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「これらをジルが考えたって言うの!?」
何枚ものデザイン画を見ながら伯母が驚きの声を上げる。
そう改めて聞かれると心が痛むっていうか…前世チートの賜物であって、先人の知恵なんだけど…まさかそんな事も言えないよね。変に心配されちゃいそう。
「ええ、まあ…はい。
で!ですね、これらをシルフォレストの取引先の貴族女性にも相談しながら、製作のベースとなる形を作っている所だったのです。
私は社交界デビューしたばかりでもありますし、ほぼ領地の外に出た事もありませんでしたので、自国のもそうですが、フォーサイス王国のドレスや装飾品にも疎いのです。
ですので是非伯母様からもご意見をいただきたいと思っております」
伯母はドレスのデザイン画を見終わり、ティアラやバックカチューシャなどのデザイン画を眺めながら顎に指を置く。
「そうねぇ。フォーサイスもシルフォレストも大きな差はないかと思うけど、やっぱりジルのデザイン画を見てしまった後だと相当素朴に感じてしまうわね。
ああでも、アクセサリーに関してはシルフォレストより細かい細工が多いわ。きっと鉱物とか宝石類の産出国であるアドバンテージが大きいのね。
それよりも何より先程見せてもらったあなたのピンクのドレス。あれは素晴らしいわ!装飾が多くても嫌な感じがしないって言うか、心がときめく感じね。私も着てみたい!って思ってしまうような」
それから伯母様が実際持っているドレス群を見せてもらったり、デザイン画の中でもフォーサイスで禁忌とされそうなものを指摘してもらったりした。
「やはりマーメイドドレスはこちらの国でも受け入れて貰えないのですね。裾周りにボリュームを付けると、女性らしい体のラインと相まって、とってもロマンティックな姿になるのですけれども」
「ジルが色々なデザインを世に出す事で、ご婦人方のニーズが生まれ、高まり、そうなればきっと他の商会も試行錯誤し始めるでしょう。
あなたが新しい風を起こすのよ。そうしたらまた新しい波が起こるわ…その波が何を運んでくるのか。先を急がずもう少し気長に待ちましょう、ジル」
対面に座っていた伯母は、ジルの隣へ移動してくるとジルの肩を抱いて優しく揺すった。
それはまるでジルを励ますようで、何となく覚えていない筈の母の温もりを思い出した。
そして伯母はポンと手を一つ叩くと、ジルに顔の向きを変えて提案をした。
「ねえジル、実際街に出てみない?
こうやって紙を見たりわたくしのドレスを見てるより満遍なく実際見に行った方が参考になるのではなくて?
商会を我が家に呼ぶのも良いけれど、お店全体を見てみるの。そして何軒かはしごしてみましょうよ!きっとあなたの良いお勉強になるわ。
でもまず体がすっかり元気になってからの事だけど」
そう言われたジルは自分の体が跳ねた事に気づかなかった。
街に出る!
行きたい行きたい行きたい!
チューダー地方の街歩きは何度もしていたが、王都では結局そんなに廻る事もできなかったし、隣国とは言え初めての外国滞在なので文化の違いも知りたいところではあるが、もっともこの状況ではストークスの館に籠り、大人しくしているしかないと諦めていたのだ。
ジルは鬱々と部屋に篭って縁起の悪い事ばかり考えて皆を心配させるより、デザインの一つでも考えようと、少しでも前向きになれる様に仕事に精を出す心積りでいた。
「伯母様、こんな状況なのですが…私は外に出ても大丈夫なのですか?」
身を乗り出すように問い直すジルを見て、伯母は目尻を下げた。
「ええ、もちろんよ。我が国の結界はシルフォレストより優秀なのよ。それに少し強化してもらうようにお願いもしてあるから心配ないわ」
そう言えば父様もフォーサイスの結界は優秀って言ってた。
それどころじゃなかったから聞き流したけどもそれってどう言う事だろ?
「伯母様、父様も少しだけ結界の話をしていましたが、シルフォレストの結界とは違うのですか?」
「うん…と…そうねぇ。まず魔法と魔導の違いってジルはお勉強したかしら?」
ビジネスの話は終わり、お勉強の時間となった雰囲気を察してジルの背筋は自然と伸びた。
「はい。魔導は魔石だったり自分の魔力だったりを導き引き出して使うから魔導と。
それぞれの力量によってその威力は違うと教わりました。
魔法はそれ以外、精霊にお願いしたり地脈の力など、身に持てないものから力を借りたりして行われるのが魔法だと聞きました」
「そうね、その解釈で合ってるわ」
「ですがもう魔法の力は廃れ、魔導の力だけしか残っていないとも」
伯母はうんうんと頷き、でもねと続けた。
「それはシルフォレストではのお話ね。
フォーサイスでは未だ魔法は残っているわ。精霊があちこちに居るからね。
わたくしも嫁いできた時は驚いたものよ?まさかと疑ってもだけども本当なのよ。現にそちこちで何となく精霊の気配を感じるんですもの」
ジルは驚いた。
「精霊ですか!?御伽話の中にしかいないものかと…」
「国もあんまり大っぴらにはしてないわ。あなたが読んだ御伽話も文献には残らず、口伝で残された史実を絵本という形でだけ拾われたお話だったのかもしれないわね。
精霊も何百年前の精霊狩りとかで疲れていた時期もあったし、貧すれば鈍するって言うでしょう?またどこかの国が困ったら精霊を使えば良いって狩りを始めたら大事だからね。まあこの国は良い距離感をお互い保っていると言った感じね」
