12
王城の大門は開かれ、煌々と篝火が焚かれていた。
下位と上位の貴族では馬車止めの場所が違う所にあるため、多少の混雑には巻き込まれたが、大門さえ過ぎればその先、ジルたちを乗せた馬車はスムーズに進む様になった。
今回はジルのデビューであるのでアシュリー家も早くに出てきたが、上位の貴族は遅くに入場するものとされている。もう既に多くの貴族は既に入場している様だったが、それでもまだまだ城へ続く馬車の列は長いものだった。
ジルは出発時に乳母から扇と小さな手提げと厚手のショールを渡された。貴婦人の三種の神器だ。
北部に生まれ育ち寒さには慣れていて、王都の秋の風などそれほど気にならないジルではあったが、大人しくその肩にショールを掛けてもらった。
何も入らなそうなほど小さい手提げは、見かけ通り殆ど何も入らないが、ハンカチと小さな飴とチョコレートが数粒ずつ入れられていた。
乳母が『どうしてもお腹が空いたら、見つからない様にしてコッソリ食べるのですよ』と言いながら手渡してきた。
相変わらず、まるっきりの子供扱いである。
扇は銀色の中骨にふわふわの白い羽毛がモコモコと付けられた大変可愛らしいものなのだが、どうしてもジルにはアレにしか見えてこない。
人目さえなければ頭上で振り回したくなる様な衝動を堪えるのに今も必死だった。
これも職人たちが新しい技術を使って作った物で、ジルは出来上がった物を笑顔で賞賛し受け取ったものの、前世持ちのジルにはむしろ気持ち的に厄介な代物であった。
ううう…バブル時代お立ち台ごっこしたい。
高位貴族専用の入場用の廊下で、父の肘に掴まりながら余計な事を考えていると、ジルに父が話しかけてきた。
「緊張しているのかい?」
「いいえ、父様。これまでの皆の働きを思い返していたのです。一つ一つ、皆が全力で今の技術の粋を集めて素晴らしいものを作り出してくれました」
父の問いに首を振りつつ、小さな声でもっともらしい事を答える。
「それもこれもジルが天使なおかげなわけだよ。
もちろん皆の働きは褒賞に値するけども、まずはジルというミューズが居なければ始まらなかった話なわけだからね」
相変わらず父のジル推しが強い。
父のおかげで正気に戻ったジルがふと周囲を見渡すと、良いものも悪いものも、視線の矢がジルに降り注いでいることに気がついた。
だがその中に一人明確な悪意を含んだ視線を投げかける、真っ白な衣装に身を包んだ令嬢がいた。
ジルと同じくデビュタントの様だ。
ジルはあえてニッコリと笑顔を作り、少し首を傾けて令嬢を見た。
そんなジルに彼女は一瞬驚いた様な顔をした後、ツンっとソッポを向いてしまった。
小娘めー!
喧嘩なら売値で買うぞ!
父がくっくと笑いながらジルの耳に口を寄せる。
「アレはジョルダン侯爵家のメロディ嬢だね。仲良くできれば良いけれど、別に無理することはないよ。派閥も全く我が家門とは関係していないから」
と付き合いはジルの自主性に任せてくれる様だ。
美人でメルヘンな名前のくせして性格キッツい令嬢だな。最初から睨みつけて挙句フンとか、どんな教育受けてるんだか、親の顔が見てみたい…って隣にいるのがお父さんかな?
……なるほどダンディを絵に描いた様なうちのパパンと真逆かぁ。
その、樽の上に顔がある様なジョルダン公爵もこちらを見てくる。
うわー目線がねちっこい。
絶対親子で仲良くなれないタイプだった!
背筋に蛇が這い回る様な気持ちの悪さを感じていると、スッと目線を遮る様に影が立つ。
父がジョルダンとの間に立ってくれたのだ。
そしてジルと目線を合わせてくる。
「絶対に仲良くしなくてもいいからね」
父がおこです。
そのうち案内人によってデビュタントがいる者は控え室へと案内された。
ジルたちが入室すると、瞬間、室内の騒めきが止んだ。
ジルは思わず雰囲気に呑まれ、足が止まりそうになってしまった。
大丈夫だと言う様に父はぽんぽんと肘に乗ったジルの手を軽く叩きそのまま構わず進んでいくので、我に返ったジルもそれに続く。
その後すぐに再開されたおしゃべりの端々から妖精とか精霊とかガチョウだとか聞こえる。
その二つ名はやめて下さい。本当に!
