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あれから王都から逃げるように北部へ帰りつき、乳母に散々甘えてからやっと通常運行に戻りつつあるジルは、旅の疲れも取れた頃にマルグリットとジュードを迎える準備を始めた。
思いつくだけのデザイン書き一式もそうだが、生地や刺繍の見本や、今の技術で染められる色の見本も手掛けた。
どうすれば顧客とのプレゼンがうまく行くのか、二人と話す事がそれの試金石になるはずだ。
オーダードレスの製作販売を商売として波に乗せる為にもやらなくてはならない事が山ほどあった。
ジルは雪を掻き分ける勢いで方々を周り、各所との報連相に勤しみ準備を重ねた。
相変わらず羽毛布団の販売は好調で、父が成功した事で、数社後追いの業者は出たものの、父の様に一括でガチョウの管理から製造ラインまでを作る事には成り立たず、品質も粗悪だったり、コストを上乗せすると高額で売るしか出来なかったり、結果、羽毛布団といえばチューダー地方の専売になりつつある。
この営業モデルをぜひドレス部門にも活かしたいとジルは思っている。
そりゃ羽毛を片寄らせないで均一に布の中に収めるって、なかなか難しい技術だったりするし、ノウハウのない商会が手を出すにも、まず最初が相当大変なはずよね。
まず沢山のガチョウを飼い始めるとこから始めなきゃなんだもん。
それにしても、前世でファストファッションの有名企業が圧着式の技術で安価なダウンジャケット作ってたけど、結局あれと同じ様なことを父様も考えついたって事よね。
開発段階を何段も飛び越えて、いきなりシームレスで作り出しちゃうとは凄すぎ。
それもあってジルがもう一つ作ってみたいと目指すのはダウンジャケットだ。
被って寝たら最高あったかい布団を着て歩けたら、それはもうもっと最高でしょう!
寒い冬は皆重たくて分厚い織物の上着や毛皮でできたコートを着る。そこに軽くて暖かいダウンジャケットという新たな選択肢を作りたい。
父にはもう概要は話してある。
最初は布団を着て歩くのかと父は驚いてはいたが、羽毛の扱いに関しては、チューダー地方は国で一番詳しくなったという自負もあるし、服飾に関してはドレス作りから端を発して職人たちが育ちつつある。
それとこれとをマリアージュですよ!
北国の厳しい寒さに追い討ちをかける強い風。ジルの中のイメージは、寒い空気が首元から入り込まない様に立ち襟にして、被っても被らなくても影響が出ない様に、襟から独立させてフードも付けてもらう。
ボタンはあってもジッパーはないので、どうやって前を閉めるかは職人の試行錯誤に掛かっている。
ジルのお願いからしばらくして、ダウンジャケット製作は進んでいるものの、やはり真四角の布団とは違って服の形を取ろうとするととても難しいらしい。
言う事は言ったので、ジルは後は父に丸投げしておくことにした。
王都から帰ってきてからは、マルグリットとジュードと手紙のやり取りをしている。
ここは廃れつつあるものの魔導の国ではあるので、ファックスの様な手紙のやり取りが出来る魔道具が、大きい貴族家には普通に置いてある。
このファックスもどきは結構なお値段らしいから、平民はもちろん下位貴族くらいだと買えないみたいだけどね。
手紙書いて何日も届くまで待つ事がないのは有り難いわー
ジルは今やっているお迎えの準備を二人に伝え、二人からは王都の様子が綴られてきていた。
まず、王都の社交界は空前のドレス改造ブームが来ているらしい。
根本から作り変える事はこのシーズン中では難しいであろうが、出来上がり直前や、リメイクなどでなんとか個性を出そうとみんな頑張っているらしい。
やばい。
うちが売り出す前に良いの出されちゃったら、商売にならないかもー!
