドレス!どうやったらその様に深みのある赤が出るのかが本当に不思議でございます。その編み上げブーツが良いアクセントになっていてオシャレセンスに脱帽でございます。ああ!またそのデザイン!先日のドレスは残念ながら形までは拝見できなかったのですが、今となってはそれが残念でなりません。本日の装いから想像するときっと素晴らしいデザインだった事と思います。今日のお召し物はどこの工房のどなたのお作りになったものなのでしょうか?是非お話を伺って、私が作ったものや作りたいと思っているものを見ていただきたいと思うのです!そして出来ましたら弟子入りだってさせていただけるものならさせていただきたい!ああそうだ出来る事なら是非染色工房だって見せていただきたいわ!」
胸の前で指を組んでほとんど息継ぎなしで語り尽くしたジルは、ハッと夢見心地から我に返った。
ふと見渡すとそこにいる全員が口を開いてポカンとジルを見ている。あんなに何でも笑っていた笑上戸の店の主人までだ。
やってしまったーーー!
オタクは聞かれてもいない事まで話す癖があるから、話したい事の8割は言わずに我慢しろって前世の友達に注意されてたのに…
「あ…あの私…ごめんなさい。話しすぎました」
ショボンと肩を落としたジルに弾ける様な笑い声がぶつかってきた。
「はははは!これは傑作だ!そうかドレスか。
これはそれほど素晴らしい出来なのだな。では帰ったら精霊の皆を褒めてやらねばだな。お土産に皆の大好きな氷砂糖でも山ほど買って帰ろう」
涙が出るほど大笑いをしたタリーは目の縁を拭いながらも、また思い出し笑いを始めた。
「精霊の皆様がお作りになられているのですか?」
また話しすぎない様に気をつけながら、おずおずとジルが聞く。
「ああそうだとも。私を見える人間は少ないと言うたね。職人となるともっと少ない。
まあ、私だって魔法で作る事など容易い、何なら別に全裸だって良いわけじゃろうし。パーっと有難い感じに自分から発光させてしまえば全裸だってきっと分からぬであろう?
そうじゃな…こうなった訳はというと、一時全員で国に引き篭もって暇になった時期があったゆえ、その時に暇を持て余した一部の精霊が仲間内で色々やり始めて、その矛先が最終的に私に向いたのがきっかけだったかのう」
きっと例の精霊狩りの時期なのだろう。
それを考えると聞きづらくもあるが、ジルは勇気を出して更に聞いた。
「今でもその精霊様たちが新作をお作りになってらっしゃるのですか?」
「そうだの。飽きて違う事に熱中し始めた子たちもいるが、新しく一緒にやりたがる子たちも出てきたりで、趣味のサークルみたいになっておるよ。そういった子たちがあちこちの国から色々情報を持ち寄って新作を作り出してるようだの」
なんて…なんてパラダイス…
それと精霊女王が全裸じゃなくて良かった。
下した手をまた胸の前で握り締め、神に祈るかの様にジルは感慨に耽る。
羨ましすぎる。何その手芸部。
掃除でもパシリでも何でもするし、なんなら一生下っ端で良いから、ホントに入部させてくんないかな。
動かなくなってしまったジルの袖口を心配したエラが小さく引っ張る。
ジルの百面相を興味深そうにタリーが眺めている。
「はっ!失礼致しました…その様子を想像するだけで…もう…羨ましすぎて。
でも幸せな気持ちになります。この世にはその様な楽園があるのだと」
「ははは、楽園か。人間の身では来れる場では無いが、その様に身悶える程羨ましがる人間がいる事を皆に伝えておこう」
やっぱそっか。人間じゃ行けないとこに精霊の国はあるのか。めっちゃ残念すぎる。
「だが、ジルのドレスの情報ももしやあの子たちも喜ぶ物かもしれぬからの、私が橋渡しになってあげよう。今度それらを持っておいで。あとは聞きたいことは手紙にでも箇条書きにでもしてくれたら私が聞いてこよう。
なんせ私はそういうことは任せっきりでからっきしだから、何の役にも立たなそうだ」
それを聞いたジルは、もう我慢出来ずに立ち上がる。
「もう!もう!何とお礼を申し上げて良いのか分かりません!どうか私に氷砂糖を山ほど買わせてください!
そうだ!琥珀糖って言う砂糖菓子のお店を教わったのです。そこの砂糖菓子を皆様のお土産にして下さい!」
「じゃあ私が馬車の者に使いを頼んで来ます」
出来る侍女のエラが素早く立ち上がり、馬車に向かって行った。
その間、口を開く間もなかったタリーは、そんな主従の連携に苦笑していた。
「まだ何かってわけでも無いのに、逆に申し訳ないのう」
「いえ!賄賂みたいな物ですのでどうか皆様にもよろしくお伝えください」
こんな事ってある?
こんな見れば見るほど素晴らしい縫製とデザインと色合いを出せるプロ集団と一気に繋がりが出来てしまうなんて!
アホ王子にちょっとでも感謝してしまう日が来てしまうなんて!
小躍りしてしまいたい気持ちを何とか抑えて、ジルはあえて淑女の笑みを浮かべる。
すると今までのジルの百面相を見ていたタリーはむしろおかしそうに笑った。
「そうか賄賂か。…ふむ、では私からも良しなに伝えておこう」
偉そうな表情をわざと作ったであろうタリーに、今度はジルが吹き出してしまった。
使いを頼み帰ってきたエラが不思議そうな顔をするくらい、一頻りジルとタリーは大きな声を上げて笑ってしまったのだった。