「精霊狩り…」
凄い言葉も出てきた。ジルは驚きが過ぎて、情報量の多さに頭の中の熱が冷めない。
「そう。シルフォレストは国としてちゃんとした歴史には残してないけれど、実はそれに関わった時期があったのよ。フーアが求めた精霊を狩っては売り渡していた時期がね。
そしてその精霊を買い取ったフーアが精霊をどんな扱いをしたか…悍ましい使い方をしていたようよ」
「そんな!」
「それを知り怒った精霊女王が裁きを下し、フーアには砂漠が広がった。全ての精霊はシルフォレストを去り、森よりこっち側に引き篭もったとされているわ。そう考えてみれば、あの国の国境の空白地帯の広さは精霊とシルフォレストとの距離感も表しているわね」
ジルは驚き、呆然とする。
「まさかそんな事が…私全然知りませんでした」
「わたくしも嫁いで初めて知ったことよ。
筆頭公爵家であるし裁きの森に近いから、特に代々教えられてきてるのでしょうね。反面教師として」
「裁き…の森ですか?」
「ああ、そうね。シルフォレストで言う魔物の森はこちらでは裁きの森と言われているの。精霊女王が怒った時、あの森の地脈を使って裁きの鉄槌を下したと言われているから。
…わたくしね、思うのよ。もしフーアがシルフォレストを取ったら次はフォーサイスだって。いいえ最初からフォーサイスが狙いだと思うわ」
衝撃にジルは固まる。
「あなたのせいでこの騒動が持ち上がった訳ではなく、丁度その騒動を起こしたい時にあなたがいただけだと思うの。
体よく筋書きの一つに利用されているだけね。きっと」
ジルはじわじわ体の中を立ち昇ってくる炎のような怒りで我を忘れて叫び出しそうになった。
そんな過去の失敗の精算に、父様と私の努力と夢が打ち砕かれようとしているの?
また間違いを犯そうとして、そしてそんな事のためにあの美しい故郷が踏み躙られようとしているの?
咄嗟に吐き出したくなるものを押さえ付けるように、ジルは両手で口元を覆い、更に顔を膝に埋めた。
「ジル、ああジル…可哀想に。でもチューダーはそんな歴史とも何度も戦って打ち倒してきた家門よ。
今回だってデイビットが策を考えてる。大丈夫よ。絶対に大丈夫」
ジルは力強いが優しく肩を摩ってくれる伯母に寄り添う。
更に伯母が話を変えるように続けた。
「ああそうね、結界の話だったわね。先程も話したけれども、我が国には精霊が未だいるの。なかなかお会いするのは難しいけれど、女王も何処かにおられるらしいわ。
シルフォレストの結界は魔導の力を使うから、酷い出来でしょ?でもあれがあの国の限界。
フォーサイスは精霊たちが魔法を使ってくれるの。
最初は精霊狩りから逃げる為に出来た結界らしいけれど、当時の国王がお願いしたらそのまま何百年も残してくれているそうよ。魔力の多いジルなら国境辺りで結界の気配を感じたんじゃないかしら?」
ああ!あれか。ドロっとした感覚!
「なんだか不思議な感覚でしたわ。とろみのあるような空気の中を一瞬ですが通りました」
「それね。わたくしは魔力はそれほど持っていないので感じた事は無いのだけど、今回は緊急事態が起こりかねないという事で、精霊を介して女王へ結界の強化をお願いしてあるの」
「そんな事までして下さるのですか?」
「そうみたいね。わたくしはあまり魔導も魔法も造詣が深い訳では無いからちゃんと説明する事はできないのだけれど、わたくしたちの予想通りであれば精霊たちの危機でもある訳ですからね。危険な人は通さぬようにとか。どちらかと言えば精霊族のためにと、何らかの方策を取っていただけたそうよ」
それはスッゴイな!万能なのかな魔法って。
女王様って森の奥とかにいそう。ファンタジーな精霊の国の中で木のお城とかに住んでたり!
うわー!滾る!
先程までの鬱屈とした気持ちを押し除けるようにジルのテンションが上がる。
「伯母様、私も精霊を見る事ができるでしょうか?」
キラキラと好奇心の色の輝きを見せ始めたジルの瞳に、幼子を見るかのように伯母も目を細める。
「ふふふ、それはどうかしらね?
でも結界を感じることができたなら、あなたにも可能性はあるかとわたくしは思うわ」
伯母はイタズラっぽく笑ってジルの鼻先をつついた。
その夜の自室で窓の縁に腰掛け、窓の先に見える家々の灯りを見るともなく、ジルは今日のお茶会での会話を思い出していた。
伯母との会話は感情の振れ幅が大きすぎて、ジルはとても疲れてしまった。
今日は楽しい話も重い話もびっくりな話も聞いたわ。
今回の騒動が仕組まれたものだったなんて…
貴族こわって思うけど、その世界にもう既にどっぷり浸かってるし、これからもそこを泳ぎきっていかなくっちゃいけないと思うとなぁ…
頭が重い。
だが、騒動はジルの言動のせいだと思い込んでいて、何をやろうとしても後ろ暗い気持ちになってしまっていた部分が取り除かれ、気持ちが少しだけ上向いた事。
怒りが原動力に変わりつつあり、絶対に負けるもんかという気持ちがジルの中に湧いてくる。
騒動のせいで行き詰まってしまった筈だった所に次のステップが見つかった事。
そしていつか精霊ウォッチングを果たす事。
小さな希望の階が見えたような気がして少しだけ気持ちが浮き立つ。
ジルは故郷の森の方角を見つめて、小さな声で私も頑張ってみますねと話しかけた。