だがジルの心配は杞憂であった様で、とりあえず今はジルの衣装の二番煎じであって、しかも仕立て屋が直接ジルのドレスを見たわけではない。
オーダーを出す貴族女性からの口伝でしかないために、解釈違いでも起きたのか、中々の奇抜なドレスまで出来上がっているらしい。
二人からはこれまで通りの一本槍のドレスでは物足りなくなってしまっているので、早々にドレス作りを始めたい旨の催促が来ている。
こんな王都のファッションレボリューションを起こした張本人はとっくに北の領地に帰ってきてしまっている。
なのでファックスもどきの魔道具にどんどんと問い合わせの連絡が来ているらしい。
父の命令のもとに、家令と執事が協力し合い、一度はお断りと警告文を送り返しているが、二度目以降は問答無用でブロック措置を取るそうだ。
おかげさまで最近は大分静かになってまいりましたよとは、家令のセバスチャンの言である。
そういえば難癖つけてきたメロディ嬢ですら色々チャレンジしてるらしいって、マルグリット様からのお手紙に書いてあったな。
手紙によると、ドレスの方は弄った形跡は残っているものの、それ以上は如何ともし難かったらしく、それならばと宝飾品に走り、有り物全て付けたか、ゴテゴテギラギラとまるでミラーボールか成金かの様になっていると言う。
あー、シンプルドレスに宝石類闇雲にいっぱい付けちゃうのは最低最悪なやつ。
世話になっているお二人にはとりあえずの応急処置として、ローブデコルテの上から肩周りに巻きつけるカシュクールの方法を教えた。
ファーやレース素材などで作ってもアレンジが効いて雰囲気も変わるであろうし、何より可愛い。
仕立て屋に頼んでも作るのもそんなに日数は掛からないだろう。
その代わり、その仕立て屋には門外不出の契約を結ぶ。
アシュリー家のアイデアを使って勝手に商売した日には、うちのライバル社と見做すぞという脅しもキッチリ含まれている。
そんな慌ただしい日々を過ごして、漸くマルグリットとジュードがやってきた。
一カ月ほど後に年が明けると、今度は新年の儀に王城へまた行かねばならないが、その際にはみんなで王都に向かう事となったのだ。
ジュードの中央での社交シーズン残りは、お留守番のサイモンにお任せしてきたらしい。
一ヶ月の長逗留ではあるが、ドレスを作るには短すぎる期間だ。
だが最初の一着だけはファックスもどきでやり取りして、二人から遠隔で各部位のパーツや色を選んでもらい組み上げる、ユニット方式で作り上げることになっていた。
それをアシュリー邸に到着した後に微調整して仕上げをする。そうすれば新年の儀には十分間に合う。
文字情報だけではなく、イラストも送れるファックスもどきには本当に感謝だ。
ただ、ジルのドレスだけでなく急に二着も追加注文が入ってしまい、ダフネと工房の負担は大丈夫なのか心配したのだが、やはりジルが王都に行った直後から新作製作を進めてしまっていたらしい。
そこで時間的な余裕が出来たことと、ダウンジャケットの試作品製作依頼、王都でのドレスの反響と色々と鑑みて、人材を増やして育てる事も始めていた事も重なり、逆にあと何着かは作れるくらいゆとりがあると言う。
「これからきっと忙しくなる事はご領主様からもとっくにお聞きしておりましたので全く問題などございませんよ!もっと人を増やして工房も大きくする予定ですので、むしろもっと忙しくなる様にジルヴィア様には営業を頑張って頂かなければなりません」
とダフネは笑って言ってくれた。
マルグリットとジュードをダフネとも引き合わせ、二着目のドレスはどういった物にしたいのか、打ち合わせを重ねる。
ジルが作ってみたいと思っているドレスと、社交界の常識と、今巻き起こっているファッションレボリューションの波に乗った勢いで突き抜けられるであろうギリギリの限界点も探りたい。
だがやっぱりマーメイドドレスまでくるとやり過ぎてしまうらしい。上半身には何故か寛容だが、下半身にはどうも不寛容で、足のラインが出てしまうのははしたないとされてしまうとの事だ。
スリットの入ったスカートとかミニスカとかが大丈夫になる世の中って一体いつになったら来るんだろう?
だから女性がズボン履くのも禁止なのか!
乗馬の時にはどうしても面倒だったから、ズボン作りたいってお願いしてたのにダメって言われたの、これのせいかー。
仕方がないからスカンツもどきを作って、乗馬用のパンツとしてたんだけど、もしかしてあれもオシャレに改良したら売れるのかな?
これも合わせて相談に乗って貰いながら、ファッション談義は次から次へと止まる事を知らず、執事が時間を過ぎても食事に来ない四人を探しに来るまで続く事になった。




