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 あれからまた長い時間待たされた後、漸くデビュタントが纏められて、入場の扉の前まで案内された。

父は飽きる事なくジルを眺めて過ごしていたが、ジルは暇すぎてもう帰りたくなってしまっていた。


これからはこういう時のための、暇つぶし娯楽道具でも作ろうかなぁ。

でももうそんな機会もないか…ああ、この時代にスマホがあれば…


 ドアの前で待機していると、会場の中から王がスピーチしている声が聞こえてくる。これが終わったら順番に呼び出されて入場する事になるのだろう。

これまた身分順なので、直ぐ後ろに例の侯爵親子がいる。意地の悪い視線と気持ちの悪い視線が嫌だなと思っていると、また父が立ち位置を変えてくれた。


父様の動きで察しろや!二回目だぞ!


 ちらりと父に目線を送ると、父は振り返って侯爵親子に氷漬けになりそうな視線を送っていた。


こっわ!父様こっわ!


 ジルの視線に気付いたのか、こちらに打って変わった様な蕩ける様な笑顔を見せる。

今日で侯爵家は父の敵認定されただろうから、あっちの領地では今後、北部からの物流は大分滞るであろう。

ジルの知った事では無いが。


 そうしているうちに侍従から合図があり、やっと呼び出しのタイミングが来た事を知る。


 ドアが開かれて、父と共に広間に足を踏み出した。


ーーーーー


 会場にデビュタントとの謁見を終えた王と王妃を先頭に王族が入場してきた。

順に入場していた貴族たちはこれまでそれぞれの社交に励み、軽食をつまみ、酒で喉を潤していたが、その瞬間は全員が跪き、王族へ敬意を払う。


 王の許しを得て顔を上げた後に、王からのお言葉を賜る。そしてお言葉の最後に、デビュタントの社交界への入場が許されるのだ。


 今年のデビュー組はなかなかの大物が揃っている年でもある。

この舞踏会も大元は見本市がスタートで、デビューする者たちも、ある意味社交界という市場に出される商品でもある。

売る者は我が子が出来るだけ高く売れる様に天塩にかけて育て、買う者はそれらがいくら高くても買い取れる様に家を大きくしようとする。


 南方の平原に侯爵領を持つジョルダン卿は、領地運営は家令に任せ、年間の殆どを自身は王都で家族とタウンハウスで暮らしている。

ジョルダン家と言えば南部の辺境伯と強い繋がりを持ち、並の公爵家よりも力を持つと言われるほどの侯爵家だ。


 長男は近衛として第二王子に仕えているが、王子とは王立学院時代からの付き合いとのことで覚えもめでたく、これから順調に出世していくだろうと目されている。


 娘のメロディ嬢は、赤毛も麗しい美しい娘で、夜会へ参加はまだ許されていないが、学院や茶会などで他家との交流を持ち、積極的に派閥を作っているとのことだ。

いよいよ今年、満を持してのデビューという事で、次代の巨大派閥のトップに君臨するだろうと言われている。

奥方のシシリー様も華々しい方であるので、何かと注目を浴びる一家である。


 後は他の侯爵家から一名と、伯爵家からも十名ほどのデビュタントがいるはずだ。下位を含めて三十近くの家から子女がデビューすると言われている。

今年は人数が多い方なので、結婚市場もさぞかし賑やかになるであろう。


 先程から会場のあちこちで囁かれているのは、数年前から既に騒がれていた、今年のデビュタントの目玉、北の辺境伯家の令嬢の目撃情報だ。

馬車止まりから直ぐにデビュタントの控え室へ向かったそうなので、多くの者が見た訳では無い様だが、口伝えで噂が回ってくる。


 見たこともない様な素晴らしいドレスを着ていた。


 儚い立ち姿だが、それでいて発光しているかの様な輝きを放っていた。


 誰が山猿と言い出したか知らないが、あれは正しく妖精姫であった。


 どこまでが本当の事なのか判断は付かないものの、あと少しで答え合わせが出る。

もうそこのドアの向こうに本人が立っているであろう。


 会場の視線と期待はそのドアへ向かっていた。

それを感じ取った王が、スピーチ中と言うのに苦笑を浮かべている。やがて空気を読み挨拶も早々に、宰相に合図を出した。


 王に代わって、宰相がデビューを迎えるものたちを呼び入れ、それに従いドアの脇に立った侍従長が高らかに名前を読み上げる。

「チューダー辺境伯、デイビット・アシュリー閣下、並びにご令嬢、ジルヴィア・アシュリー嬢ご入場!」


 会場がどよめいた。

誰もが思わず声を出してしまったであろう。

前情報として少し漏れていたと言うのに、それでも驚きを持って令嬢を凝視してしまう。


 まず目に入ったのはドレスだった。

令嬢はデビュタントとして白いドレスを纏っているが、それはどこでも見たことのないデザインであった。

かと言って珍妙に見えるものではなく、初めて見るデザインであるのに、不思議とこれが完成形だと思える様な出来だった。


 完全な開花を待つ淡い年頃の令嬢にとてもよく似合っていて、すんなりと伸びた細い二の腕に美しく仕立てられたレースの小さな袖が乗っている。

夜会でのグローブは普通、肘上くらいまで長いものばかりであったが、令嬢のグローブは手首の少し上くらいまでで、そこに繊細なレース編みで花開いた百合の花びらの様な装飾が施された少し短いものを嵌めており、丸く膨らんだ袖からグローブまでの肌ががなんとなく色香が漂う様で、真っ直ぐ見る事も憚れ、つい目を逸らしてしまいたくなる。

