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目が覚めると知らない天井だった。

…一回は言ってみたかったセリフだけど、ホントにここどこ?


 大きな天蓋付きのベッドに横になっていたジルは、旅装のドレスは脱がされていて、家から着てきたシュミーズ姿だ。


そうかおばちゃんちに来てるんだった。

そんでなんでこんな格好で寝てるんだっけ?


 体を起こして暫く頭を捻っていると、ドアの開く音がかすかに聞こえ、小さくエラがジルが起きているか確認する声がした。

ジルがまだ寝ている様なら、起こさない様に気を使ってくれているのだろう。


「エラ、起きているわ」

「お嬢様!」

すぐさまベッドのカーテンが開けられ、エラの心配げな顔が見えた。

「お嬢様、体調はいかがですか?」

「まだ疲れは残っている様だけど大丈夫。エラは大丈夫?」

ジルはエラの顔と体を確認する様に眺め回す。

「私は鍛えておりますから大丈夫でございますよ。

お嬢様はこれほどの強行軍な旅はなさった事がないと聞いております。アリシア様よりお嬢様は今日はゆっくりなさる様に言いつかりました」

「私は夕べどうしたのだっけ?気付いたらベッドの上だったわ」

「昨日は朝からお出掛けになり、ご帰宅して間も無くの強行軍でしたからさぞかしお疲れだった様で、気絶する様に眠ってしまわれたのですよ」

「そんな!伯母様にも失礼をしてしまったのでは…」

ジルの顔色はみるみる青くなる。


やばい。まともに挨拶もお礼も言えてない気がする。おばちゃんが起きて待っててくれたって事は、おじちゃんも待っててくれたはずよね…やばい!ほぼ初対面だってのに絶対なんて躾がなってないんだと思われてる!


 起き抜けの頭を抱えながらジルはどうやってリカバリーするか策を巡らせる事になった。


ーーーーー


 ホールの大時計が、夜中になった事を告げる鐘を鳴らしたのが遠くに聞こえた。

 先程、我が領軍の先触れが姪が国境に着いた事を知らせてくれた。


 わたくしは暗くなる頃からやきもきと落ち着かない時間を過ごしていて、夫からも何度も嗜められていたが無理な話だった。


 あの子がまだよちよち歩きの頃に会ったきりだ。

ふわふわの金の髪を靡かせ、危ない足つきでわたくしに走り寄り、ペリドットの瞳を輝かせながら『アリーシャおばしゃま』と膝に纏わりついてきた。

その日はあの子の母の弔いの日であったのにも関わらず、何も分からぬあの子は無邪気な笑顔でいた。

「なんて不憫なあの子…」


 遠く離れていても心安く健やかであれと祈っていた。

その父であるわたくしの弟は、冷徹であり苛烈ではあるが、身内には愛情深い子であるので、お互いに支え合い、穏やかな日々を過ごすであろうと思っていた。


 それなのに…顔も見たこともない放蕩王子とその黒幕に気が向くと、ささくれ立った心の隙間からドス黒い澱の様なものが立ち上がってくるのを感じた。


 過去と現在を揺蕩いながらいたその時、ドアの外が慌ただしくなったのを感じ、わたくしはノックされるより先に立ち上がった。

あれこれ考えていたので一緒の部屋にいた夫の存在を忘れていたが、共に玄関へ向かう。


 門の方から領軍兵に守られた馬車が見えた時には、思わず息を詰めた。

先に馬から降りてきた副司令官に夫が労いの言葉を掛けているが、わたくしは馬車から目が離せない。


 扉が開かれ先にブラウンの髪の女性が降り、周囲を警戒する様に見渡し、その後その補助を受け金の髪の少女が降りて来たのを見たらもうわたくしは走り出していた。


あの子だ!

抱きしめてみれば細くてふわふわで冷たい。

なんて可哀想に!

そう思ったら、相手の戸惑いを感じてはいるものの口は止められない。

この子はわたくしが守ってあげなければ!