他人の口から実際にそのあだ名を聞くと、震えがくるほど恥ずかしい思いがするが、四方から注がれる視線を気にしない様に心がけ、出来る限り優雅に見える様に父と共に歩を進める。
隣を歩く父もそんなジルを見て誇らしげに笑ってくれるので、ジルも勇気が湧いてくる。
広い室内には椅子も用意されているが、父は意識してジョルダン親子から離れた場所へとジルをエスコートした。
マナーとしては上位貴族の者に下位貴族の者は話しかけることはできない。
偉い人に顔を繋ぎたい人はたくさんいるけど、その全員に話しかけられる偉い人は忙しくて大変で嫌になっちゃったからこのルール作ったんだろうな…
王家の次に偉いのは公爵家、そして侯爵家と同等で辺境伯。その次に伯爵家、その下に更に下位貴族などと続いていく訳だが、我が辺境伯家は辺境を守るのが主な仕事となっている関係で便宜上、辺境伯と名乗っているが、元祖は臣籍降下した当時の王弟であったため、実は公爵位も持っている。
今回のデビュタントには公爵家の令嬢も、他に三家ある辺境伯家の令嬢もいない。
だからこの控え室では一番上位である公爵位を持ち、かつ辺境伯でもあるジルたちは、視線は飛ばされるものの遠巻きにされるだけで、誰からも適切な空間を保つ事が出来ていた。
一室に集められたデビュタントは、総勢三十人ほどいるだろうか。
壮観だなぁと眺めていると、みんな判を押した様に同じ様な衣装ばかりなのに気付く。
素材や多少の色味の変化は有るものの、ジルの衣装ははもはや異端だ。
うちが田舎だからあのデザイン数しかないと思ってたけど、国全部がこんなもんなのか…そりゃ私が来た途端ザワつくはずだわ。やりすぎたかな?
これ暗黙の了解みたいなものでも有るの?
えー、でもダフネも誰もこんな衣装じゃダメとかドレスコードストップ掛けてこなかったし大丈夫なんだよね?
そこでジルは父の袖口をそっと引っ張り、扇を使って口元を隠しながら父の耳に小声で問いかける。
「父様、なぜ皆同じ衣装なのですか?」
すると父も小声で
「デザインって言っても実は単一的なものばかりしか無くてね、会の趣旨に合った衣装を選ぶと男も女も結局皆同じになってしまうのだよ。
デビュタントは白しか着れないけど、その他は色とかいろんな工夫は皆凝らすから、会場に入ったら多少は違う衣装を見られると思うよ」
へー、まだ競合も無いならビジネスチャンスがあちこちに転がってるってわけね。
ただ私にその先陣を切る勇気があるかどうかに掛かってる訳だけど、皆のために頑張ろうかな。
不躾にならない程度に周囲を窺い、ファッションチェックをして暇つぶしをしているジルを、父はニコニコと眺めていた。
それが父の暇つぶしの様だ。
王族の準備が整い次第、謁見の間に個別で呼び出され、デビューを祝う言葉と貴族を表す紋章を王から賜ることになる。
王城の使用人たちの動きが慌ただしくなってきたので、そろそろ呼ばれる頃だろう。
この順番は上位貴族から呼ばれるのでジルたちが一番目だ。
流れは何回も説明されたし、マナーの先生にも何回も練習させられた。
その際に先生から『社交界ではまずは先制です。完璧なマナーで相手の横っ面を叩いた者が永遠の勝者ですよ』と有難いお言葉を頂いている。
確かに初っ端舐められたらそれで試合終了だ。
これからの流れを思い出している時にふと、ジルは意外と緊張していない事に気付いた。
これまで努力を積み上げてきたという自信と実績が、ジルの中で幹となって、背筋をすっきりと伸ばしてくれているのだ。
そしてとうとう侍従に呼ばれた。
案内を受けながら廊下を進み、重厚な扉の前を守る近衛達の横を通り過ぎ、王と王妃の待つ謁見の間に入る。
王の前に進んで、習ってきた手順を思い出しながら、父にも見せた最上級のカーテシーをとる。
父が口上を述べ、王の返答を待つ間、ジルはじっと床の絨毯の模様を見たままこの姿勢をキープする。
「面を上げよ」
王に許されたことにより姿勢を戻す。
王は髭もじゃの優しそうなお顔をしている。
がっしりした体躯の、壮年に差し掛かった父より少し年上に見えた。
