21
「エラにはお兄さんもいるのね?」
ダフネの工房からの帰り道。
エラと一緒にソリ馬車に乗り、屋敷へ帰る道中だ。
「はい、今は軍の分隊長を勤めております。
我が家は一代士爵なのですが、代々領軍の総司令官の地位を賜っておりますので、ご先祖様、祖父、そして父…と代ごとに一代士爵をいただいているのですよ。
それを兄の代で途切れさせる訳にはいかないと、今頃、遮二無二と武を極めているところでしょうね」
そうかー、そういう跡の継ぎ方もあるのか。有り物を継ぐのじゃない形の、自力で引き寄せて継ぐ跡目。
それもかっこいいなぁ。プレッシャーも凄そうだけど。
「私は学院に行っていないから、次世代を引き継ぐ他の方を全く知らないの。だからそうやって頑張ってるお話を聞くと自分も頑張らなきゃって思うわね」
「お嬢様は十分頑張っておいでですよ!」
横からエラと一緒に付いて来ていたリーンが口挟む。
ジルはそんなリーンに苦笑しながら続けた。
「ええ、頑張っているつもりではあるわよ?
でも、父様と一緒もっともっと領地のみんなに豊かな生活を送ってもらえる様に整えていこうと思ってるし、その後、私が父様から引き継ぐ時には、この跡継ぎに任せておけば安心してられるって思ってもらえる様になっておかなきゃって思うのよ。だから今からいっぱい勉強しておかなきゃ」
それを聞いてエラはニッコリ笑う。
「お嬢様くらいの年頃で、そこまでお考えになった上で実務を執ってる方も稀かと思いますよ。
ただ時が過ぎれば地位が転がって来て、自動的にその地位に相応しい人物になるものだと信じている方もおられるくらいです。お嬢様は素晴らしい領主となられるでしょうね」
エラに褒められて面映くなったジルは、ソリ馬車の外を見て、話題をわざと変えるように声を上げた。
「それにしても今年は雪が多いわね!そろそろ雪解けが始まるくらいの季節よね?なのに全然そんな様子が見られないわ」
生活道路である頻繁に使われるような道は住民や領兵によって毎日粗方雪掻きがされていて、これまで何台も通ったであろうソリ馬車の轍が残っているが、道路脇に積まれた雪で見えるはずの平原や畑などの景色は遮られてしまっている。
それにはリーンが答える。
「本当ですよ!今年は薪代が掛かって仕方がないと何処からも声が上がっています。こんな年は変な風邪が流行るから怖いですよね…」
恐らく先んじて父が号令を掛けているとは思うが、薪の備蓄状況や薬草の確保状況も確認しなければと思いながらジルは屋敷に戻る。
すると玄関ホールに使用人が待っていて、ジルが帰って来た途端急いで父の執務室へ向かう様にと言うが、その顔色はとても悪いし、屋敷の雰囲気も今までになく慌ただしい。
嫌な予感を持ちながらも、ジルは父の待つ場へ急いだ。
一体なんなの?こんなに屋敷全体がバタついてるのって見た事ないわ。
隣国が攻めて来たとかスタンピードの予兆でもあったとかなの?
転げる様にジルが執務室へ入ると、父は室内で家令と執事長、乳母と共に立て続けに届くファックスもどきからの書面を次々と読み続けている様だった。
え!?エリーザまでここに居るとか…
一体何が起きたの!?
「父様!」
「ああジル戻ったかい。じゃあ皆、一回落ち着こう」
エリーザに茶の用意を頼むと、父は気の急くジルをソファーに座らせた。
茶の用意ができて、エラを含めた全員に配られた所で父が口を開く。
「ジル、落ち着いて聞いてくれ…国王と王妃が亡くなった。
病にしても急な話すぎるし、二人同時で亡くなった様だが事故でもないらしい。情報が集まれば集まるほど色々ときな臭い」
内容が衝撃すぎて、ジルは口を小さく開けたまま父の目を見続けることしか出来なかった。
固まってしまったジルの肩を乳母が優しく撫でると、茶を飲む様に促す。茶には砂糖を多めに入れてミルクで少しぬるめにしてくれてあるので、すんなり喉を通っていく。
それと共に父の言った言葉もジルの中に染み込んでいった。
「父様…それって一体どういうことですか?
王と王妃は暗殺されたということでしょうか?」
ジルが落ち着いた事を確認すると、父は立ち上がり、窓辺の政務机の上で、未だ紙を吐き続けているファックスもどきから紙の束を持ち上げた。
そして中身を確認すると話を続ける。
「私はそう考える方が自然だと思うよ。まだ何故とか誰がとかはハッキリ分からないけどね。
それと両陛下が亡くなった事に加えて、更に悪い事にこの国には王太子が居ないんだ。
これから…いや、もうか、熾烈な後継者争いが始まる。これは確実にだ。中央の貴族は王太子派がほぼ占めているが、第二王子派には大きなバックが付いている。
私は黒幕もそこだとは考えるが、これからそこら辺がどう動くのかは予想は出来てもまだ決定的では無い」
「そんな…」
「そしてもう一つ悪い情報なのだが、先程も言った通り第二王子には婚約者がいない。
だから第二王子側は後継者争いの切り札として、第一王子の派閥に打ち勝つ為に強大な後ろ盾が欲しい」
「まさか…」
父は一つため息をつくと、前髪を乱暴にくしゃりと掴むと下を向いた。
やめて!やめて!聞きたくない!
