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ジルはデビューの日と同じ様な準備を経て、前回よりは慣れのせいか、あまり疲れなくて良かったと思いながら公爵家へ向かう馬車に揺られていた。
今日は公爵家での舞踏会に呼んでいただいているのだが、招待主であるサイモンはジルのデビューした翌日に父を訪ねてタウンハウスへやって来ていた。
「ジルヴィア…ああジル。あのバカたちに絡まれてしまって可哀想だったね。野良犬にでも噛まれたと思って忘れるんだよ」
あの三人組はすこぶる上の世代の評判が悪いらしい。
今度は辺境伯令嬢にまたやらかしたと、噂は駆け巡ったとの事だ。
そして帰る間際に父が睨んだ先は王だったらしく、非公式ながらサイモン経由でお詫びの言葉が届いたのだ。
謝るくらいならちゃんと躾けろ!
「全くね、謝るくらいなら最初っからちゃんと躾ければいい話なんだよ」
父も同じことを思ったらしい。
「しばらく私はヘソを曲げる事にするから。
そういう事でサイモンの所のパーティが終わったらすぐ、私たちは領地に帰るよ」
「それは勘弁してくれよ!面倒がうちばっかりに持ってこられるじゃないか」
「そんな事は知ったことではないさ。サイモンも上手くやる事だよ。良い顔などせずに無理なものは無理と。
そもそもの話、うちは領地じゃ無いとできない事ばかり抱えてるんだ。そりゃさっさと帰るのは毎年のことで、最初っから分かっていただろう?」
父はにべも無くサイモンを切り捨てるとそっぽを向いく。
昨夜の時点ではもう帰る日程は下されており、朝には舞踏会の準備をする組と帰り支度をする組に使用人が分かれて編成が組まれていた。
「それは…去年まではジルが領地に残ってるから、お前はすっ飛んで帰ってたんだろう!?今年は違うじゃないか!」
信じられないという顔をしたサイモンは、今度はジルに標的を変えた。
「ジル!ねえジルは王都の観光とかしたのかい?どこか行ってみたいお店とかもあるだろう?」
「ええ、行ってみたいお店はあるのですが、数軒くらいしか無いですし、観光もそれほど興味ある場所は無いですので父に帰る前に一日だけ頂きましたの。
お土産を買ったりもその一日で十分廻り切れるかと思いますわ」
見るからにがっくり落ち込んでいくサイモンが面白くて、ジルは声をあげて笑ってしまう。
「サイモンおじ様、どうしてその様に落ち込まれるのですか?領地に帰っても離れた場所でも無いのですし、お互いに行き来出来るとは、おじさまも仰っておりましたでしょう?」
「僕がデイビットの妖精姫とおしゃべりしてたって、うちの奥さんに怒られてしまったんだよ。自分も混ぜて欲しかったのに抜け駆けしたって」
「あと数日で伺いますわ。その時に奥様にはご挨拶を…」
「違うんだよジル。その日はうちがホストだろう?そんなにゆっくり話す時間も取れないだろうから、シーズン中にお茶会でも来てもらいたいって言ってたんだよ。
それがあのバカのせいでこんなに急に帰ってしまうなんて。ご婦人どもに更に嫌われるぞ、アイツら」
お気の毒ではあるが、ジルは父の決定には従うのみである。
ガッカリしながらサイモンは帰って行った。
父に伝言を伝えた報告ついでに、王へ八つ当たりしてくるらしい。
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アシュリー家のタウンハウスから歩いてでも行ける距離にボルン公爵の屋敷はあった。
まあどれだけ近くても貴族は絶対歩かないけど。
それにしてもここの家もめっちゃデカい。
人も随分集まりそうだけど、今夜は三馬鹿は招待されていないらしいから少し気が楽だわー
屋敷は門に入ってから馬車止めまで広々とした庭園を抱えており、相当の客を呼んでいるらしく、そこまでの道は馬車の列が続いている。
我が家の紋章に気付いた公爵家の使用人が別の小道に案内してくれたので渋滞の列から外れ、空いた馬車止めに着き、父に手を借りて馬車を降りる。
広間に入り、執事長に名前が知らされるとすぐさまボルン夫妻が出迎えの挨拶にわざわざ来てくれた。
父がまず一頻り挨拶を交わし、ジルにも紹介をしてくれる。
「ジル、こちらがボルン公爵夫人のジュードだよ」
「サイモンおじ様お招きありがとうございます。
ジュード様、デイビット・アシュリーが娘、ジルヴィア・アシュリーと申します。お初にお目にかかれたこと、大変嬉しく思っております」
淡く微笑みながらジルがカーテシーをとると、ジュードは自らの頬に手を当てて叫ぶように声を上げる。
「まあまあまあまあぁ…やっとお会いできたわ!近くで見てもなんて可愛らしいの!
