14
普段、王城に詰めている時やこれまでの舞踏会での様子を知っている多くの貴族は、今夜のチューダー辺境伯、デイビット・アシュリーの姿が信じられないものの様に見えた。
度肝を抜いた娘の鮮烈デビューもそうだが、大事そうに娘をエスコートするデイビットの様子もまた、皆の噂の的になっていた。
「娘にデレデレじゃないか」
ダンスを終えて休憩のため飲み物を貰っている親子の所へ紳士が一人やって来て開口一番でそう言った。
「なんだ挨拶も無く藪から棒に」
父が不機嫌そうにそう言うと、そう返された相手はハハハと笑いながら父と握手を交わしている。
頭の上にハテナを飛ばしているジルを見て、父が紹介をしてくれた。
「ジル、彼はボルン卿だよ。今週末招待を受けているだろう?」
やっと合点がいって、ジルが視線を相手に戻すと、
「ジルヴィア嬢、初めまして。お父上とは長年親しくさせて頂いているサイモン・ボルンと申します」
と言って人懐こい笑顔でジルの手を掬い上げると、手袋越しに触れないキスをした。
だー!出たコレ!手の甲にキス!
元日本人にこれは照れるわぁ!
頭の中では大動揺のジルであったが、顔には少しのはにかみを外に出すだけで済んだ。
「ボルン様、お初にお目にかかります。デイビット・アシュリーが娘、ジルヴィア・アシュリーと申します。どうぞお見知りおき下さいませ」
小さくカーテシーを返すと驚いたようにサイモンが顎を引く。
「おいおいおいおいなんだよ可愛いなぁ!
ああ!もっと小さい頃から会いたかったなぁ。うちには娘はいないからね、もっと小さいジルヴィア嬢からサイモンおじちゃまとか呼ばれたり高い高いとか抱っことかしたかったー!
それもこれもデイビットがケチだったせいで…本当に勿体無い。いやそうだなジルヴィア嬢、今からでも遅くないからサイモンおじ様と呼んでくれないかい?」
「おいやめろ。だからお前には会わせたくなかったんだ」
二人の本当に親しげな様子を見て、ジルはふふふと笑ってしまった。
「サイモンおじ様、私の事もどうぞジルとお呼びください。週末はお世話になりますが、社交にまだ慣れておりません故、拙い点もあろうかと思いますがどうぞよろしくお願いいたします」
「第二の実家だと思ってゆっくり寛いで楽しんでくれたら嬉しいよ。
私の領地は辺境伯の領地とも近いんだよ。今度カントリーハウスの方へも遊びに来るといい。君の父上だってなんだかんだ言いながら結構来ているんだよ。次は一緒においで」
そう言われると謁見の際のトラウマが蘇る。ジルは返事をする前に父をちらりと見る。
「サイモンの家は、年頃の息子はもう結婚しているから安心だ。
…ああ、さっき狸王にちょろまかされそうになって、ジルは少し人間不信に陥ってるんだよ」
前半はジルに、後半はサイモンに父が言う。
狸王とか王城で言っちゃうの平気なの?
ジルは父の発言に驚いて周囲を見渡してしまうと、それを見た二人が揃って笑う。
「ああジル、そんな慌てなくて大丈夫だよ。王と我々三人は学院で同級生だったからね。結構気さくに付き合わせてもらっているんだよ。
大体普段の君の父上は、公衆の面前で直接王に毒を吐いてるよ」
あ、そうか。年上に見えた王様も父様と同い年だったよね。老け…じゃなくて貫禄がある様に見えたのヒゲのせいなのかな?なら絶対父様にはヒゲ生やさせない様にしなくては。
って言うか父様毒舌キャラなの?
