見合いの日(後編)
最初はよそよそしかった雰囲気もだいぶ和んできた頃、
ーーーーお父様、しっかりなさって。
ぐでんぐでんに酔ってご機嫌になっている父を見て、苦笑いしてしまう。
救いは、湊斗さんのお父様も同じような状態だ、ということだ。
私の父と肩を組み「ここの地下にカラオケができるバーがあるんです!レッツゴー!」と今にも部屋を出ていこうとしているのを、母達ががしっと止めた。
「あなた、私も参りますから」
「私もお供します。鈴木さん、こんな姿を見せてしまい、申し訳ありません……」
「何をおっしゃいます、私こそ申し訳ありません。普段はこんなに酔わないのですけど、……おめでたい席だったのでお酒がおいしかったようで……」
湊斗さんのお母様がとほほ、といった調子で言った。
「……というわけであとはお若い2人で楽しんで。湊斗、戻るときは芹香さんをちゃんとご自宅まで送って差し上げてね」
「はい、わかってます」
「それじゃあ親たちはここで失礼するわね。芹香さん、お会いできて嬉しかったです。機会があったらお家にも遊びにいらしてね」
「そう言っていただけて恐縮です。ぜひまたお会いできればと思います」
気持ちをこめてお辞儀をした。私、このお母さんなんか好きだわ。
院長夫妻・(一応)社長夫妻といった堅苦しさはなく、まるで学生時代の同級生達の集まりのような賑やかさで、親たちは去っていった。
かこん、と軽快に鹿おどしがなった。
「えと……」
湊斗さんに向き直る。近くに立つと、思っていたより身長が高いことに驚いた。
「わ、湊斗さん、背が高いですね。何センチあるのですか?」
「179.5です」
あはは、もう180って言っちゃえばいいのに。
そうしない湊斗さんの生真面目さに好感を持った。
「……釣書に書いておきましたが」
「そうでしたね。失礼いたしました」
咎めるようにじろっと睨まれ、萎縮してしまう。美形に睨まれると怖いわ〜。ていうか、そんなに怒らないでよ〜。
そんなことを考えていたのが表情に出ていたのか、湊斗さんが慌てたように言った。
「あ、失礼いたしました……。会議で言うような言い方をしてしまいました。すみません」
「あ、いえいえ、お気になさらず。確かに、少し怖かったですけど、先ほどまでお仕事してらしたんですものね。急には変えられませんよね」
言いながら、なんだか笑えてきた。
会議中湊斗さんにじろっとにらまれ、あわわ…と慌てて資料をめくる人達が目に浮かぶようだった。
「ふふふ」
「?どうされました?」
湊斗さんがきょとんと問いかけてくる。
「いえいえ、何も……。それより、これからどうしますか?ここはお庭がきれいだから、少し散歩でもしましょうか」
私の提案に朗らかに笑った。
「いいですね。行きましょう」
「はい」
返事をしながら、あー今日洋服でよかったわお着物だったら目立ちすぎだろ、なんて考えていた。
湊斗さんは、私が今まで見た男性の中で群を抜いて麗しい方だった。すれ違う人々が振り返る。遠くからも視線を感じる。
虎の威を借る狐、ではないけれど、なんだか得意げになっている自分がいた。
(虎の威を借る……じゃないな、他人のふんどしで相撲をとる?いや違うな……なんて言うんだこういうの……)
当てはまる言葉が思い浮かばぬことに頭をがしがししたくなってきた衝動を抑え、庭に出ようとドアを開ける。爽やかな風が吹き抜け、心地良さに少しだけ目を閉じた。
「あ、すみません、女性にドアを開けさせるなんて……」
「え?」
なんとも思っていなかったことを慌てて謝罪され、はた、と我に返る。うっかりしていたがまだまだお見合いの真っ最中だった。
「あ、すみません、私の方こそ……。でしゃばりまして…」
「いえ、私がぼーっとしていたので。失礼いたしました」
「いえ、そんな」
しきりに恐縮しあっていると、いい大人がぺこぺこしあっていることが面白くなってきて笑いが込み上げてきた。
くすくす笑い出した私に最初は怪訝な表情を浮かべていた湊斗さんもくすっと笑った。
「芹香さんは、明るい方ですね」
「いえいえいえ……緊張しているからいつもより気が高ぶっているだけですよ」
「あ、すみません。まだ怖がらせていますか?」
先ほど睨みつけたことを気にしたのか心配そうに問われ、その度が過ぎた真面目さにまた笑い出しそうになってしまう。
居心地悪そうに眉をしかめている湊斗さん。
見た目の立派さと困ったような表情が実にアンバランスで、犬にするように抱きしめてわしゃわしゃしたくなった。
ああなんということだ、湊斗さんってすごく……かわいい。
「芹香さん?」
「あぁすみません、えと、全然怖くないです」
むしろかわいいです、と言いそうになり口をつぐんだ。
「ではまた」
「はい。お気をつけて」
ホテルの庭を散策した後、ラウンジでコーヒーを飲み。少し世間話をした後自宅へ送ってきてくれた。
『あ、ご両親は?一声かけなくて大丈夫ですか?』
『いい大人なので放っておいて大丈夫です。芹香さんのご両親にご迷惑おかけしてすみません』
淡々とした様子に、こういった状況には慣れているのかもしれないと笑ってしまった。
ぺこりと一礼し、顔を上げた。不意に湊斗さんの綺麗な瞳と目が合いドキリとした。
オレンジに染まった雲が目に入ってきてとても美しく感じた。
「楽しかったです。ではまた」
湊斗さんはほんの少し口角を上げ軽く会釈をして帰っていった。
車が見えなくなるまで見送り、私はほうっと息を吐いた。
キィと門を開いて自宅へ入ると、匂い立つ薔薇の香りが鼻腔をくすぐり、お母様へのお土産に持たせればよかったと思った。
* * *
ピロン
簡単に食事を済ませ、自室にてスキンケアをしてきるときに、そばに置いていたスマホがなった。画面にうつるのは
「あら、湊斗さん」
私が送った本日のお礼のメッセージの返信をくれたようだ。
どんな返事が来たのだろうか?
ほんの少しワクワクしながら画面を開く。
『こちらこそ、本日はありがとうございました。またお会いできるのを楽しみにしております』
……いや、定型文じゃねーかこれ。
期待していたような文ではないことに失望し、スマホを放り投げたくなるのをこらえ続きに目を走らせた。
「えっ、まじで?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
『つきましては、来週の日曜日などご都合いかがでしょうか。ご返信お待ちしております』
「えーーーー!マジでーーーー!?」
そう叫びながらベッドにダイブし、バタバタとクロールした。
かたい文面に業務連絡?なんて茶化す心はあれど、
(嬉しいんだけどーー!あれよね、嫌いではない、ということよねーー)
自然と顔がにやけた。
何着て行こう?
あ、新しいリップでも買おうかな!
あんなイケメンとお茶できるなんて嬉しいな!!
クッションを抱えてゴロゴロする。
浮き立つ心に、にやにやが止まらなかった。
この1週間は、とてつもなく長く感じるに違いない。