 その時にわたくしの背に夫の手が添えられたのが分かった。ハッと夫の顔を見ると彼は小さく頷き、館に入る様に促される。

応接室のソファに落ち着くと、明るい場所で見る姪は美しくも顔色は悪く、かなり疲れた顔をしているのがよく分かる。


 あの子の口から出る言葉は混乱が過ぎて支離滅裂になり、しかしまだ令嬢として正しくあろうとする姿は痛々しい。

全ては明日からにして休ませようとすると、姪は大きな声で泣き出してしまった。


 そして張り詰めていた糸が切れるかの様に、わたくしの膝でそのまま眠ってしまう。


 夫を思わず見てしまうと、そんな姪に驚いた様な顔をしていたが、わたくしに気づくと優しくうんと頷いた。

「執務室にいるよ。後で話そうか」

出て行く夫を目線で見送り、わたくしはまた姪を見る。

あどけない顔で眠る子の涙で濡れた頬をそっと拭い、柔らかい白金の髪を優しく起こさない様に撫でた。

 

 そしてそのまま、後ろに控える姪の侍女に小声で話しかける。

「あなた」

侍女は少し近付き、彼女もまた小声で答えた。


「はっ!ジルヴィア様の侍女の任と共に護衛の任を任されましたエマ・バーンズと申します。以降お見知り置きを」

「バーンズといえばあちらの総司令官の家ね。ジルヴィアは道中どんな感じだったの?」

「はっ。今日は…あっと、もう昨日ですね。朝から視察などをなされており、元々お疲れであったところを渦中に巻き込まれたとお知りになり、その流れのままこちらへ向かわれました。

責任感のお強い方ですので、内戦になるやも、お父上やご領地に何かあるやもと考えられてはご自分を責めておられる様に見えました」

「何故?自分を責める?とは?」

「ジルヴィア様はそのご慧眼にてご領地を盛り立て、そのご活躍は人の耳目を引きました。そのせいでこの状況を引き起こしたのではないかと大変悔やまれまして」

「そんなバカな!この子のせいではないわ」

「お父上のアシュリー閣下も同様に仰られておりましたが、お嬢様はそう言われてもご納得できかねないご様子です」

「可哀想に。だからこんなに消耗してしまっているのね…。

エラ、この子を寝室に連れて行ってあげて。案内させるから。それともジルヴィアは誰かに運ばせましょうか?

