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新年の儀がやってきた。
ついこの間シーズンが始まったかと思ったのに、もう半分ほど過ぎてしまった事になる。
今年のシーズンは何かと話題に欠くことがなく、貴族雀が持ち寄った噂で一晩中盛り上がる夜も多々あった。
その筆頭はもちろん、今年デビューしたアシュリー家の令嬢だ。
女性はドレスやらの話で盛り上がっているが、紳士が集まるとあの商売の才能と将来の女辺境伯としての手腕について語り合う者が多い。
辺境伯曰く、すっかり貴族の寝具として定着した羽根布団の発想の原点は幼い頃のジルヴィア嬢だったらしい。
それが数年で北部の一大産業となってしまっていた。
最初は多くが娘に付加価値を付けるための、伯による大袈裟な吹聴であろうと思っていたが、あの鮮烈なデビューのおかげで、あの令嬢であるならばさもありなんという雰囲気になっている。
ガチョウの羽根布団で領地を盛り立てた事と、金の卵を生むガチョウの童話を掛けて、美しいプラチナブロンドの髪を持つ令嬢を金のガチョウ姫と揶揄する風潮もあるらしい。
まあ、その揶揄があの騒動の一端となったわけだが。
高い教養と美しさとセンス、王子殿下すらやり込める機転、どれをとっても同年代の中でも突出している。
女雀の噂によると、あのメロディ嬢ですらコテンパンに返り討ちにあったらしい。
かの令嬢が王都に現れるまでは、次世代の淑女中の淑女としてメロディ嬢が社交界のトップに君臨するであろうと誰もが思っていたが、親世代の貴族からの評判の凋落が甚だしく、メロディ嬢ではまだまだ荷が重いだろうとの評価に落ち着きつつある。
それにメロディ嬢は近頃、中々の迷走ぶりを見せている。
ドレスに奇抜な装飾を付け始めたと思うと、今度は家中の宝石を付けてきたのかと思うくらいの宝飾品を身に付けてみたり。
更に第二王子殿下にも露骨に接触をし始めた。これは殿下も満更でも無さそうなので良い事なのかもしれない。
だが、これまで度々問題視されてきた第二王子殿下の品行の悪さと、最近の装いやジルヴィア嬢に絡んだとされる一件で表面に現れたメロディ嬢の素養の低さ。
大人たちに目を付けられる様になった二人が一緒に居ても良い事にならなそうな気がするのは私だけではないらしい。
我が国の王太子がまだ決められていない事を不安視する声が、徐々に上がる様になってきた気がする。
何故優秀であると言われる第一王子殿下を立太子させないのか…それは側妃であられるゾフィー妃の実家の影響だろう。
ゾフィー妃は南の辺境伯であるデリック・ミラー伯の長女であった。
まだゾフィー妃が幼き頃から現在の王の婚約者候補筆頭であったが、王は学院で今の正妃であられるグレース様と出会い、愛を育まれた。
成婚後すぐにお子にも恵まれた事もあり、本来なら妃はグレース妃お一人で十分だったはずなのに、ミラー伯がゾフィー妃を側妃として捩じ込んだ。
お子は何人もいた方が良いからとか何とか自らの派閥を使って騒ぎ立てて、王も強硬なそれを退ける事は出来なかったらしい。
暫くしてグイード第二王子殿下がお生まれになったが、義務は果たしたとばかりに王はゾフィー妃には最低限の接触しかしなくなった様だ。
するとゾフィー妃にとってよすがはグイード殿下のみ。それはそれは常軌を逸した甘やかしっぷりだったそうだ。そうして出来上がったのが現在のグイード殿下だ。
外祖父であるミラー伯が揉み消した、噂に上がる以上の事件も幾つもあると実しやかに言われている。
貴族の中でも力のあるミラー伯を抑えきれずに、王が第一王子殿下を立太子させる事が出来ないのは分かっている。
が、アシュリー伯をはじめ、その他の公爵家などの有力貴族も王の学友であった世代が家門を纏める地位に就き始めている。あともう少しで時流も変わるのではないかという期待感がある事も確かだ。
きな臭い南部は、その隣国のフーア王国とも繋がっているのではないかという噂も根強い。
フーア王国とは何度も国境を争ってぶつかり合ってきたが、数十年前に休戦してそれからは静かにしている。
むしろその静けさが不気味だ。
女性たちが騒いでいるファッションもだが、シルフォレスト王国自体も実は、後の歴史に語られるほどの過渡期にあるのではないかと思って止まない。
そんな事をつらつら考えていると、王城のネームコールマンが件の令嬢の到着を声高に告げる。
シーズンの序盤も序盤で領地に帰ってしまったというジルヴィア嬢は、今晩はたくさんの保護者と共に登城したらしい。
ジルヴィア嬢は前回とは全く違うが、これまた清楚に品良くまとまった衣装を纏っている。
同じ斬新さであると言うのに、このメロディ嬢との差は何なのだろうか?
