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 私の領地はいわゆる南部と括られる地方にあるが、東部とも隣接しているので、両地方を跨ぐ街道を抱えている。なので領地は小さくも物流の拠点があり、それなりに栄えていると自負している。

穀倉地帯でもある東部から農産物が、山深い南部からは木材が街道を通過していく。

 

 そして更に我が領は南部の中でも中央に近い立地。

モノも集まりやすいが、情報も集まる。


「嘘だろう?王が崩御なさっただと!?」

「はい。王ばかりでなく王妃もお隠れになったそうです」

「そんな…一体何があったんだ!」


 情報を持って帰って来た老年の男は、長年我が家に仕え、独自の情報網を持つ信頼に値する家臣だ。

その男は他に誰もいない私の執務室だというのに小声になった。

「大きな声では言えない話ですが…直後から側妃は宮に籠り出てこなくなったとか」

「ミラー伯がとうとう…か」

「おそらく」

「なんでまたこの時期に」

私の指は思わずイライラと机を弾いてしまう。


「第二王子の評判も上向かない今、北部も台頭してきて、にっちもさっちもいかなくなったのが実情でしょうか。

北の派閥がこれ以上大きくなればミラー伯ですら抑えが効かなくなりますでしょう」

「それしか無いか。王もそれを見越してそろそろ第一王子を立太子させようと動き出していたとか」

「私もそのように聞いておりました。

…ご当主様、これはそろそろ立ち位置をはっきり決めねばならぬタイミングかと」

私は臣の指摘に腕を組んで唸るしかなかった。


 これまで領地の立地と同じく、どちらかの派閥に偏る事なく何となく中立を保って来ていた。

風見鶏と雀どもに裏では言われているのも分かっていたが、私が大切にせねばいけない一番は家だ。プライドなどは馬の餌にすらなりはしない。

南部だという括りも私の中では単なる地図上の表記でしか無いのだ。


「さてどうするか。今までのらりくらりとミラー伯からの誘いも誤魔化して来ていたが、これからは更に激しくなるだろうな。お前はどう見る?」


 我が家を派閥に取り込むべく、ミラー家からは夜会だ狩猟だと何かと招待状が届いていたが、なんだかんだ理由を付けて数回に一度くらいの頻度でしか応じていなかった。

「でありましょうね。派閥の劣勢は辺境伯様も感じておりましょう。

更に王宮の方では北の令嬢を第二王子派へ取り込むべく、編隊を組み始めております」

「まさか!北の要を取りに行くか!アシュリー伯が許すはずがないだろう!」


 私は驚いて立ち上がりそうになって、椅子が耳障りな音を立てる。

「多分それも計算の内かと思われます。下手をすれば内戦、そして南からミラー伯が頃合いを見てフーアを引き込む算段かと」

「ミラー伯はもう国取りに来るか」

「私はかのように思います。そう考えるのはどこも同じ様でして、先んじてガーランド公爵の遣いと会いました。是非手を貸して欲しいと閣下が申しておられると」

「なに?マルグリット殿からか」

「件の令嬢は偶々…幸いな事にフォーサイスにご逗留なさっているそうで、暫くは時間を稼げるそうです」

「さすがアシュリー伯。逃したか」

「その間に出来るだけの力を結集し、この機会に全ての膿を出し切りたいと」

「ふふふ…」

私はつい笑い声を漏らしてしまった。

「……いかがなさりましたか」

「いや、お前のその口調では…どちらに私を付かせたいと思っているのか丸分かりだと思ってな」

「いやその、ああ…」


 家臣は照れ臭そうに乱暴に頭を掻くと、姿勢を正し、意を決した様に続けた。

「ご当主様、私は恐れながら私は北部に付かれてはどうかと進言いたします。

先程ご当主様がお聞きになられました、この局面をどう見るかの私の答えですが…いやこれは私情になってしまいますかな。それは国を、フォーサイスをフーアの奴等のいい様にさせる事だけには反対でございます。彼の国は砂漠が多く、緑豊かなわが国を常に虎視眈々と狙っております。

先の南の辺境伯様は、それは立派にお役目を果たさる、獰猛かつご高潔なお人であられました。私も何度かおめもじに預かりましたが、かのような方の跡を継いだ現辺境伯様には私も些か思う所がございます。

我が領の立地から、この度内戦となれば最前線となる可能性もございます。ですが…ですがご当主様、どうかご決断を!」


 私はトントンと机を指で叩く。

「かと言って勝機はあるのか」

「第二王子があれではと、かなりの数の貴族は王太子に付きそうですが、フーアとの戦争を考えると二の足を踏む貴族もそれなりにありそうだとか。

それ故にそれらをも取り込むために、数を纏めて圧倒できると分かりやすく示す事が肝要だと使者も申しておりました」

「だろうな。しかしどっちに転んでもうちは戦の最前線になるだろうな。筋違いとは分かっていても今ほどこの立地を恨むことは無いな」

「かの北の辺境伯様が何か策を練っておられるようです。まだ形になる前だとかで口を濁されておりましたが」

「アシュリー伯は魔導伯でもあるからな。我が領の為にも機運の風向きでも変えてくれる様な魔導でも考えついてくれると良いのだが」


家臣が跳ねる様に顔を上げる。

「では!」

「この国を失うわけにはいかない。お前が言うまでもなく彼の国の属国に成り下がる選択肢など選びようも無い!

