旋風
遠くに小さく院内放送を聞きながら、私たち3人の間にはなんとも言えない気まずい沈黙が流れていた。
状況がこれ以上悪くならないようにとあれこれ考えを巡らせるのだが、情けないことに口からは「あの、えと」しか出てこない。
そんな私に「落ち着けー」と言うようにタクシーがゆっくり走っているのが窓ガラス越しに見えた。
元夫・雪丸晃が口を開いた。
「えと、鈴木くんと芹香が」
「くんじゃなくてさんって言ってよ」
「付き合ってると」
「はい」
湊斗さんが力強く言った。
真顔で元夫を見つめる表情からは感情が読めなかったけれど、不機嫌になっていることはなんとなくわかった。
(ひ~~もうどうしよーー。恋愛の経験値なんてそんなにないのに、元夫と恋人の喧嘩なんてどう仲裁していいかわっかんないよーー。あああああもうどーにでもなれーあはははは)
斗真くん、通りかかれ!
なんて呪文を唱えてみたけれど当然効果はなかった。
黙っていた元夫がにっこりと笑って言った。
「……OK、そういうこと」
「ご理解頂けましたか」
湊斗さんもにっこりと微笑んだ。
「芹香、そんな一芝居まで打って僕とよりを戻したいんだな」
はい????
目が点になった。湊斗さんも同じだ。
「ライバルがいた方が僕が燃えるって思ったんだろ?その通りだ。さすが僕の妻」
「元だよ、元。ていうか根本的に間違ってるよ」
「…………………………」
ちょっとちょっと、と手を振ってみせるが元夫には届かない。
湊斗さんはいよいよ不機嫌になり、眉をしかめている。
「よしんば本当に2人が恋人同士だとしても、芹香、そんな茶番はもう終わりにしていいぞ。僕の隣はいつでも空いてるから」
「うわーどっちかというとあなたと婚姻してたという方が茶番なんだけど」
私の呟きは聞こえていないのか、元夫は湊斗さんに向かい合い、肩をポンポンと叩きながら言った。
「鈴木くん、今まで芹香を守ってくれてありがとう。このままいけばよかったのだろうけど、だが僕らはまた出会ってしまった。……君のお役目はもう終わったんだ」
「僕の言いたいこと、わかるだろ?」
うん?と憐れみを込めた目で、頷いた。
「というわけで、僕は部屋に戻る。鈴木くん、恋のライバルが自分の病院にいるというのは気に食わないだろうが辛抱してくれ。ああ、食事(入院食)でもご一緒しよう」
呆気に取られている湊斗さんに構わず、元夫が私の髪を耳にかけながら言った。
「芹香、いつでも遊びに来ていいからな」
「はぁ……」
呆れつつさりげなく手を払いのける。
「じゃ、また」
軽く手をあげ、彼はエレベーターの方に歩いて行った。
「「…………………………」」
湊斗さんと目が合い、思わずごめんと言ってしまった。
その日の夜。
あたたかな布団の中で湊斗さんに包まれながら、今後について話をした。
「ごめんね、なんか以前よりおバカ度がアップしてたというかなんというか」
湊斗さんが困ったように笑った。
「想像していたのとだいぶ印象が違ったので驚きました」
「以前『明るいところに惹かれた』なんて話したけど、今会ったらただの勘違いナルシスト野郎だったわ」
湊斗さんがははは、と吹き出した。
「まーーーーそういうところで油断させておいてがってくる奴だから、十分気をつけてくださいね」
湊斗さんの心臓の辺りをがおーっと掴むふりをした。
その手をとり、指先にキスを贈ってくれる。
「……大丈夫です。曲者な感じはしましたので。気をつけますね。それと……」
湊斗さんがごそごそと覆い被さってきて、私の胸の辺りに顔をうずめた。ちくっと痛みが走り思わず「にゃっ」と声が出てしまった。
きっと、痕がついただろう。
2つ3つと次々赤い花が咲いていく。
「……どうしたんですか」
常とは違う様子に、できるだけ優しくきいた。髪をとくようになでると、湊斗さんがそっと目を閉じて身を委ねてきた。
こどものような様子に思わず頬が緩み、包むように抱きしめた。
「……心臓の音がします」
「うん」
「芹香さん、好きですよ」
「うん、私も」
「信じます」
「はい、信じてください」
くすくす笑いながら言うと、湊斗さんが少しむくれたような顔になった。体勢を変え湊斗さんを組み敷き、その頬に両手を添え、想いを込めて口付けた。
湊斗さんがようやく安心したように、笑った。




