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 あれから伯母と数日ほど外出して、あちこちの服飾工房に顔を出してみたが、これと言ってめぼしい発見もなく、公爵夫人として本来は忙しいはずの伯母をこれ以上あちこち引っ張り回す訳にもいかない。

ジルもこの街に慣れてきた事もあり、思い付いた場所にはエラと二人で出かける事も増えてきた。


 街歩きのある日にはエラは高いところで紙をポニーテールにして腰に小ぶりの剣を穿き歩く。

以前エラの為に作らせた動きやすそうなスカンツドレスの中にもその他いくつか武器が仕込まれているらしい。

確かにエラはポケットを裏側に幾つも作って欲しいとダフネに事細かく指示していた。

密かにジルはエラのその姿を、前世の時代劇で見た武士の様だと思っている。


エラってば姿勢もいいし、外に出ると緊張感バリバリだからめっちゃかっこよくなるんだよねー


 この日も古い時代の刺繍や文様の文献を見つけたくて、エラと二人で書店を覗いてきたところだ。

本の日焼けを避けるために窓が無く薄暗い店内は寒々しくて、すっかり冷えてしまったジルはエラに少し日向ぼっこがしたいと提案した。


「さっき通った道にテラス席のあるカフェがあったわよね?そこで日に当たりながらお茶したいわ」

「今日は特に日差し暖かくて風もないですし、テラスは良いかもしれませんね。では馬車を呼んで…」

「馬車はいいわ、エラ。少し歩いてみてもいい?警備大変になる?

ショーウインドウ越しにお店の中を覗くのも楽しいかもしれないわ!どうかしら?」


 ジルの急なわがままに、これはまた日焼けしすぎだとリーンに怒られそうだなと思いながらエラは苦笑した。

「少しの距離ですし大丈夫ですよ。

承知いたしました。では馬車には先回りしておく様に言付けます」


 馬車では何度も行き来した道のりも、歩くとなると新鮮で、なかなか先に進まない。ちょっとした路地すらもジルの興味を引く。

「ねえエラ!あんな所に噴水?泉?」

「ああ、あれは庶民が共有で使ってる水道ですよ。

手を洗ったり水を飲んだりするのです。大きいものは洗濯場を兼ねてる所もありますよ。この国は水源も多く、地下水が豊富ですのでああいった施設は多くありますね」

「へえ!チューダーも雪解け水のお陰で水源には困らなかったわね」


 見たもの全てに疑問を持つジルの質問の殆どに澱みなく答えるエラは相当の博学の様で、ジルはキラキラと尊敬の眼差しを向ける。

「私は軍での経験があり、あちこち回ったことがあって、聞き齧りの浅い知識が多少あるだけですよ」

と少し照れながらエラが謙遜する。

 

エラって強いし頭いいしかっこいいし侍女の仕事もバッチリで、父様もすごい人選してきたな。おまけに性格までいいんだもの。


 そんな事を考えて覗き込んだウインドウをジルは凝視した。映り込んだジルの後ろに鮮やかな影が横切っていたのだ。


 バッと振り返るジル。

振り返ると影は消えている。

焦って辺りを見渡すと思ったより先にその影は進んでいた。

初めてちゃんと見えた影は女性で、とても美しいドレスを纏っていた。


「待って!」

「お嬢様?」

 急に声を上げて走り出すジルに慌てるエラ。

箱入り娘でもお転婆をしてきたジルは並みの令嬢より脚力があって、ちゃんと走ることができた。

人混みを避けながら先を歩く女性を追うジルは、角を曲がる前に女性に追いつく事ができた。


「お願い待って!」

はあはあと息が上がるが、女性に追い縋る。

「私ですか?」

ジルの声かけに応じてくれた女性は、とても美しい人だった。


 瞳の色はジルと同じ様なペリドットグリーン。月の光を纏った様な、ほぼ銀と言っていい真っ直ぐな髪をそのまま垂らし、派手だが上品にくるぶし丈の赤いドレスを着こなし、黒の編み上げブーツが甘くならないように全体を引き締めているように見えた。

 うっとりと女性を見つめてしまったジルに、女性は何か?という様に首を傾けた。


わわわわ!つい勢いで呼び止めちゃったけど、なんて言えばいいんだろ!

わー!どうしよう!


 焦ったジルは頭に浮かんだ羅列を口に出す。

「急にごめんなさい!私はジルと言います!

本当にごめんなさい。でもあなたのドレスが素晴らしいと思ったらつい声を掛けてしまったの!色々お話ししたいと思って…」

女性が口を開いた。

「なるほど、あなたは見える人なのだな」

「え?」

お詫びを言ったジルへの、女性からの思ってもみなかった返しにジルは驚いてしまう。


 すると後ろからエラが声を掛けてくる。

「お嬢様…もしかしてどなたかが見えていらっしゃいますか…?」

「え!?」

ジルは今度はエラを見て言った。

混乱して女性とエラを何度も見比べる。


ちょ、どういう事!?

エラには見えないの?うそ!やだこの人オバケ?


 血の気が引く思いでジルはそぉっと女性を伺い見る。

その表情が思いの外面白い顔だった様で、女性が弾ける様に笑った。


「ははは!こちらこそすまぬ。私はタリーと言う。

私の事は君の様に見える者もおるが、彼女の様に見えない者もおるのだ。

そうだな、ゆっくり話すには何か飲まぬか?すぐそこに行きつけのカフェがある。私は今そこに行こうと思っておったのだ。一緒にどうかの?」


 女性がオバケかと思うと、ジルは正直話し掛けた事を後悔し始めていた。だが、見れば見るほどタリーのドレスは惚れ惚れするほど素晴らしい。現世でこれほどのドレスに出会ったのも初めてだった。


 恐怖より興味の方に天秤が少しだけ傾き始めたジルは、恐る恐る女性に聞いた。

「あの…カフェってちょっと先のテラス席のある所ですか?」

タリーはニッコリ笑うと頷く。

「あそこの主人は『見える人』なのだ。ここら辺ではそういう人間も珍しいゆえよく行くのだよ」

「あの、実は私たちもそこに行こうとしてたんです」

「ちょっと!ちょっとお嬢様!どういう事なんですか!どなたとどんな話をなさってるんですか!?」

焦ったエラがタリーとの間に分け入る。


そっか、見えない聞こえないでエラは置き去りになってるのか。


「エラ。今ね、私の前にとても綺麗な女性が美しいドレスを着て立ってらっしゃるの。

そして私が図々しく呼び止めてしまったのにお話をしてくださるそうで、さっき言ってたカフェに誘って下さってるの。私ぜひ一緒に行ってみたいのだけれど良いかしら?」


 ジルの話を聞いたエラは絶句してしまっている。

余りの事に、護衛としてどういう反応をすれば良いのか分からないらしい。

エラは見えもしないはずなのに、口元を引き攣らせタリーの立つ空間を凝視している。

「お願い、エラ。タリー様と仰るそうですが、お優しそうで悪い方には見えないわ。私、どうしてもタリー様からドレスの話が聞きたいのよ。ねえいいでしょう?お願い!」

ジルは長年をかけて培ってきたお願いポーズをエラに初披露した。

 

 暫く反対したものの、ジルに甘い大概のチューダーの者と一緒で、危ないと思ったらすぐに帰るという約束で渋々であるが結局は折れてしまうエラであった。

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