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暫く父と話をしていると、どこからかチクチク視線を感じる。
なんとなく周囲を見渡してみると、いた。
ジョルダン侯爵とその娘が。
げ、と思わず声が出そうになってしまった。
ジルの様子の変化に、父も存在に気づいた様だ。
「まあ、あの侯爵はサイモンも立場上呼ばねばならない相手なのだよ。商売の絡みもあるから。
しかしこの間の今日で変に詫びなど来られても面倒だからね。ジル、今日もなるべく早く帰ろう」
ええ、多分それが一番です。
大体さぁ、あの娘になんであんなに嫌われてるか分かんないけど!嫌なら見なきゃいいじゃん。なのになんで一々睨んでくるかな。
ジルはギラギラと睨みつけてくるメロディからさっさと目線を切って知らんふりを決めたのだが、手遅れだった様だ。
父が立ち位置を変えたので不思議に思い目線を上げると、鋭く一点を見つめていた。
ジルもつられてそちらを見ると、娘を連れてこちらに歩いてくる樽侯爵がいた。
うわー来ちゃったよ!
樽はニコニコ笑っているつもりなのだろうが、ニタニタ笑ってる様にしか見えない。
先程ショールをクロークに預けてしまった事をジルは後悔した。剥き出しになった肩を樽に見せたくない気持ちでいっぱいになってしまったのだ。
キモいんですけどー!
「アシュリー閣下、私からお声がけする無礼をお詫び致します」
揉み手をしながら樽が喋った。
「無礼と分かっているなら控えておれば良い」
「そうは申しましても…先日の愚息のお詫びを申せねばならぬと思いまして恥を忍んで参じました」
うわ目が合った!その目キモいー!こっち見んな!
こちらをねっちょりした目線で不躾にジルを見ながら樽が続ける。
「そしてよろしければ、お嬢様をご紹介いただければ」
全身を舐める様に見てくる樽が気色悪くて、さらに父の陰にジルが隠れた時、樽の言葉を父が皆まで言わせずぶった斬る。
「詫びなど要らぬ。
辺境伯家はあの無礼を許すつもりはない上、娘をその様な家の者に紹介する気も無い」
「ですが閣下…」
食い下がる樽が更に前に出ようとしたその横から、割り込んできた声があった。
「しつこくするともっと嫌われてしまうものよ、ジョルダン閣下」
キラキラのオーラと共に登場したマルグリットも、樽の視線を遮る様にジルの前に立ってくれた。
「まあジル!なんて可哀想に…ご令嬢もこんなに怯えてしまっておりますわ。きっとこの様な楽しい機会にするお話でもないのでしょう?日を改めたらいかがかしら?」
ジルの防御壁がさらに増えた事により、悔し気な顔を隠しきれないまま樽が言う。
「そ、それもそうですね。早くにお詫びせねばと気が焦ってしまいました。それではまた改めましてお詫びの機会を頂きたく思います」
「それではあと百五十年くらいしてから連絡をしてくれるかね。貴殿の息子にも私の娘には近づかない様にくれぐれも言い含められるが良い」
父は言い捨てると、樽親子がその場を離れるより先にジルに移動を促すので、助けに来てくれたであろうマルグリットと一緒にテラスへ移動する。
ジルはひんやりした空気に一息つく。
北方育ちのジルにはこのくらいの涼やかさくらいが丁度いい。まだそんなに離れているわけではないと言うのに、故郷が懐かしく感じる。
ジルはマルグリットに向き直った。
「マルグリット様、ご機嫌よう。そして助けに入ってくださりありがとうございました」
ジルがスカートを摘み、小さなカーテシーをとると、マルグリットは苦笑した。
「だって会場に着いた早々、ジョルダン卿に絡まれてるあなたたちが見えたのだもの。
わたくしが帰った後の舞踏会での騒動も耳に入っていたから、万が一デイビットがこんな夜も早い時間にヘソを曲げて帰るとか言い出しても嫌でしょう?
わたくし、今日もジルといっぱいお話しする気で参りましたのよ?だからそんな事になる前に二人から離さなければと思いましたの」
散々準備に時間を費やし、やっと先程ここに到着したばかりだと言うのに、もう帰る事になるのはジルも避けたい。
「マルグリット様のご配慮に感謝申し上げます」
「私だって道理は弁えてるつもりだ。サイモンにだって迷惑をかけるつもりなど無い」
父が唇を尖らせる。
「ホホホ、そのサイモンが随分とヤキモキしたお顔でこちらの様子を伺っていましたのよ。わたくしが行くからとホストの役割に専念させたのですけども」
マルグリットは学院では一つ上の学年だったそうだが、在学中は父たちの仲良しグループの面倒をよく見てくれる、まるでお姉さんの様な立ち位置だったらしい。それは今も変わらない様だ。
時系列では今日の招待状を出し終わってから王城でのトラブルという順番だったから、組み合わせの悪い両家を会わせない配慮をする事も間に合わずに、サイモンもさぞ困った事だろう。
王のお使いだけではなく、樽も呼んでしまっている事を事前にデイビットに知らせることも含めて、先日我が家にサイモンが来たのだろう。
ピンと立てた人差し指を揺らしマルグリットは話を変えた。
「そんなつまらない話はどうでもいいの。ジル…あなたの頭の中は一体どうなっているのかしら?