それに今日もなんて素敵なドレスなんでしょう!私も王城であなたを見ていたのよ。なんて斬新で可憐なドレスなんだろうって!あなたにとっても似合っていたわ。
それに知ってた?あの舞踏会の後、あちこちの仕立て屋に問い合わせが殺到したそうよ。うちもデイビットと渡り付けてくれって頼まれるくらいなんだから、デイビットにも直接どんどん連絡来てるんじゃない?」
「うちはうちでやっていくから、何処かと提携する気もないし卸す気もないって最初から言ってるのに、わざわざ無駄な事してくるマヌケな商人など相手にはしないよ」
あ、そんなコンタクト来てたんだ。
中央の貴族にも受け入れられてたみたいで嬉しい!
ふぅむと父の返答に一つ頷きを返すと、ジュードはまたジルに目線を戻した。
「それにしてもやっぱり女の子は良いわねぇ。こんなに着飾らせて楽しそうだわ。デイビット、あなた本当に幸せ者よ!こんなに可愛らしい子が娘だなんて…うちもやっぱり娘欲しかった…やっぱりもう一人頑張ってみたら良かったわ…あら?あら?その髪形も可愛いのね!それに…」
次から次へとジュードの話題は尽きず、サイモンは暴走する妻をどうやって止めようかオロオロしている。
しかしその後ろからやって来た家令によって次の賓客の到着を知らされ、ボルン夫妻はジルから強制的に引き離される事になる。
「そうよわかってたわ!今日は絶対にこうなるって分かってたのよ!だから別日にゆっくりお話ししたかったのにー!」
ジュードは悔しそうに次回の機会にお茶会をセッティングする約束をジルに捻じ込み、家令に連れられ渋々夫妻は場から離れて行った。
情緒が心配になる奥様だったけど、良い人っぽくて良かったー。
まあでも前世でも近所に会うとマシンガントークかましてくるおばちゃんいたけど大体あんな感じだったか。
父がまた心配そうにジルを覗き込む。
「ジル大丈夫かい?ジュードは悪い人じゃ無いんだよ。急にスイッチが入ってしまう時があるだけなんだ」
「父様大丈夫ですわ。悪気がないのはジュード様の目を見てれば分かります。私に興味深々で仲良くしたいって感じましたから」
「なら良いんだ。ジュードも学院での同級生でね、それからの付き合いなんだよ。
元々男爵家の出身で、学院にいた時はもっと元気いっぱいでハチャメチャだったよ。そこをサイモンが見初めて、周囲を説得して漸く結婚できた経緯があったからね。
あの元気さがジュードの良い所で、そこにサイモンがベタ惚れなんだ」
きゃー!男爵家から苦難を乗り越えて公爵家に嫁入りとか!シンデレラストーリーで乙女ゲーみたいな展開過ぎてめちゃくちゃ萌える!
私もゆっくりお茶飲みながら恋バナ聞いてみたくなってきたー!
それにしても今より更にハチャメチャだったってのにそこに惚れるサイモンおじ様って…恋も人生も色々だわ…。