これから我々も色々と備えねばならぬ。忙しくなるぞ」

「は!私も各所との連携に微力ながら励みまする」


 家臣が退室すると私は大きく長く溜息を吐いた。

そう決めた。確かにだ。


 だけどまだ腹の底には悩む自分もいる。正しい選択であったのか、ここを戦場にして良いのか。

だが自分は間違いなく正解を選んだのだと言い聞かせ立ち上がった。

戦争へ向けての備蓄を増やし、兵を揃えねばならない。


 私は執務室から出て、大声で執事を呼びながら領兵の詰め所を目指す。

この国の行方を憂いながら。


ーーーーー


 ジルを乗せたソリ馬車は休憩も入れず、ひたすら夜の森の中を走る。冬場は魔物は少ないとは言え、気を張って疲れる旅路であった。


 更に今回の衝撃が後追いでジルに追い付いてくる。


ただ皆が安定して暮らせるようにしたかっただけなのに…それなのにそれが火種になってしまうなんて。

皆が苦労しながら一生懸命に積み上げたものが、全て国軍に壊し燃やし尽くされてしまうかもしれない。

それなのに私だけ逃げるってどうなの?

ごめんなさい…皆、ごめんなさい!


 情緒不安定になりがちになる自分を叱咤しながら唇を噛み締め、窓の外を見つめ続ける。


 父が持たせてくれたコートが暖かい。

ギリギリに出来上がった試作段階のものを持たせてくれたのだろう。別れ際抱きしめてくれた父を思い出しながらギュッとダウンコートを握りしめる。


 エラは心配そうにこちらを見ているが、気を使ってくれているのか、必要以上に話しかけてはこなかった。

ずっと張り詰めた空気が馬車の中を占めていて、エラに寝てても良いとは言われたがそんな気分でもない。

殆ど何も見えない暗闇をひたすらにジルは見つめ続けた。


 暫く走り、夜中かと言うくらいの時間にどろりとした気配が体に走り、ジルはビクっとした。


なに今の?

一瞬ハチミツみたいな中に突っ込んだみたいな感覚がしたんだけど!


 急に左右を見渡すジルにエラが反応した。

「お嬢様、いかがいたしましたか?」

「ええ…今何か変な感覚が…」


 そこで馬車が止まった気配がした。

「何かしら?」

 窓から軽く外を伺ったエラが教えてくれる。

「ああ、国境ですね。警備兵の詰所があるのでそこで改めがあります。

しかし閣下とストークス様との信書がございますからそう待たされることはないでしょう」


 その言葉通り、ややしてまた馬車が動き出す。

窓の外を見ると通してくれた警備兵が敬礼をしていたので、ジルは軽く頭を下げる。


 ジルがまた窓の外を見続けていると、ちらりと周りを騎馬で追従する者たちが見える。

「エラ…」

それだけでエラは理解してくれたらしい。

「あれはストークス様の兵でしょう。きっと護衛をつけてくださる様に手配していてくださったのでしょうね」


 人のいる区域に入り、伯母が力を振るう場所に入ったということが分かっただけでも、ジルは肩の力が抜けた。

ほうっと息を吐くと、エラに向かって少し微笑む。

「やっと逃げ切れたわね。エラ、迷惑掛けてごめんなさいね、まだまだ苦労かけるけどもどうかよろしくね」

「何を仰いますか。こういうお役目のために私はいるのですよ。腕がなるというものです」

エラの敢えての軽口に二人は微笑みあった。


 やがて真っ暗な中にポツリポツリと明かりが見え始めたと思うと街中を走る様になった。

除雪がされている道となり、ソリ馬車では走れなくなってきた様で御者に乗り換えを求められた。

ソリ馬車の御者たちと遣わされた兵士たちとで荷の乗せ替えが行われている間に、ストークス家の兵が一人、ジルに近づいてくる。


あれ、結構若い兵隊さんだなー

まあこの寒い中、こんなパシリみたいな仕事させられちゃうくらいなんだもんな。


「ジルヴィア様、この様な状況ですので不躾で大変失礼でございますが私よりご挨拶を宜しいでしょうか」

「ええ、もちろんです。

私、シルフォレスト王国、チューダー辺境伯が娘、ジルヴィア・アシュリーですわ」

「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。

私はフォーサイス王国カーン領のストークス領軍副司令官を務めておりますマシュー・デリクスと申します。以降お見知り置きを」


若いのに軍の中でも二番目に偉い人だったー!

伯母様、たかが私のお迎えになんて人選してくれてるの!


