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 ソファから立ち上がり、ジルが長く引き留めてしまった事をマルグリットに詫びると、おじさんたちと泥臭い話をするより、断然楽しい時間であったわとヒラヒラ手を振ってマルグリットは帰って行った。


 ジルたちもそろそろ帰ろうかと話していた所に、急に影が差した。

そちらを見ると、若い男性たちが立っている。


うわー、イケメン!三人とも全員イケメン!


 ジルの周辺にも父を筆頭として見目の麗しい男性は多々居るが、皆、何故か妻帯者の年上ばかりだ。

突然の同年代のイケメンの登場にジルのテンションは急上昇した。


 三人の先頭に立つ男性の柔らかそうな黄金色の髪は背中ほどまで伸ばされ、一本に結ばれている。

白磁の様な肌に、綺麗な海の色をした瞳がガラス玉の様にシャンデリアの光を反射している。

薄い唇に薄く微笑みを浮かべ、すんなりとした体に鮮やかな真紅のコートを纏い、ウエストコートにも細かく繊細な刺繍がびっしりと施されていて、装いからしてかなり高位の貴族男性の様に見えた。


ジルがポーっとした顔で見覚えのない男性を見つめ続けていると、父が無表情でおざなりに挨拶をする。

「これは王子殿下、ご機嫌麗しゅう」


え。王子?

王子様みたいなイケメンじゃなくて文字通り王子?

さっき王族席は適当にしか見てなかったから、こんなイケメンいたの知らなかった。

それにしても父様挨拶適当すぎ…


 意識を取り戻したジルも、慌ててカーテシーを取り挨拶を述べようとするがすぐに王子に遮られた。

「良い、そういう面倒は好まぬ。

それよりそなたは金の卵を生むガチョウ姫らしいな。

ふーん、ガチョウか」

王子が一回言葉を切り、ジルの全身をジロジロと無遠慮に眺める。

「ほぉ……で、それでそのガチョウ姫は一体どんな卵を生むというのだ?是非生んだ卵の一つでもここで見せてもらいたいものだな」


はぁ?何コイツ。

顔がいくら良くても絶対無理。

後ろの二人もなにニヤニヤしてんだよ!


 父の背中にゴゥっと炎が立った気がした。

そこでジルは遮られたカーテシーを敢えてもう一度とる。

「王国の若き太陽、王子殿下にご挨拶申し上げます。

チューダー辺境伯デイビット・アシュリーが娘、ジルヴィア・アシュリーと申します」

煮え立つ様な腹の中をおくびにも出さず、ジルは完璧な淑女の笑みで王子を見返した。


 すると笑顔を引っ込め、舌打ちでもしそうな顔で王子は言う。

「はっ!挨拶など面倒だと私は言ったではないか。さすがは田舎娘だな。随分と無粋の様だ」

「それは大変申し訳ございません。ですが、ご挨拶無しでお話をする事は最大のマナー違反だと我が父より言い含められておりますゆえ、王子殿下に失礼の無き様ご挨拶させていただきました」


要するにお前は無礼なバーカ!って言ってんの!

伝わるかなー?


 王子の後ろに立ってるメガネが苛立っているのが分かるが、ジルはざまあとしか思わなかった。

「それにご質問のガチョウ姫?ですか?わたくし、先日領地から出て来たばかりで、右も左もわからぬ田舎者ゆえ、その様なご質問をされましても…」

ジルは扇を広げて口元を隠す。でも目は蔑みの目を隠せない。


そんなん周りの人間が勝手に言ってるだけなんだから、本人に聞いてくんなよ。知らんがな。


「お前!」

近衛の儀礼服を纏った、後ろの二人組のもう片方が大きな声を上げて一歩足を出そうとしたその時。


「グイード王子殿下」

地の底から響く様な声が聞こえる。

父だ。確実に怒っている。


 父はジルの前に立ち、三人を睥睨した。

「王子殿下は相変わらずお勉強がお嫌いな様だ。

だがまず礼儀ぐらいは身に付けてから公式の場に出られては如何か。またお父上に奏上せねばなりませんですかね、家庭教師を増やされるか学院にもう一度通わせるべきだと」

王子が熱り立つ。

「伯とは言え、あまりにも失礼ではないか?」

「はて、どちらが」

「私はもう成人しておる。いちいち父上にあれこれ言われる様な歳ではないぞ!」

「デビューしたての婦女子に三人がかりで絡み、無礼な質問をして一体何をなさりたかったのか全く分かりかねますな。これではまるで五歳かそこらの子供と一緒ではないですか。