北部へ行って、ジルの本拠地がどうなっているのか、そこで少しはあなたの頭の中身の片鱗を窺えるのではないかと思うと、本当に楽しみでしょうがないわ」
マルグリットはジルの頭の先から足元まで、一歩下がって視線を往復させる。
先程の樽の視線と違って、もっと見てもらいたい様な誇らしい気持ちになる様な視線だ。
ジルのドレスは、王城の舞踏会が結婚式だったとすると、言ってみれば今日の装いはお色直しだ。
ブルー…淡い水色とかも憧れるけど、年齢制限かかる前に、若い子特権の可愛い甘々ピンク着たいよねー
淡くグレー掛かったベビーピンクにアシュリー織のチュールを染め上げる所にまず苦心した。
思う様な色が出ずに何度も職人に工夫してもらったが、その苦労もあり、こちらでは見たこともない様な深みのある、綺麗な発色を留める着色技術を確立する事に成功した。
そのチュールをオフショルダーに幾重にもギュッとギャザー寄せして、肩周りからデコルテ、背後までボリュームを持たせてジルの華奢な肩周りをふわふわと覆う。
腰には太めのブラウンのリボンを巻き、背中で大きな蝶結びしている。甘いピンクをブラウンが引き締める役割を果たしていて更に細い腰が際立っている。
プリンセスラインのスカートも、チュールを何枚も重ねて垂らし、ふんわり広がった様子は緩やかな川の流れの様だ。
髪型も今回は緩やかに結い上げてもらって、ラフな感じのローシニヨンにバックカチューシャを乗せる。
バックカチューシャは星と雪と葉っぱのモチーフが波の様に流れるデザインを表してもらった。故郷の冬だ。
「この肩周りにボリューム持たせるのも素敵ね。私くらいの年齢だったらもう少しふわふわを抑えて、布地の色を抑えたら似合うかしら?」
「ボリュームを抑えなくても、スカートを体に沿う形にしたら、マルグリット様にとってもお似合いになるかと思います」
「体に沿わせるの?」
マルグリットが驚きの声を上げる。
あれ、こっち肩丸出しするのに、ボディライン出すのはダメなのかな?
二つ舞踏会出たけど、デザインが均一過ぎて常識が分からん…
これがマルグリットを味方に引き入れたかった、最大の原因だ。
ジルには常識を教えてくれる女性は身近に沢山いるが、はみ出してもセーフな線を教えてくれる女性はいない。
憧れメリハリボディのマルグリットにはマーメイドラインのドレスが似合いそうだし着せてみたいけど、ボディラインを出し切るのがダメならスレンダーラインかエンパイアラインで作っても素敵かも!
ううう…ここに紙とペンがないのがキツい。説明する語彙力がない!
「私の頭の中には色々とやってみたい事があるのですが…早くマルグリット様には実際にデザイン画を見ながら、マルグリット様にも皆様にも受け入れていただけるものを一緒に考えていただきたいです」
「それはわたくしもよ。本当に楽しみ」
マルグリットもジルを見つめて目を細める。
「わ、私もだわ!」
急に違う声が割り込んできて、驚いたジルがそちらを見る。
なんなの、なんで今日は次々乱入してくるの!
慌てて来たのか、ジュードがテラスの入り口に手を掛けて息を荒げている。
「トラブルがあったって言うから気にしてたのに、お客様は途切れないし、二人がいつの間にかいなくなっちゃったと思ったらマルグリット様と一緒にこっちに移動したって聞いて、何かあったのかと…それなのに楽しそうなお話してるなんてズルイわ!」
ドドドと一気に距離を詰めて来たジュードがジルの両手を掬い取る。
「ねえ絶対私も行くから!マルグリット様と一緒にアシュリー家に行くわ。ええ、絶対よ!」
ジルはマルグリットと顔を見合わせる。
「ジュード、来るのは構わないが、まずはサイモンと相談してからだ。
マルグリットも遊びで来るわけじゃない。仕事も兼ねてるから社交シーズンだったとしても調整すれば支障は無いだろうが、君は違うだろう」
父がジュードを少し怖い声で諌める。
「だって!だって!」
「ジルは逃げないし、いつでもアシュリー家は歓迎する」
言い合う二人にマルグリットが話しかけた。
「そうね、一人より二人の方がより良い意見が出るでしょうね。わたくしの予定もまだ決まっていない事だし、ジュードの予定とも合わせましょうね。きっと一緒に行く方が道中も楽しいわ」
ジュードの背中をさすりながらマルグリットがそう言うと、ジュードは目を輝かせマルグリットを見た。
「まあ!ありがとう!マルグリット様!じゃあ早速サイモンとも相談しなくっちゃ。マルグリット様も後でサイモンと話してね」
ここでの用事は終わったとばかりにジュードが踵を返してドアの中に消えていった。
現れるのも消えるのも嵐の様だ。
「あの子は何年経っても一向に落ち着かないわね。仕方のない子。
ジルもびっくりしたでしょ。ごめんなさいね。あれでも貴族夫人としては上出来な部類なのよ…普段は…だけれども」
眉を下げて詫びるマルグリットにジルは慌ててプルプルと頭を振る。
「楽しそうな方ですね。お二人が来てくださったら屋敷が賑やかになって、これまでにない冬が過ごせそうです」
雪解けの頃、川にどっと水が流れて氷や雪を押し流して、春の芽吹きの時期を連れて来てくれる。
そんなイメージがふと頭の中をよぎり、ジルはニッコリと笑った。