「こんな夜中の寒い中、出迎えに来てもらう事になってしまってご迷惑をおかけしてますわよね。本当にごめんなさい」

令嬢の言葉にマシューは目を丸くした。

「勿体無いお言葉でございます。我が主人の大事なお嬢様をお迎えに参る事ができる栄誉は望洋の喜びでございます。どうぞその様な事は申されずに」

「ありがとう。伯母にも我が父にも兵の皆様にご親切にしていただいた事は申し伝えましょう。

それで伯母の所まであとどのくらいかかりそうなのかしら?」

「は!ありがたき幸せ。

お館まではあと一時間もかからず到着出来るかと思います。積み替えもそろそろ終わるかと思いますので、窮屈かとは思いますが、今暫くご辛抱下さい」

生真面目そうな副司令官は、最後に小さく笑ってくれて、寒さと緊張でまた気を張っていたジルに少しの安らぎをくれた。


 アシュリー家の御者たちにも労いと礼を述べて、ジルは替えられた馬車に乗り込む。

体が芯まで冷えてしまった。

慌ててエラが暖房器具を出来るだけジルに近づける。


疲れた…ゆっくり湯船浸かって寝たい。

でもまたこんなに多くの人に迷惑かけちゃった…ああヤダ、なんかなに考えてもネガティブになっちゃうな。


 動き出した馬車の、ガタガタとした先程と違う振動に身を任せながらジルは窓に映った自分の瞳を見つめた。


死んだ魚の目をしてる…そりゃエラも気を使うよね。ホントにごめん。でも今は無理だー


 グルグルと考えても仕方ない事ばかり考えていたら、そのうち少し寝てしまった様だ。

遠慮気味にジルを起こすエラの声に気付く。

「ごめんなさい、寝てしまったみたい」

「そんな、少しでも寝られたのなら良かったです。

ですがそろそろストークス家に到着する様です」


 エラに助けてもらいながら身なりを整えると、やがて馬車が止まり、伯母の家人の格好をした男性が合図の後にドアを開けてくれた。

 ジルがエラの手を借りて馬車を降りると、そこで駆けてきた女性に抱きしめられた。


「ジルヴィア!ジル!ああ…可哀想に…こんなに冷え切って。さあさあお家に入りましょう。部屋を暖めて待ってたのよ。温かい飲み物も用意させましょうね」


 抱擁が解かれ、矢継ぎ早に話しかけられたジルはおずおずと相手の顔を見上げる。

「アリシア…伯母様ですか?」

「ああ、いやだわたくしったら挨拶も無しで。デイビットから連絡貰ってからあまりにもあなたが心配で心配で…そうよ、わたくしがあなたの伯母のアリシアよ。

初めましてではないのだけれど、きっとあなたは覚えていないわよね」


 玄関から中にジルたちを案内しながら、薄く微笑む伯母が言う。

「伯母様、覚えていなくて…ごめんなさい。私デイビットの娘のジルヴィアです。この度はご迷惑お掛けしてしまってごめんなさい。あの、これまでの道すがらうちの御者にも伯母様のお家の兵の皆様にもお世話になっていて、それで、あの…」

ジルはどうしても頭に浮かぶ断片を文章にする事が出来ない。


 応接室に着き、ジルをソファに案内するとアリシアもジルの隣に座った。

「それで一緒に付いてきてくれたエラも急な話で大変な思いをさせてしまっていて、それなのにずっと私の面倒見てくれてて、それと…あの伯母様もこんな遅い時間までお待たせしてしまって本当に申し訳なくて…それで…」

 もうアリシアに何を伝えたいのか、何を言いたかったのかもジルは分からなくなっていた。だが伝えなければいけない事があったのは覚えているので口が止まらない。


「それに伯母様、あの…」

そこでアリシアがジルの言葉を遮る様に口を開く。


「そうねジルヴィア。こんな事に巻き込まれてしまってあなたは疲れてしまったわよね。混乱してしまうのも仕方がない事だわ。でもね、もう大丈夫なのよ。だってもうあなたはわたくしの所に無事に着いたのだもの。

あなたの事はデイビットの代わりにわたくしが守るわ。わたくしが守るって決めたら、わたくしの夫もあなたの事を守ってくださるわ。本当よ!だから大丈夫。

そうね、あなたの侍女も御者もまずは温かくて美味しい食事をとってもらいましょうね。そして暖かい部屋で寝てもらいましょう。もちろんあなたもよ。

ね、そうしたら明日ゆっくりお話ししましょうね。

そして御者たちにも明日会ってたくさん労ってあげるといいわ。

ね、ジルヴィアほらね、もう大丈夫なのよ」


 アリシアがジルの背中や肩をゆっくり摩りながら言い聞かせる様に話す。

それを国に残した乳母の様だと思ったらもうだめだった。

ジルは涙が次々に出てきたと思うと、嗚咽が漏れ、そのうち子供の様に声を上げて泣き出してしまった。


 それでもアリシアはジルを抱きしめ、大丈夫大丈夫とジルに言い続けてくれた。

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