思わず小さく横に顔を振る、ジルの気持ちを知ってか知らずか、やがて顔を上げた父が言った。
「ジル、君の名前がまだ内々にだが上がっているらしい」
絶対に!絶対に!絶対にイヤ!
ーーーーー
現在王太子は暗殺を恐れて、王宮の深い所で厳重に守られているらしい。
両陛下の突然に崩御によって中央は荒れに荒れていて、誰もが疑心暗鬼に陥って情報も錯綜しているらしい。
だが、父が密かに中央に置いていた情報機関と学院での同級生ネットワークでかなり精査された情報が集まって来ていて、それを分析すると近いうちに王都からジルを連れに迎えが来そうな雰囲気らしい。
こっちが嫌だと言って、はいそうですかと帰る様な手合いではないだろう。
ジルを渡さないと強硬に突っぱねれば下手をすると内戦が起こる。
北で内戦が起これば、南からフーア王国がこれ幸いとばかりに攻め込んで来るだろう。
フーア王国と密かに繋がっているとされるのが、南の辺境伯ミラー家だ。
そしてそこは第二王子の母である側妃の実家でもある。
もうとっくに点と点がぶっとい線で繋がっちゃってるじゃん。
なのに科学捜査もない現世では、身分が邪魔をして容疑者としてそれらの名前を挙げることすら出来ない。
「中央の貴族と地方の第一王子派は南を抑える準備を並行して始めている。
そこにうちと王家との諍いを持ち込まれるとさらに面倒になるから頭を悩ませている」
「かと言って私が素直に王都に向かってしまえば、北と南の辺境伯家が後ろ盾についた事になってしまいます」
「そうだね。それに私はあのバカに可愛い可愛い君を添わせるつもりは爪の先程もないよ」
「じゃあどうしたら!」
父が寂しそうにふふと笑った。
「中央の方向が悪いなら、逆の方向へ行こうか」
「逆…?フォーサイス王国ですか?」
「そうだ。ジルはフォーサイスのストークス家にここしばらく行っていて、当分帰ってこない事にして時間を稼ぐ。迎えに来たって本人がいないんだ。あっちの派閥だってどうしようもないだろうさ。
隣国まで迎えにいくのも色々難しくなる様にしてもらえる様にストークス家には頼んでおく。あっちの結界は強いから、どうにでも細工してくれるだろう」
「私はアリシア伯母様の所に身を寄せておけば良いのですのね?それで本当に大丈夫かしら?父様も領地もみんなも本当に大丈夫?」
事の大きさが身に迫って来てジルは震え始めた。
内戦って何?ここが戦場になるの?
魔物と戦う領軍は知ってるけど、人間同士で戦うなんて考えられない!王国軍の誰かに殺されちゃう領軍の兵士なんて想像したくない!
「父様、私のせい?私が色々言って目立ってしまったせい?それでこんな事になってしまったの?」
既に涙目のジルの言葉を聞いた父は、慌てたようにソファに戻ってきてジルを抱きしめて優しく体をゆする。
赤ちゃんを抱っこしてあやす様な動きだ。
「ジル。ああジル。そんな事あるわけないだろう!
全てはあのバカを踊らせてる奴らが悪いんだ。むしろジル被害者だよ。可哀想にこんなに震えて。大丈夫だよ。父様が全部守るから。ジルの大切なものは全て父様が守ってあげるからね。
だからジルはシルフォレストへ行っておくれ。そうすれば父様は安心してやりたい事が全部出来るんだ。どうだい?父様のためにも行ってくれるかい?」
父の胸に頬を埋めて涙を流しながら、ジルは無言で何回も頷くことしか出来なかった。
父様が後ろに私を隠しながら片手間で戦うのは無理で…
きっと私が邪魔になる。
足を引っ張る事になる前に父様の言う通りにした方が良いのは分かっているんだけど…心配すぎてここから離れたくないよ…離れてるうちに誰かが死んじゃったり最悪な事になっちゃったらどうしよう。
非力な私がどうこうできるわけじゃないし、バカ王子に捕まっちゃったらもっと最悪な事になるけど、私だけ安全な所に逃げるのも…あああ…どれが正解なの?