そうそう、ジルヴィアも心配してしまうから、あなたも今日はゆっくり休んで。ここには誰も、あなたもあなたの主人も害する者は居ないと私の弟に誓うから」


 そう言われた侍女は肩の力を初めて抜いた。

馬車を降りてから今まで、子猫を守る、毛を逆立たせた母猫の様に見えていたが、警戒を解くと途端に年若い普通の侍女のようになった。

「ありがたきお言葉です。お手を煩わせずともジルヴィア様は私がお運び致します」


 失礼、と侍女はわたくしの膝の上から姪を軽々と抱き上げ、一礼してドアを出ようとした背中に話しかける。

「朝はジルヴィアを起こさないで、十分寝かせてあげてちょうだい」

声だけ御意と聞こえた。


 それからわたくしも夫が待っている執務室へ向かう。

これはわたくしも朝寝坊してしまうわね…と思いながら室内に入る。

弟から以前送られていた転送魔道具から、未だどこぞから紙が吐き出されてきている。


「やあ、お疲れ様。

デイビット君にはお姫様が無事到着した事は伝えておいたよ。そのお返しがこの書面の束だよ」

そう言って紙の束を掲げ夫は苦笑を浮かべる。


「ごめんなさいね…こちら以上に相当気を揉んでいたと思うのよ。あの子にとっては掌中の珠、いいえ最後に残った最愛ですもの。

八つ当たりとばかりに何かやらかしてなければ良いのだけども…」

「はは…当たらずも遠からずかな。何か考えはあるらしくて、戦の準備と並行して、なんだかは教えてくれないけど動き出してはいるらしいよ」

「まあ…」

わたくしはジルヴィアと引き離され、怒り狂った弟を想像すると何をしでかすものかと少し恐ろしくなった。


 そんなわたくしに寄り添い、ソファへと夫は誘った。

「ジルヴィア嬢の様子はどうだい?」

「あの子はぐっすりだったわ。そして少しあの子の侍女と話をしたわ。

…あの子が…ジルヴィアが馬車を降りてきて一目見た時にアンナが居たのよ。そこにはアンナが居たの。

わたくしの義妹だったアンナ…本当に短い間だけだったけれど…アンナは弟には勿体無いくらい良い子だったわ。

わたくしの事もお義姉様って、いつも可愛い声で呼んでくれて。

あの本当に可愛い子があんなに早くに神の庭に呼ばれてしまうなんて…」


 アンナを久しぶりに思い出したら、鼻の奥がツーンとしてくる。

ちょっと小首を傾けて笑う、野の花のように可憐で可愛らしかったアンナ。

いつも周囲に気を配って、何かと騒がしい仲間たちを和ませていた。

彼女の遺したあの子をわたくしは預かる事になった。


「ねえハーレイ、どうかお願いだからあの子を守ってあげてちょうだい。父親とも引き離されて、それも自分のせいだと思っていて、可哀想にあの子は心から傷ついているわ」


 夫はそう言うわたくしから少し身を引いて驚いているようだった。そしてニッコリと笑う。

「もちろん君のお願いならばなんでも叶えるつもりだよ?でもね今回は君のお願いじゃなくっても、僕は僕の可愛い姪を守るつもりでいたんだ。寒さと疲れで大分萎びていたけれど、とっても可愛い子だったじゃないか。

あの子がここでも楽しそうに笑っていられるように、さあ僕も頑張らねばいけないね。久しぶりに若いお嬢さんが来たら張り切ってきたよ!」

夫がわざとはしゃぐ様な声を上げる。


 わたくしは政略結婚で嫁いできたが、それ以降とても大切にしてもらっている。夫は優しい人だ。

その夫がそう言うからには絶対に言葉を違えない。

「ハーレイ、ありがとう」

「どういたしまして」

肩をそっと引き寄せられ、夫の肩に頭を乗せる。


 こんなに遅い時間だと言うのに、まだ昼間かという様に目が冴えている。

わたくしの中で怒りと悲しみと優しさと嬉しさが混然としているからだ。

それをよく分かっている夫が黙って肩を摩って諌めてくれているのが分かる。


 わたくしは眠りが訪れてくれるまでしばらくこのままで居ようと思った。


ーーーーー


父だ!


 一報を聞いた時、咄嗟に私は思った。


父がとうとう動き出したのだ。

 

 そう気付くと奥向きでも公の場に居る事などできず、私は自分の宮に引き篭もった。


 私の側付きの者は、陛下がお隠れになりショックを受けた私が、塞いでいて表には出れない状態だと言っているが、実際は宮中の皆が疑いの目を私に向けていて、その目の全てが私を責めているかの様に見えて恐ろしくなったのだ。


 何人もの官吏が宮を訪ねて来ていた様だが、私は会いたくないと言い、側付きも何らかの理由をつけては決して扉を開こうとはしなかった。

私は確実に疑われていて、私から何かを引き出そうとしているのであろう。ただただ恐ろしい。


 気づけは糸目の侍女が姿を消している。

普段大勢いる側付きをちゃんと見たことがなかったけれど、明らかに見た目に特徴のある侍女だったので覚えている。


 だが誰も彼女が居なくなっても話題にも出さない。

きっと私が聞いても官吏が聞いても、誰もがその様な侍女は居なかったと答えるのだろう。

そして証拠も確証も何も残されてはいない。

きっとそういう人物だったのだ。


 国王夫妻は優しい人たちであった。

私は王にとって厄介な出自で、扱いに困る側妃であったというのに、近寄りすぎはしないが心遣いは感じる様な、そんな距離感を保ってくれていた。

そんなお二人を手に掛けるとは…


 そんな中でも、宮まで私の息子である第二王子のグイードが折々見舞いに来てくれていた。

彼は可愛い私の唯一の息子であったし、父の悲願の結晶でもあった。


「ああ母上、その様に塞がないで下さいませ。何も心配などございませんよ。

急に父上が亡くなり、確かに宮廷も今は少し混乱しておりますが、なあにすぐに私が平定させてご覧に入れましょうね。まあ、母上は何もご存知でないとは思いますが、私は次期国王としてほぼ内定しておるのですよ。

