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やり直しの恋  作者: ゆり
24/30

同じ傷

 その日は結局体調は回復せず、申し訳ないと思いながら夏目様にお手伝いの延期をお願いしました。快諾してくださったことにほっとしました。


 夏目様からも小さく『オッケー…セーフ』と聞こえてきたので、お互いによかったようです。


 口論(?)のことも、謝りました。


「昨日の私の物言い、申し訳ありませんでした。取り消します」


 少しの沈黙の後、


『あ、あぁ……いいの……っていや、よくはないけど。いや、うん……え?どうしたの?』


 困惑が伝わってまいります。徹底抗戦のつもりが私が謝ったことで拍子抜けしたようでした。


『うん、まぁ、仲直りね。はい、握手』


「電話越しですが」


 エア握手です。きっと夏目様も同じようにされているでしょう。


「では」


『はい。それじゃあまた』


 電話を切り、ふぅ、と天井を仰ぎます。二日酔いの気持ち悪さに耐えながらしばらく呆けていると、軽やかな足音が聞こえてまいりました。




「がっちゃ──ん、大丈夫────!?」




 斗真先生です。


 思った通りの人物に、私は恨みがましい視線を向けました。


「ほんとにごめんね。今度からは烏龍茶飲んどきなよ」


 ごくごく、と炭酸を飲み干した私に斗真先生が少ししょんぼりしながらおっしゃいました。

 昨日同じくらい酔っていたはずなのにそんな様子は微塵も残っていない斗真先生。

 酒豪が集う整形外科の中でも「弱いけど、強い」と言われている意味がわかり、震えました。


「…………………………」


「今日何時あがり?送っていくから待っててね」


「結構です。そこまでお世話になるわけにはいきません」


「いいって。俺のせいじゃん。お詫びくらいさせてよ」


「いいですって。本当に、お構いなく」


 押し問答になっているときに、タイミングよく斗真先生の電話が鳴ってくれました。


「……はい、はい。今行きます。はい」


「いってらっしゃいませ」


 ピッ、と電話を切り走り出した斗真先生が振り返ります。


「絶対だからね!待っててくれないと俺泣くから!」


 冗談か本気かわからないことを叫びながら、斗真先生が去っていきました。


 基本は飄々としている方ですが、周りにすごく気をつかう方でもあります。

 私のことまで気にかけてくださることをありがたく思うのでした。




 ・・・




「……で、なぜ私は先生に手料理を振る舞っているのでしょうか」


 自室にて。


 おいしーね!とにこにこしながら白米を頬張る斗真先生を見ながら、私は頭を抱えていました。


 本日は結局送ってもらい、お茶でもいかがですかと(社交辞令で)きいたところ斗真先生が「いいの!?」と目を輝かせたのでした。

 まさか先生をお招きすることになるとは思っていなかったので、今この状況に驚いております。


 斗真先生がおっしゃいます。


「がっちゃん料理上手だね!毎日食べに来ていい?」


「いえ、たまにでしたら構いませんが、毎日はしんどいです……」


「えー?俺うざい??」


 冗談のように何気なく聞いているつもりなのでしょうが、言葉の奥に怯えのようなものを感じました。斗真先生は、こういうところがあります。

 怖がらせないよう、意識して優しく申し上げました。


「いいえ、先生がどうこうではなく、私の問題です。仕事で疲れて帰ってきて、人がいるとなると気が休まらないと言いますかなんと言いますか」


「あはは!そうなんだ~」


 ほっとしている様子にこちらもほっとし、私は味噌汁を飲みました。優しい味が身体に染みます。


 つけっぱなしのテレビから流れてくる音声を右から左に聞き流しながら、食事を進めました。


 自分の部屋という日常に斗真先生がいるという非日常の奇妙を考えていると、ふと気付きました。


 斗真先生はもしや……


「あの、先生」


「ん?」


「もしかして、私に気を使ってくれていますか?」


 人の状態に敏感な方です。私の異変(と言ったら大袈裟ですが)を察し、そばにいてくれているのかもしれない、と思ったのです。


 斗真先生が少し寂しそうに微笑みました。


「うーーん、気を使うっていうかなんつーか、……失恋の痛みを持つ者同士肩を寄せ合おうっつーかなんつーか」


「…………………………!」


 なんということでしょう。


 『誰にも言わないようにしよう』と誓ったあの想いは、なんと かの方の弟に見抜かれていたのです!

 恥ずかしさに顔が真っ赤になりました。


「……いつから?」


「え?」


「いつからご存知だったのですか??」


「えっ、だってすごくわかりやすかったし、いつ?いつとも言われてもずっと前からとしか言いようが」


「そうでしたか……」


 机に突っ伏した私に斗真先生が慌てたように言いました。


「大丈夫!俺以外は全然気付いてないと思うから!ほんとに!」


「……言いふらさないでくださいね」


「言わないって!大丈夫大丈夫!俺を信じて」


 顔をあげると、斗真先生と目が合いました。あまり似ていないと思っていたけれど、そこに湊斗先生を重ねてしまい、やはり兄弟なのだと不思議な思いに駆られました。


「……お側にいられるだけでいいんです。湊斗先生が笑っていてくだされば、もう他に望むことはありません」


 しみじみと伝えると、一瞬ハッとした表情になった斗真先生がくしゃっと顔を歪め、目から一筋涙が流れました。


「………………わかる」


「え??」


 間抜けな声が出てしまいました。そんな私に構わず、斗真先生が私の肩をがしっとつかみました。


「……わかるよ、がっちゃん。わかる……!!」


「そばにいるだけでいいんだよね…!でさ、叶うならさ……





 来世で一緒になれたらいいなぁ、なんて思うんだよね」





 斗真先生が天を仰ぎ、涙を堪えるように目の辺りを抑えています。


「よし、ちょっと語り合おう!!俺酒買ってくるから!!」


「それはだめです────!!」


 止める間もなく、先生は駆け出していきました。毎日院内を走り回っている方の脚力には到底追いつけません。


 諦めて、深いため息をつきました。


 ……炭酸を買ってきてくださることを祈りましょう。

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