今回は一緒に現れたガーランド卿とボルン卿の細君もアシュリー風の衣装を纏っての登場だ。
三者三様のデザイン違いとはこれまた凄いものだ。
前回までのジルヴィア嬢の衣装と合わせてこれで五種類の異なったデザインを示した事になる。
これはジルヴィア嬢が服飾業界に打って出るとの決定的な狼煙となるだろう。
また暫くは社交界では旋風が吹き荒れるであろうし、我が妻もどうにかしてアシュリー家との繋ぎが取れないか東奔西走する事だろう。
……私にまで火の粉が及ばない様に祈るばかりである。
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オール北部の素晴らしい働きのおかげで、何の憂いもなく準備万端で新年の儀を終わらせて、絡まれる前にと急いで領地に戻ったら、何でだかバカ王子からメロディの衣装作れってファックスもどきが届いた。なんで?
まああれは父様案件として王様経由して無理(嫌)ですを伝えてもらう事になったからどうでも良いけど、よくもあんな暴言吐いといて、何もなかったようにシレっとお願い事してこれるよね?
それよりもその連絡と一緒に来てた、意訳すると『問題はあるとは言え、お前のこれまでの功績に免じてこの俺様の婚約者にしてやっても構わない』の文書に父様がガチギレしてて怖かったー。
つか私だって絶対お断りだよ!
ファックスもどきの書面は、書かれた面が丸出しで届くので、機密文であっても問題無い様に、魔道具は鍵のかかる当主の執務室に置いてあり、届いた書類を最初に見られるのは当主か家令か執事長かに限定される様になっているなど、かなりの配慮がされている。
件の書面は、まず執事長のゲイリーが受け取ったらしい。
文面を確認したゲイリーは、鬼の形相で父の元に走って向かったそうで、その様子を見かけた使用人は戦争でも始まるのかと思ったらしい。
数日後に父にその後の経過を聞くと、渋面を作りながら教えてくれた。
「ドレスの製作依頼も婚約もお断りだから、とにかくバカの再教育を早々に始めろと王には強く書面に書いて、そのバカの手紙も一緒に送ってやったさ」
王からの返信は随分早くに届いたらしく、平謝りの様子だった様だ。
「だが、こういう形の絡まれ方をする様では、私も対策を前もって打っておかねばならないね。バカが相手ではこちらが考えもつかない様な万が一というのもある…とにかく対応は万全であらねばならないからね。ジルも十分身の回りには気をつけて」
えー、何が起きるって言うの?めっちゃ気持ち悪いんですけど。
ジルは息を呑みこくりと頷いた。
そして数日後、闘えるメイド様が現れた。
領軍施設で訓練を積ませたというエラという侍女だ。
エラの父は代々アシュリー家に仕えてくれている、武の家の出身で、領軍の総司令官を務める一代士爵の娘でもある。
ジルが生まれた時から、ジルの為の武芸にも秀でた侍女となるべく育てられたという、ジルの二つ上のお姉さんであった。
いかつい肩書きにも寄らず、スレンダーで長身ではあるが、軍仕込みの武闘派である様には見えない。
惚けた顔で見上げるジルへ爽やかに微笑み掛けてくれる。
椅子を勧めるジルに、使用人として頑なに立ったまま話をしようとするエラを、まずはお互い為人を知るための交流をとテーブルに誘い、乳母とリーンも座らせ小さなお茶会を開く。
その中、本来ならデビューの時には一緒に王都へ行くはずだったが、戦闘訓練で失敗して手と足の骨を折り、最近まで療養していた事を、エラはこれまた爽やかに菓子をつまみながら告げた。
それって一体全治何ヶ月の怪我だったの!?
ちょっとした訓練くらいじゃそんな怪我しないよね?
「え?もう大丈夫なのですか?」
「ご心配ありがとうございます。魔物の森の辺りには回復力を高めてくれる泉があるのです。おかげでもうすっかり良くなりました。
むしろここぞという時にご一緒出来ず、大変申し訳ございませんでした」
ぺこりと頭を下げるエラにジルは慌てて言った。
「そんな!謝らなくて良いのよ。訓練とは言え、お仕事で怪我したのですもの。
でもエラ、これからは気を付けてね。私の近くで怪我をするエラを見るのは嫌よ?」
「はい!これからも弛まず鍛錬を重ねます」
その言葉に乳母が満足げに何度も頷く。
良い子っぽいけど、なんか脳筋ぽい気がする…無茶しそうな匂いがするから気を付けなくちゃ。
前世を過ごした身としては、ここの家お嬢様ファースト過ぎるから。エリーザもお嬢様守る為の怪我なら当たり前みたいな顔してるけど、もっと自分たちの身も大事にして欲しいんですけどー!
ジルの周りには厄介も増えたが、信頼できる人も増えてきた。
ジルを皆が大事にしてくれる様に…貰ったものはきちんと返せるように。
ジルも皆を大事にしていかなくてはと心に誓った。