ははは!戴冠式が楽しみですね。私が王として立てば、きっと母上も随分と誇らしく思う事でしょう。その日を早くに迎えられる様に下臣も奔走してくれています。だから安心であると申し上げておるのです。

ああ、本当に何も心配ございません。あのお祖父様だって私が王に相応しいとお墨付きを下さったのですよ。

それに…田舎者で少し気が利かないのはキズではありますが…アシュリー伯の娘が母上の義娘となりますよ。

婚儀は父上の喪が明けた頃になるでしょうが、婚約は近々結び、王妃となるにはまだまだ教育のし直しが必要ですので王宮に留め置く事となりました」


 ズラズラとグイードがまだ喋っているが、もう私の耳には入らなくなった。


アシュリー伯の令嬢が…!?

そもそもアシュリー伯は我が家門の政敵であるじゃない!

政略結婚だったとしても本当に受け入れられるの?


 アシュリー伯は先日の舞踏会で親子で互いに微笑み合い、とっても幸せそうに令嬢と踊っていた。

アンナ様に面差しの似た令嬢で、在りし日の舞踏会での二人の様子を彷彿とさせた。

令嬢のデビューの真っ白なドレスと濃いグリーンのアシュリー伯のコート姿は深い森とそこに降り積もった雪が共に踊るかの様な…そんな昔読んだ絵本で見た挿絵の様だった。


 まだ私が王に嫁ぐ前、新年の儀の舞踏会で仲睦まじくあるアシュリー伯…デイビット様とアンナ様を見かけた。

まだ伯爵家の令嬢であったアンナ様を大事そうに扱うデイビット様はとてもお優しそうで。

ダンス中にターンで少し躓いただけの事を、さもおかしい事のようにクスクスと二人で小さく笑い合っていた。

少しでも離れることを厭うように、舞踏会の最後まで二人ぴたりとくっ付いたまま…。

アンナ様も私と同じく学院には通っておられなかったけれど、デイビット様のお友達に囲まれて楽しそうに談笑されていた。


 私には何もなかったのに…絵本の挿絵の様なダンスも、笑い合える友も…父には私は単なる駒でしかなかった。

それは今も。


 子供の頃、乳母に『お嬢様がお生まれになった時、それはそれは旦那様はお喜びになられたのですよ。奥様に大きなお声で「でかした!」と申されまして』と教えられたことがあった。

父は兄が生まれた時よりも喜びを見せたらしい。


 それは今は亡き国王と年廻りの良い女児が生まれたことが喜ばしかったのだろう。

父の長い計画と政略の駒として。


 母の様子にも気付かず、まだベラベラと面白おかしく下臣の失敗をあげつらうグイードの顔が父の顔に見えてきた…気持ち悪い。

あんなに愛して育て上げた我が子をそう思うなんて、私も自分が信じられない様な気持ちでもあるが、どう思い直してみてもやはり父を見ている様で気持ちが悪い。


 家では父から家族の様に振舞われた事などなかったが、夜会に連れ出される事はあった。それはまるで品評会に出される牛と同じ様に。

その際の父に阿る取り巻きに得意になって語る父と、今のグイードが同じ顔をしている事に気づく。


ただただ本当に気持ち悪い。


「グイードごめんなさい。母は疲れました。少し休みます」

「ああ、それはいけない。母上はここに居られて何事もせずゆっくりご静養なされば良いのですからね。

あとはお祖父様たちがどうにかなさってくださいますので。心をお強く持たれてください」

頬にキスを残してグイードが出て行く。


 方便でもあったが、私は本当に疲れている様だわ。

重たい体は分厚い雲の中にいるみたいで、もう何も考えたくないし、動きたくもない。

体を引き摺る様にしてベッドに向かい布団を被る。


ああ、この羽根布団もデイビット様の…


 私はふとそう気付いたら、もう涙が出て止まらなくなってしまった。

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