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やり直しの恋  作者: ゆり
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昔話 II

 それからというもの、湊斗先生と私はまさに二人三脚で歩んでまいりました。


 最初の1年はふたりとも右も左もわからぬ若輩者、自分たちではしっかりしているつもりでしたが、いわば行き当たりばったりの出たとこ勝負の毎日で、よくしのげたものだと、今思い出してもひやひやいたします。


 そんな中、夜遅くまで反省・検討会をしたこと、『病院経営の本』『秘書とは』などの本を持ち寄って読書会をしたことも今ではいい思い出です。(それゆえに当時は少し頭でっかちになっておりました。未熟さゆえということでお目こぼしください)


 ふたりで過ごす日々が長くなるにつれ、湊斗先生の真面目なだけではない部分も見えてまいりました。


 これは多くの医師の方がそうなのかもしれませんが、洋服や寝る場所などにあまりこだわりがないのです。

 朝出社したら副院長室のソファで寝ていらしたときは驚きました。

 お風邪を召してはいけないと思い、急いで揺り起こしました。


『あぁ、おはよう…』


『こんなところで寝ていては風邪を引きますよ』


『大丈夫、心配かけてすまない。ちょっとシャワーを浴びてそれから朝ごはんでも買ってくる』


 鈴木病院には手術を終えた医師が使うシャワー室が設置されていたのでおそらくそこで汗を流した後、院内のコンビニで朝ごはんを買ってくる、ということでしょう。


『先生、いけません。ちゃんとした布団で寝て栄養のバランスがよいものを召し上がらないと』


『あはは、大丈夫大丈夫、健康弁当というのがあるからそれを買ってくるから』


 伸びをしながら副院長室を出ていく湊斗先生。

 30分ほど経って戻ってこられたときに、お伝えしました。


『先生、提案なのですが、病院の近くに部屋を借りたらいかがですか?疲れて本宅まで戻る気力がないときにお使いになれば』


『うーーん……そうだなぁ……』


 インスタントのお味噌汁に湯を注ぎながらおっしゃいます。ふわっとお味噌汁の香りが漂い、洋風のお部屋とのミスマッチが、しかしそのミスマッチが絶妙に馴染んでいて私は少し笑ってしまいました。


『考えておく。あぁ、家賃はもちろん自分の給料から払うから』


『はい』


『……加賀山くんが、


『ご自分で探されてくださいね?』


 ちらちらと横目で私を見てきたのを先に制しました。


 まだ何も言ってない、と笑う湊斗先生。


 その笑顔を見ながら、部屋を探してもらおうと思うくらいに私を信用してくださっているのだ、と大変誇らしく思ったのを今でも覚えております。




 ーー


 ー




「がっちゃん?」


 斗真先生の声ではっと我にかえりました。


「ぼーーっとしてる」


 そう言いながら先生が私の顔を覗き込んできます。


「熱ある?」


 ぴたっと額に添えられた手がひんやりとしてとても心地よいです。手首にほんの少しの香水を振っているのか、良い香りが鼻腔をくすぐりました。


「……ありません。少し昔を思い出していただけです、ご心配なく」

「それと、不必要なボディタッチはおやめください。悪趣味ですよ」


 眉をしかめて見せ、触れていた手をやんわりと払いました。斗真先生がけらけらと笑いました。


 そう、彼は私の恋愛特性をご存知なのです。


『ねぇねぇがっちゃん』


『なんですかその呼び方』


『違ったらごめんなんだけど、がっちゃんて男好き?』


『えええなんですかいきなり!!!!』


 ずばりと言い当てられた時は私が知らず知らずそのような振る舞いをしていたのかと冷や汗が流れたものです。(実際は斗真先生は男子校ご出身のため『そーいうのなんかピンとくるんだよね』とのことでした)



「芹香さん、いい人だと思うよ」



 突然の言葉にすぐに反応ができませんでした。ばっと先生をみると、頬杖をついて微笑んでいらっしゃいました。その美貌を、光量を落とした明かりが照らします。


 そして私は己の中に失望に似た感情が広がっていくのを感じました。


「……そうですか。まぁ、先生は珍しく気が合っていたみたいですものね」


 今までの共同戦線を思い返しながら、こたえました。


 お伝えし忘れていました、共同戦線とは、簡単に言うと、湊斗先生に近づく悪いムシを退治しようという協力体制のことです。


 医師でもあり鈴木病院の副院長ともあれば異性がときめかないわけがなく。

 湊斗先生ご本人の意思に関わらず縁談が持ち込まれたり、また院内でも先生を陥落させようという不届者がこれまでに何人も現れました。

 先生はその立派さとは裏腹に少し抜けたところもおありなので、そこがつけこみやすいようでした。


 院内では私が対応できていたのですが(えぇ、それはもうあらゆる手を使って。思えば脅迫まがいのこともやりました)、持ちこまれる縁談はそうはいきません。


 そこで助けてくださったのが斗真先生でした。

 曰く『俺だって変な人に義理姉になってほしくないよ、あはは』。


 ご両親に『あの人は嫌だ』とわがままを言ってみたり、時にはご自分をエサにするなど、それこそ奮闘されたようです。


 そんな彼が言った『いい人だと思うよ』という言葉。

 まるでお役御免の引導のように感じました。


「……これまでご協力くださりありがとうございました」


「ううん、俺も楽しかったから!」


 明るくそう言った直後はっとした表情になり「ああああ邪魔ばっかりしてたから俺自分のときにうまくいかなかったんだぁぁぁ」と頭を抱えて突っ伏してしまいました。


 好きな女性を先輩医師と取り合い、敗北した斗真先生。傷はまだ癒えていないようです。


「…………………………」


「あーーーーがっちゃん仕事終わった?ちょっと飯付き合ってよ」


「気が進みません」


「えーーいーーじゃーーん、後輩を助けると思ってさーーラーメン1杯だけでいいから、ね?」


 うん?ラーメンと聞いたら断る理由はありません。斗真先生がにやっと笑い、じゃ後でね、と席を立ちました。

 それを引き止めるように、思わず聞いてしまいました。


「あのっ……」


「どした?」


 先生が目を丸くしています。




「私は、そろそろ子離れする時期だと思いますか?」




 渾身の問いのつもりでしたが、一瞬の間のあと、斗真先生があっはっはと腹の底から大笑いされました。


「ははっ、子離れ、子離れって……!そうだね、確かにその言葉が合ってるのかな……」


 笑いすぎて目尻の涙を指でぬぐいながらおっしゃいます。



「……好むと好まざるに関わらず、その時がきたら状況は変わるもの。もう時の流れに身を任せよ?」


「…………………………」



 先生の言うことも一理あると思い、自分を納得させました。

 立ち上がると、椅子がガタンと音を立て、誰もいないラウンジに響きました。

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