それで成人だと言われても…誰が信じるものなのでしょうかね。

子の不出来は親の責任ですから、それは教育のやり直しを進言するのも、併せて苦言を申すのも忠実な臣の役目でございましょうぞ」


ぐぬぬとなっているでこぼこ三人組に父が追い討ちをかける。

「おや?良かったでございますねぇ。ほらやっと保護者がお迎えに来てくださいましたよ。

殿下におかれましては、次にお会いするまでには、せめて十歳くらいまではお健やかにお育ちあそばれますようお祈りしていますよ。では失礼」


 いつの間にか出来ていた人垣の向こうから、宰相が慌ててこちらに向かって来ているのが見えた。

真っ赤になって拳を握り締め、怒りに震えている王子たちを置いて父が外へ続くドアの方向へ向かった。

一瞬ジロリとどこかを睨んだ様だったが、誰に向かってだったのか。


 王子たちに怒ってはいても、ジルへの父のエスコートはいつも通りに優しい。

無事に馬車に乗り込み、親子は向かい合わせに座る。


「疲れたかい?最後の最後に災難だったね」

父がジルを覗き込むようにして心配そうな顔をした。

「いいえ、それは疲れてはいますが、大変有意義な時間を過ごせたと思っています。

最後のアレですけど、父様が何があっても守ってくださるって分かっていましたから、安心して売られた喧嘩を買う事ができました」

「アレねぇ…アレは第二王子だが、側妃に散々甘やかされてダメにされてしまった欠陥品だよ。

今回ばかりでなく、バカの癖に無駄に自信家で自尊心の塊で。これまでも散々あちこちでやらかして来てるのだけど…いや、側妃だけではなく結局は王も甘いのだよ。

さっさと第一王子を王太子として立太子させればいいのに、側妃とその実家を抑えきれずズルズルと王族に残しているんだからね。

そして王子自身は、宰相の三男とジョルダンのとこの長男がお付きの者になって、お山の大将気取りだよ。全く見苦しくてどうしようもない」

首を振りながらウンザリとした顔をして父は言う。

 父が露骨にこう言った顔をした上に悪態を吐くのはとても珍しい。


 そう言えば、王子以外、樽侯爵親子にも怖い顔をしてたけど、領地にいる父は仕事が忙しくても、なんだかんだ穏やかな顔をして飄々と暮らしている。

今回の旅では父の色々な顔を見られている。それはとても新鮮で楽しい。

ジルはそう思うとつい笑ってしまった。


「そんなに楽しい話してる訳じゃないと思うんだけどね」

父は組んだ足に肘を立て、掌に顎を乗せながら不貞腐れた顔をした。

「父様がそんなに怒る所初めて見ましたわ。そう考えたらなんだか可笑しくなってしまって…だって十六年も一緒にいて初めてなのですよ?」

ジルが言うと掌から顔を上げて、父は驚いた顔をした。


「そうか…初めてか。それは…それは面白いなぁ」

「でしょう。それに私、嫌な出会いもありましたけれど、良い出会いもありました。数では良い出会いの方が負けてしまっていますが、内容では格別の出会いだと思うのです」

胸の前で両手を打ち合わせ、ジルは今日の良い出会いの会話の端々を思い出してニッコリ笑った。


「今日一日楽しかったですわ。父様」

「そうか。なら本当に良かった」


 とっくに中天を超えた月の光の下、石畳の道を馬車はガタガタ進み、親子は今晩楽しかった会話を一緒に思い出しながら笑いあった。


 ジルは行きよりも帰りの方が屋敷までの道が短かった様に思えた。

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