腰に結ばれた白く細く長いリボンも令嬢が歩きを進めるにつれ、たなびきながら後を追い、まるで妖精の飛び立った後の鱗粉の様に見えた。


 やがて王族席の前の立ち位置へ着くと、令嬢は王族方へカーテシーをとり、その所作にも目を奪われる。

高等教育を充分に受けてきた者の、見事で完璧な所作であった。


 その後正面に向き直った事で、令嬢の顔が良く見える様になった。


 プラチナブロンドの髪を高く結い上げ、そこにこれまた見たことのない意匠のティアラを用いている。

ここからではハッキリとは見えないが、金の塔に巻き付こうとする植物の様に錯覚してしまう。

 瞳は明るいグリーンで、清々しい新緑の色をしている。

色白の肌に、頬と唇の健康的な桃色がとても映えている。

 身に纏う宝石類はティアラと揃いのパリュールなのか、華美では無いのに眩いばかりの輝きが令嬢に花を添える。

 ふと気づくと、令嬢が身じろぎする度にドレスからも発光している様に見える。生地のせいなのか、何か仕掛けがあるのかは分からないが、全てが度肝を抜いている。


『ここ数十年で一番の出物だ』

と誰もが思ったであろう。

その証左に、後に続いて出てきた侯爵家令嬢には誰も見向きもしていない。


 本当に誰が山猿だと言い出したのか。

追い落としたい誰かの策略だったのかもしれない。


 皆の視線を一身に受けても、淡い貴婦人の微笑みを浮かべたまま堂々と迎え討つ、そんな令嬢に買い求める客が群がるのもあと少し。


ーーーーー


 家名と名前を呼ばれ、ドアの内側に足を踏み入れた瞬間に、会場全体がドォっと揺れた様な心地がした。

ジルは何事が起こったのかも分からず、父の肘に置いた手が一瞬震えてしまった。

だが怯えた顔を見せるわけにはいかない。

父も何もなかったかの様に背筋を伸ばし普通に歩を進めている。


冷静に。

私はトップモデル。

ここはランウェイ。

私は自信の塊。


ジルはただひたすらに心の中でこれだけを唱え続けた。


 王族への礼を終え、会場を見渡せる立ち位置まで着いて漸く目線を上げると、そこにいる全ての目がジルを見ている事が分かった。


これだけの視線を受けた事って、前世含めても初めて過ぎてめっちゃ怖いんですけどー!

後ろからも何人も来てるんだから、少しぐらいそっち見ようよ…

あ、でも領地のみんなの成果物の見本塔になろうって思ってたんだから、この状況はマストなのか。


 ジルは前世でやっていた通販の番組を思い出す。

宝石類や服、家電や飲食物などのありとあらゆる物を、ほぼ一日中売り続けていたチャンネルだ。


あのMCのお姉さんはめちゃくちゃ上手かったよなー

つい注文したくなるようなプレゼンと商品の見せ方。

あれを参考にしてみたらいいのね。


 ジルはただ突っ立っているだけではなく、おかしくない程度の小さな動きを入れて、ジルの纏う宝飾品とドレスが一番輝きを増す位置を探しながら、目の前に無数いる将来の顧客たちに、無言の商品プレゼンを行なう事にした。

そしてジルは余裕を持って愛想笑いを浮かべながら周囲を見渡す。要はショールームのコンパニオンになりきれば良いことに気付いたら随分と気が楽になったのだ。


 デビュタント全員の入場が終わると、宰相からこの子たちこれからよろしくねと言う内容の総括があり、デビュタントが一斉に会場に向けてカーテシーを取る。


 それを合図にした様に、大きく音楽がかかる。

そしてそれを聞いた会場の貴族たちは引き波の様に壁際へ寄り、デビュタントたちが踊るためのスペースを作った。


 歩き姿、立ち姿、カーテシーときてダンス披露である。

どれほどの教養教育を受けてきたか、とことん品定めされる品評会だ。

ジルにとっては前世の成人式の方が断然楽だった。

逆に個性を出すためにヤンチャをやらかす輩もいたくらいで。


 父がいい感じの隙間を見つけてくれてエスコートしてくれる。

皆の準備が整った所で音楽が変わる。

スタンバイの姿勢を取り、父の目を見る。

甘やかす様な、何かを言いたげな、そんな顔を父はしていた。


 音楽に合わせて踊り出せば、普段の練習も父にお願いしていた事もあり、目を瞑っていても踊れるくらいだ。不思議とスッと心が凪いでいく。

父がいる。それだけで安心なのだ。

この大仕事の最中も経験に裏打ちされたスマートで完璧なエスコートで文字通りジルを導いてくれた。


「私、父様の娘で良かったわ。だってこんなに安心できるパートナーなんてきっとどこにも居ないもの」

「光栄だ。これまでの努力も失敗もやらかしも全て、今日の日のためにあったのだと思えるよ」

「父様にも失敗ってあったのですか?」

「そりゃあもう数え切れないほどやらかしてきたとも。セバスチャンたちに何度怒られてきたことだろうね…でもね、多分それがあったからジルを正しくエスコート出来るのだと思うよ。

だからジルも無理しすぎないで。失敗もしてみなければあれは失敗だったんだって気付けないから」


 要するに父は肩から力を抜きなさいと言っているのだろう。

「父様ありがとうございます」

 ジルは父との隙間を少し詰める。ダンスの最中でなければ抱き付きたかった。

父はスパダリならぬスパファザである。

ジルも大概のファザコンである事を段々と自覚し始めている。絶対に結婚相手探しはハードルが高いことだろう。


「それにね、大体の失敗は父様がなかった事にしてあげられるからね」


父様、茶目っ気のある笑顔なのになんか怖い!怖い!

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