今までずっと領地に篭り、狭い範囲の関係者以外と接触する事のなかったジルにとっては、今日一日だけでかなりの情報量だ。
随分と箱入り娘としてぬくぬくした生活を送らせてもらっていた事を知る。
しばらくサイモンと話し、別れた後は父と会場内を廻る事にした。
こう歩いているだけであちこちから視線を感じる。
コソコソとこちらを見て話されると、良い話でも悪い話でも関係ないほど感じが悪い。
素知らぬふりで歩き続け、父から今後ジルが来た時に困らない程度の王城の説明を挟みつつ、挨拶を欠かせない人物を見つけるたびに、ジルの顔を売りながら商売の芽を探した。
挨拶を交わした中に東に領地を持つ、女侯爵のマルグリットがいた。
「初めまして、ジルヴィア様。わたくしマルグリット・ガーランドと申しますわ」
と自己紹介した彼女は豊かな黒髪と黒い瞳の、ジルには親しみやすい色合いをした妖艶な女性だった。
めーっちゃカッコいい!こんな育ち方したら最高!なんかすっごいオーラ感じる人だわ。
そんな内心が透けたキラキラした瞳で見てしまったジルをマルグリットは困った様に笑い、
「可愛らしいお嬢様ね」
と父に言った。
そう言われた父も満更でない様な笑いを返している。そのやり取りを見るだけで、父とマルグリットとの関係性は悪くない事が分かる。
父による王城案内ツアーの最中で紹介された中にも、これは会ってしまったからには仕方なくとか、したくないけど渋々とか、ジルを紹介するくらいの表面上は仲良くしてるけど、実際は真逆の関係性なんだろうなと、父の小さな表情の差で分かる様になっていた。
多分父と長年の深い付き合いがある人しか分からない程の微妙な表情の変化でしか無いのだが、父がそういう対応をとる相手はジルもよく注意する様にせねばならない。
ジルは頭の中に今日出来上がった相関図を叩き込んだ。
マルグリットは閉じた扇を口元に添えると、それにしても。と話し出した。
「ジルヴィア嬢のパリュールはそれはもう素晴らしい物ね。もちろんドレスも何もかもなのだけど…本当にどれをどこから聞き出せばいいのか分からないくらいだわ。
わたくしは美しい物に目がないのは知ってるわよね?
デイビット、わたくしにも作って貰いたいのだけどこれらは商売する気はあるのかしら?」
眉を下げながらマルグリットが父に問う。
「元々はジルのデビューのために作ったのだけど、それだけで終わらせるのは勿体無いものができてしまったからね。今後は動かし始めようとは思っているけど、量産となるとまだまだ先は長い話だよ」
手のひらを上に上げて、お手上げポーズをする父に、更に悩ましい顔をするマルグリット。
「こんなの見せられて『待て』は無理な話だわ。今すぐとは言わないけど、予約くらいは入れさせてよ」
食い下がるマルグリットにジルが話しかける。
「あの、ガーランド様、宜しいでしょうか?」
「まあジルヴィア様、どうかなさいましたか?」
マルグリットが父との会話の腰を折ったジルに驚いた顔を見せる。
「ガーランド様、どうぞ私の事は今後ジルとお呼びください。
そして予約の件ですが、本当に今はまだドレスも宝飾品も動き出したどころか、まずは試作品が出来たくらいの状態なのです。そして今私が身に付けているものがその試作品なのです」
ジルがそう言うとマルグリットが目を丸めてまじまじとジルを見た。
「本当に娘の為だけに作り出したのね」
「だからそうだと言っているだろう」
「だって本当だと思わないじゃない…。
ジル、わたくしの事もどうかマルグリットと呼んでちょうだい。そうだったのね…久しぶりに凄く興味が持てるものを見つけて、年甲斐もなくワクワクしちゃったのだけど、それならもうちょっと待たなきゃいけないわね…」
明らかにショボンとしてしまったマルグリットが急に可愛らしく思えてしまった。
「あの、マルグリット様、もし宜しければ北部へおいでになる機会はございませんか?」
「わたくしが?」
「ええ、まだ予約や顧客を抱える事は出来ませんが、少しずつ商売の形を整える方向へは進んでいるのです。
作り上げる技術面に関しては既に確立しているので、それほどお時間をいただかなくても動く様になるのではと思っておりますが、まずはその前段階、こちらのデザインや仕様の相談に乗って貰いつつ、マルグリット様の注文にお応えするというのは如何でしょうか?」