「デイビットの娘か。噂には聞いておったが美しい娘だ。直答を許す」
これで漸くジルは口を開く事ができる。
「シルフォレスト王国の太陽たる国王陛下と、月たる王妃陛下へとご挨拶申し上げます。
チューダー辺境伯デイビット・アシュリーが娘、ジルヴィア・アシュリーと申します」
そして再度カーテシー。
「よい」
王の言葉でまた顔を上げる。
普通はここで紋章を賜って、一言貰って退室して終わりの筈なのに終わらなかった。
「デイビット、随分長らく娘を隠し続けてきたものだな」
「王よ、いつも申している様に、在るべき場所に在るものがなければ、私は心安くいることが出来ないのですよ」
「とは言っても十六年であるぞ。長すぎるであろう」
どうやら王と父は気安い関係の様だ。
続けてジルに目を向けて王は語りかける。
「ジルヴィア、其方は覚えておらぬだろうが、其方の母が存命であった頃、まだ生まれたばかりの赤子であった其方を連れて王城に顔を見せてくれた事があったのだ。
それ以来、領地に連れ帰ったまま何度言ってもデイビットが会わせてくれる事は無かったのだ」
隣にいた王妃も口を挟む。
「そうね、アンナに抱かれたあの小さかった女の子が、こんなにも素晴らしい淑女になって…神の庭でアンナもきっと誇らしく思っているでしょうね」
これには父も口を引き絞り、また泣くのではと心配になる表情を見せる。
ちょっと!湿っぽくなるのやめて!
「ジルヴィアに関しての活躍の噂は、儂にも多々届いておるぞ」
空気を変える様に王が話題を変えてきた。
「随分と面白い物を親子で作り出している様だな」
ニヤリと笑う王に父は言う。
「ジルの為に作った物が、たまたま皆の役に立っているだけです」
表設定は産業不足に喘ぐ辺境の地域創生だった筈なのに、ジル沼にハマって推し活に励む父の裏設定をぺろっと白状しないで!
焦るジルに王はかかかと笑った。
「相変わらずの親バカだ。儂も大概かと思っていたが、お前は更に上を行く。
ジルヴィアもこれからは商売のため、領地運営のために登城する事も増えるであろう。まあちと遠いが親戚のおじさんの家でもあるのだ。奥向きにも顔を出しておくれ」
王妃もそれを聞いて両の手を打ち合わせると、
「それは良いわ!ぜひ私もそのドレスの事とかアクセサリーの事とか、ゆっくりジルヴィアからお話を聞いてみたいと思ったもの。そのドレスを見るだけでも、北部は随分と革新の時期に入ったと見えるわ」
奥向きとは、王族のプライベート空間を示している。恐れ多い事だが、その様な優しい言葉を掛けてもらえるとは思っていなかったので、ジルは嬉しく思った。
「はぃ…」
「ダメだ」
ジルの返事と父の拒絶の声が重なる。
え?と父を見れば、腕を組み渋面を作っている。
「王よ、ジルは嫁に出さないと言っているではないですか。そうやって囲い込んで、何番目かの王子に繋ぎ留めようとなさるのは如何かと思いますよ」
そう言われた王はハハハと豪快に笑った。
「なに、バレたか。一番上はもう婚約者がおるが、それ以外は選定中だからな。年廻りも合うジルヴィアが一番いいと思うのだがなぁ」
と笑いながらちらりとこちらを見てくる。
あっぶなかったー!
そんな罠ってある?
やだよ王族なんか。私は辺境に骨を埋めるんだ!
青くなってブルブルを首を左右に振るジルを見て、王も苦笑する。
「そうかダメかー。気が変わったら直ぐにでも教えて欲しい。速やかに取り計らうゆえ」
思ったより長くかかった謁見は、うっかり紋章の授与を忘れて帰ろうとしたところで、紋章を乗せた盆を抱えたまま話が終わるのを待っていた宰相に引き止められ、無事に受け取る事が出来た。
この後はまた控え室に戻り、舞踏会の会場へはまたデビュー組が一斉に入場してお披露目される事になる。
ジルが一番乗りで謁見を終わらせたのだから、まだまだお披露目までは時間がかかる筈だ。
それなのにもうすっかり気疲れしてしまっている。
コルセットでぎゅうぎゅうに締め付けられているので、胃には何も入る隙間も無さそうなのだが、無性に甘い物が食べたい。
乳母の気遣いを有り難く思いながら、手提げの底をゴソゴソ漁るジルだった。




