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 ジルの父は北の地の辺境伯として、広大だが年の半分が雪深い冬の季節となる地で、隣国との境を治めている。


 ジルの母は早くに亡くなっており、後添えを頑なに拒んだ父にとっての直系の子供はジルだけになる。

ただでさえ過保護な父につられるように、ジル周囲を守る者たちも堅固な警備の布陣を敷いている状態で、平時でも最低2人はがっしりとした体躯の護衛が部屋と外に立ち、乳母と数人の使用人が部屋にいるのが常だ。


 ジルだけが気付かず呑気に暮らしているだけで、実はジルにとっての危険は常に近い所に転がっていて、周囲の努力によって排除されている。


 国境を挟んだ隣国とは現在は友好な関係を保っているものの、何が起こるかなど、誰もこれからの変化など予想もつかないし、先日までお世話をしてくれていた使用人がある日を境に消えていたり、結構な頻度で顔を合わせていた貴族一家とパッタリ会えなくなったり。

そしてそれを周囲に問いただしても口を濁されたり明らかに話を変えられてしまったり。


 だがジルが歳を重ねるに連れ、それらが積み重なるに連れ、薄々でも何かを察しないことなど無理な話だった。


 最愛の妻であった母の忘れ形見として、父が溺愛しているジルしか子供がいない以上、ジルが次期女領主になるか、婿をもらい一緒に領地を治めることになる。

それを都合良しとする者、良しとしない者。その存在が近くにいる事を考えると、この大げさなくらいな守りは必要不可欠なことである事はジルも把握する様になった。


 十六歳で王都でのデビューを終え、来年領地で行う予定の十八歳の成年の儀を前にした今では、いつも周囲にたくさんの使用人がいる事も当たり前とありがたく受け入れられる様になったものの、小さかった頃のジルは、いつも大人に囲まれて世話を焼かれる日々に反発心を持つことが多々あった。


ーーーーー


私もう大きくなったのに。

なんで小さな子のようにあれやっちゃダメ、こっち行っちゃダメって言われなきゃいけないの?


 幼き頃のある日、ジルは乳母からも護衛からも隠れて、城からコッソリと一人で裏庭に出た。

乳母が用事で他の使用人に呼ばれ、部屋を空けたタイミングで、護衛も侍女も伝達ミスでも起こしたのか、ジルの私室や周辺に誰もいなくなるという、良くも悪くも、今までにない様な千載一遇のチャンスが訪れたのだ。


そういえば一人であのドアから出たことってないわ。


 そう思いついたらジルはウズウズしてくる気持ちが、押さえつけられなくなってしまったのだ。

なかなか一人で行動させてくれない大人たちへの、反抗心からの小さな大冒険だ。


 そおっと開けたドアから顔を出して周りを見渡し、誰もいないことを確認してから一歩足を踏み出す。


 長い廊下を抜けた先にある使用人が使う、よく見ないと見つけられないくらい、壁と同化したドアを開けて中へ入り込み、城の裏側の洗濯場やリネン室などの使用人たちが使う作業スペースへ続く通路を通り抜ける。


 彼らの仕事効率を考えた最短ルートだった様で、広い城であるはずの割にそれほど長く歩くこともなく、ジルはすぐに外に出ることができた。


 一体どんな運なのか外にも誰もいない。

まるで誰かの意図的に人払いでもされてるかの様だ。


 その日は春が近いけれどまだ雪の残る頃だったが、昨日までは薄曇りで冷たい風が吹き、凍えるほど寒い日であったのが嘘の様に青空が視界の限りに広がる小春日和となっていた。

そして広い裏庭の先に、ちらりと見える湖はたっぷりとした日差しを受けキラキラと反射している。

ジルはなんて綺麗とニッコリした。

この風景をたった一人で見ているというだけでワクワクしてくる。急にお姉さんになったかの様な気分だ。


山中湖へ大学の気の合うゼミ仲間と卒業旅行で行った時に、楽しすぎてついはしゃぎすぎてオールして、そのままの勢いでみんなで朝日見た時もこのくらい湖がキラキラしてたな。

そんでずっと社会人になっても連絡取り合おうねって言ってたのに…お互い忙しくなって…早くから結婚しちゃう子とかも出て…結局…あれ?


 そこでふと気がついた。


なんで私こんなフリフリドレスとか着ちゃって、背後にはどっしりとした歴史のありそうな大きなお屋敷。

どうしてこんなクラシックな世界にいるんだろう?


 もっと人と色で溢れた、自由だけどギュウギュウとせせこましい世界で生きていたはずだと。


 頭の中で急にザッパーンと音がした気がした。

そこからは怒涛だった。


 日本という国、前世での己の成長過程と親しんだ生活文化、今世との大きな乖離…濁流に押し流される様な気持ちでいながら溺れるほどの情報量の多さに全てを掴みきれないもどかしさ。

もっと一つずつハッキリ読み込みたいのに、情報の波がぐるりとジルの頭の中を渦巻き、そのまま流れ去っていく。


 どれだけの時間であったかはわからないが、そんなに長い時間ではなかったらしい。

相変わらずポカポカと温かい日差しは頭上から降り注いでいるし、まだ大人たちは探しに来てはいない。

誰もいない裏庭にただ一人、ポカーンと立ちつくすジルだけがいるだけだ。


はぁ?なんだったの今の…

…えっとしかも今はなんで子供?


 前世ではとっくに成人を迎えて社会人として会社の歯車となり、しっかり働いていた様な記憶がうっすら残っている…それなのに。


 恐る恐るそおっと眺めた手のひらは小さい。

まだジルの後ろを乳母が付いてまわって、細々としたお世話をしてくれている様な年齢だ。

とは言っても乳母はジルが大きくなっても結婚してもずっと一緒にいて、ジルの子供の面倒までを見るのが目標だって言っていたから、お互い幾つになろうとも乳母はジルの後ろを付いてまわるだろうけども。


いやいや乳母って!乳母とか付いちゃう身分って!

え?ちょ、今は私って何歳なんだっけ?

あっと…あ、五歳だ。

えっと…名前がジルヴィア・アシュリーで、シルフォレスト王国北の辺境伯の一人娘。

なるほどなるほど、名前が横文字な上に、王国に辺境伯ときたかぁ…ええええ

死んじゃった後に世界観違う所に生まれ変わったっていうのに、前世の記憶が戻ってきちゃったってこと?


 急に自分の立ち位置が急にあやふやになり不安しかなくて、足元がグラグラしている様な心地が止まらない。

ジルは意識して足に力を入れて、踏ん張る様にして立ち、手のひらを眺めたまま、ぐるぐると現状把握とすり合わせに励む。


 幼いとは言え、ジルとて辺境伯の一人娘。

呑気なぼんやり娘に見えても後継の最有力候補である。

行儀作法やその将来に相応しい知識を授けるための教育などが、ジルが三歳になった年には始まっており、それらを指導する家庭教師が数人付いていた。

既に周辺の領地や国についての教えも、簡単なものからでもあるが、五歳になった今までに教えを受けることもあった。


 だからいくらまだ頭の中も足元もグラグラしていようが、大人の思考力で、子供のジルが学び、今日まで脳に蓄積してきていた歪でちりぢりの知識でも総合的に分析することが出来た。


私ってば前世よりも勉強頑張ってた気がする…おチビちゃんなのに偉いよジル。

でもこれは私が女領主に値する器かどうか、十数年がかりで試すための教育なんだろうなぁ。

思うように育たなかったら、優秀なお婿さんに領地とか利権とか諸々あげるからさぁ、セットでうちの娘よろしくね〜ってなるやつだ。


 ジルは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

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