ジルの言葉を聞いたマルグリットが目を丸くする。
「わたくしが相談に乗るの?」
「はい。北部の領地でこの事業に携わって決定権を持つ貴族女性は私しかいないのです。
勿論父や侍女に手伝って貰って中央でもおかしくない仕様に作り上げようとはしているのですが、お恥ずかしながら私には経験も知識も足りない事ばかりですので…貴婦人であられるマルグリット様にご相談に乗っていただけるならば、これほど心強い事はございません」
出資者は最大のパトロンである父がいるのでこれ以上はいらないのだが、女性向けの事業であるが故、全ての監修を父に頼りきれない部分が出てしまう所がジルの悩みどころであった。
北部にも貴族家はあるが、中央の貴族にも向けての商売とする予定であるからには、北部だけで全てどうにかするのは無理がある。
北部テイストで作りすぎて見向きされない事も避けたいし、前世を前面に出しすぎて、革新を突き抜けてしまうのも避けたい。ちょうど良い落とし所を見極めてくれる人間が欲しかったのだ。
今回、ジルの全ては北部の人間で作り上げたが、これが中央で受け入れられるかは賭けでもあった。
何アレだっさーって言われる覚悟も多少はあったから、実は結構怖かったんだよね。
今日だって色とかパーツは少しずつ違うけど、みんな制服みたいに同じ服着てるし。
中央の社交界でも貴婦人の中の貴婦人と言われるマルグリットから助言を貰えるとしたら、舵取りの大きな力となるし、おまけにマルグリットのネームバリューがお墨付きとなってぺたんと商品に張り付く事も見越している。
「どうかお願いを聞いていただけませんでしょうか?」
捨て犬の様な目のジルが、拾って欲しいとマルグリットを上目遣いで見上げる。
胸の前では両手の指を組み合わせている。
マルグリットにはクゥーンという声まで聞こえた様な気がした。
「ふふふ、こんなに可愛らしいお嬢様にこんなに可愛らしくお願いされたら何でも良いわよって答えてしまうわね」
「そうだろう。うちのジルは世界一可愛らしい天使だからね」
「それにこんなに魅力的な商品のプロデュースに一枚噛めるなんてワクワクするわ。最近は農地だとか河川改良だとか埃臭い仕事ばっかりで萎びていたのよ。是非近いうちにお邪魔してお話を伺いたいわ。
ああ、ただ、お迎えはそちらからよろしくね。冬の時期にわたくしの領地からそちらへ向かうのに適した乗り物は残念ながら持っていないの」
良かった!途中で父様が余計な事言ってたけど、そんなことより大きな味方が出来たわ!
遠くて面倒だったけど王都まで来て良かった。
確かにソリ馬車を普通に何台も抱えているのは北の領地ならではだろう。
王都では秋とは言っても、辺境はもうとっくに雪が積もり始めている。
辺境伯家から雪が積もりやすい場所と殆ど積もらない場所の境界線まで、等間隔、数箇所にソリ馬車置き場を設けており、数台は整備を欠かさず常に置いてある様にしている。
車輪付きの馬車で来てスタックする様な事態となっても、そこから近い置き場からソリ馬車を持ってきて取り替えられる様なシステムで、万が一立ち往生してしまった際の緊急の避難場所も兼ねているので、毛布や備蓄品も少し置いてあるそうだ。
ジルたちも途中までソリ馬車で来て、雪がなくなる所で車輪の馬車に乗り換えて王都までやって来ていた。
多分このシステム作る原因になった、過去にやらかした人がいたんだと思うんだー。
雪道にノーマルタイヤで行っちゃって救援呼ぶ事態になるみたいな…でも携帯もない、民家も少ないこっちでそれやったらもう致命傷だもの。
「マルグリット様、ありがとうございます!」
「送迎はこちらで承ろう。日程については私とすり合わせを頼むよ」
「ジル、そちらへ行ったらたくさんオシャレについてお話ししましょうね。わたくし今から本当に楽しみにしてましてよ」
「はい!私もマルグリット様にお見せしたいものも、お聞かせしたい事もいっぱいございます。出来れば長めの日程を組んで来てくださいませね」
二人とも乙女の表情で両手を握り合い約束を交わす。
大分歳の差のある二人だが、共通の趣味さえあればそんなもの超越してしまうものだ。
ジルの今日のファッションについてソファー席に移動してまでマルグリットと長く熱く語り合うとことなった。