グルグルとジルの頭の中が混迷を深めていく。
そこを父の手から攫うように、乳母がジルを抱きしめた。
「乳母やもご一緒します!大丈夫ですよ。何があってもこの乳母やがひいさまをお守りいたします!」
ジルの頭を何度も優しく撫でながら乳母が優しく囁く。
夜中に目を覚まして泣き出したジルを『乳母やが付いておりますからね、もう怖くないですよ』と言いながら再び寝付くまであやしてくれた、あの頃の乳母そのままだ。
「エリーザ、今回はダメだ」
父が乳母を止める。
「ですが!ひいさまをお守りするのは私の役目なのですよ!」
「今回、無理な日程を組む予定があるんだ。エリーザでは付いて行くのは無理だよ」
「いいえ!いいえ!ひいさまの為なら私の命などどうでも良いのです。必ず邪魔にはならぬと誓いますので、どうか…どうか」
最後にはかぶりを振って乳母も泣き出してしまった。
それでも誰にも渡すまいと力強くジルを抱えたままだ。
乳母はもう中年の域を超え、老年に入ろうかと言うところで、そしてこちらの寿命は前世より短い。
何やってるんだ私!おばあちゃんに近いエリーザにまで心配かけて無理させて。
私がしっかりしてないから皆が心配しちゃうんだ。ちゃんとしろジル!
ジルは混乱から我に返ると、抱擁から出て、エリーザの頬を両手で支えて瞳を覗き込む。
「エリーザ、エリーザありがとう。でもエリーザはここで待っててくれる?」
「嫌でございますよ!乳母やはずっとひいさまのおそばにあるのです!」
「ええ、ずっとずっと一緒にいて欲しいから残って欲しいの。
無理させて病気とか怪我とかエリーザにさせてしまったら…それが命に関わったら私はずっと後悔し続けるわ。私が寂しいからってエリーザに無理させたからだって。
エリーザが昔言ってくれたじゃない。私は人の事を考えられる良い子って。だから私に後悔させないで。そして無事に帰って来たらエリーザに沢山甘えさせてくれる?」
乳母はまだ涙が止まらない瞳でじっとジルを見つめながら話を聞き、やがてゆっくりと諦めたように縦に首を振った。
もう私は抱きしめられてるだけの子供ではなくて、もう抱きしめてあげられるくらい大きくなったんだってどうか分かって。
乳母をジルはぎゅっと抱きしめた。
「エリーザ大好きよ。絶対に私が帰ってくるまで待っててね」
父は出来るだけ早く立った方が良いと、最低限の荷物だけ準備させるように手配をしていた。
もう午後も遅い時間だが、準備完了の連絡が来たら出発だ。
ジルの侍女として戦えるエラだけが付いてくる事になった。
今はそのエラも準備に向かったので、執務室には父と乳母とジルしかいない。
王家のお葬式には行けなそうなので、父にジルの代わりに冥福を祈って来てもらうように頼む。
その後いくつか打ち合わせをした後に、いつのまにかポツリポツリと三人で思い出話が始まった。
主にジルの小さい頃の話であったが、時折亡き母の話も出た。
涙ながらではあったが、ジルの幼い頃の出奔騒ぎの顛末など互いに思い出し、小さな笑いも起きた。
もしかしたらこんな優しい時間も二度と訪れないかもしれない。
そんな考えを打ち消したいのにどうしても拭えない。気を抜くと不安でジルは涙が溢れそうになる。
どうかどうか…またここでこの思い出話の続きと、シルフォレストの土産話を笑ってできる日を…
ーーーーー
夕方近くの出発となったが、こうなると必ず森の手前では日が落ちる、危ない道程を辿る事になる。
ソリ馬車には夜間用の照明と火を使わない魔導ストーブ、その他の荷物が積まれた。
普段より多めに魔物よけの魔道具も積載されているとの事だった。
馬車止めに数人の使用人と父と乳母とが見送りに立ってくれた。
最後まで付いて行きたいが言い出せない、そんな微妙な顔をした乳母がエラの両手を握る。
「エラ、どうかどうかひいさまを頼みましたよ」
「乳母殿、この私の命に代えましても」
抱擁を交わし合いしばしの別れを告げる。
「ジル、これを」
そんな中、父がジルの肩に掛けてくれたのは、とんびコートのような形をしたダウンコートだった。
ジルは驚き目を瞬かせる。
「出来上がったのですね?」
「本当はもっと完成形に近づかせてからジルを驚かせたかったのだがね…まだ技術的に難しくてこれが今の限界だそうだ。
だけどジルが帰ってくるまでには、ジルが言っていたような形が出来上がるようにしておくからね」
今はコートの暖かさと父の約束が嬉しい。
「父様ありがとうございます。
みんなにもお礼を言っておいて下さいませね。
くれぐれもお体に気をつけて。大好きですわ父様」
思いっきり抱きつくと、父も力強く返してくれた。
抱擁を解いた後も二人はしばらく見つめ合い、やっとの事でジルは言った。
「行ってきます!」




