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やり直しの恋  作者: ゆり
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私はこの家のガン!?

 あたたかな日差しが降り注ぐ中、窓から見えるバラを眺めながら朝食後の紅茶を口にする。


 葉の上に残る朝露が、きらきらと光って美しい。


 洋風の窓枠と相まってまるで絵画のような光景に、この家の住人・夏目芹香は口角をあげた。


(うん、いい感じ。手入れを怠らなかった甲斐があったな)


「ーーーーどうだ。会うだけでも会ってみないか?」


 右から左に聞き流していた音声が、唐突に意味を持った言葉に変わる。

 紅茶のカップを置き、ゆっくりと声の主を見やった。


「一回だけでいいから。父の顔をたてると思って。な?」


 口調は優しいが、背景にごごごごご…とNOを言わせない圧を感じる。

 なに、こんなものは慣れている。

 ただこの一瞬、どうしようもなく非生産的で非建設的で大変不愉快な時間を乗り切りさえすれば、父の次の『見合い虫』が騒ぐまでの間は自由だ。

 持っていたティーカップに静かに口をつけた。


「聞いているのか、芹香!!」


 我慢の限界だとばかりに父が声を荒げた。




 あーーーーうるせーーーー




 思わず小指で耳を掻きそうになるのを必死で堪えた。

そんな私を父がびしぃっと指差して、言った。


「だいたいお前のその態度はなんだ!!人を舐めきった態度をして!!まったく!!可愛げというものがない!!!!そんなだから……」


 ……は?


 いつもは軽く流せる父の小言が、この日は妙に癇に障った。

 私が臨戦体制に入ったのを雰囲気で感じ取ったのか、そばでやり取りを見守っていた母がおろおろと間に入ってきた。


「あなた、少し落ち着いて。不用意な発言で娘を傷つけるのはいけません。芹香ちゃんも。仮にもお父様を論破しようなんて ーーーー


「お父様、少しよろしいかしら」


「……………………なんだ」


 私の氷のように冷たい声音にこれから始まる論戦を憂いたのか、父が少々たじたじになりながら、しかし威厳は保った声音で応えた。母は諦めたように天を仰いだ。


「先ほど私のことを『かわいげがない』とおっしゃいましたよね?」


「……言ったがそれが何か?」


「私の記憶が正しければ、ええ、正しいと確信していますけども、私の尊敬してやまないお父様お母様は、私が小さいときからこうおっしゃってましたわよねぇ?『芹香、王子様を待っていたらいけないよ。自分の人生は自分で切り拓くんだ。しっかり勉強するんだよ』って」


「…………………………」


「私、その教えをしっかりと守ってまいりました。ーーーーで、今です」


 反抗的で小生意気なアラフォーバツイチ女。こどもはなし。周りから『あれじゃあねぇ……』って言われてるのはよくわかってる。


 そして。


『自分の人生は自分で切り拓く』どころか、未だに実家に居座っていることは、私の人生の予定外の出来事No. 1だった。すまないね。けれど、そんな思いは強気な態度でうまく隠した。


「2つ、わかったことがあります」


 両親に指を2本立てて突きつける。知らない人が見たらピースしているように見えるだろう。ちょっと笑える。


「1つ、王子様はいないということ。これは教えが大体当たっていましたありがとうございます」


 両親が反論してこないことをいいことに、演説を続ける。


「2つ、私みたいな可愛げがない女にハッピーエンドなんて用意されていないこと」


 前回の結婚はたったの3ヶ月でピリオドを打った。盛大な結婚式を挙げたにも関わらずわずかな期間(私にとっては3年くらいの懲役刑に思えたけど)で「あはは、別れちゃった」とへらへら笑いながら出戻ってきた娘を、母はともかく、父親はあまり歓迎しなかった。


 その時に、私は決めた。


「……というわけですみませんけど、私はこの家のガンとして居座りますのでよろしく」


「ガンだなんて、そんなこと思ってないわよ……」


 母が涙目で囁いた。それとは逆に、父親の目はキランと輝いた。


「……?」


「芹香、自分をガンだと思っているんだったら丁度いい」


 あ?何が丁度いいだよてめぇ、こら。上等だ表出ろ


 こめかみがびきびきしていた私に父がにやっとして言った。


「相手は外科医だ。しかもバツイチ。気が合うんじゃないのか?うん?」


 切ってもらえ切ってもらえやーいやーい!


 こどものように囃したてはじめた父に、堪忍袋の緒が切れた。


「じじぃーーーー!!黙って聞いてりゃ調子に乗りやがってーーーー!!」


「なんだその口の聞き方は!!根性叩き直してやる!!かかってこいやぁ!!!!」


「老人でも手加減しないわよーーーー!!!!」


 うおおおおおと相撲をとり始めた父娘を見て、母が目元にそっとハンカチを当てたのが見えた。

あまりの情けなさからだったのか、それとも何十年も前の、私がまだこどもだった頃を懐かしんだのか、よくわからない。





ーーーーーー





「鈴木湊斗(みなと)ねぇ……」


 押し付けられた釣書きに一応目を通しながら、呟いた。


「お、あったあった」


『ホームページを見れば載ってるから!』という理由で写真は受け取っていなかった。

ちなみに私の写真は父親同士、ゴルフの最中にスマホで交換したらしい。


『医師紹介』の欄をカチッとクリックする。副院長の欄に彼の名前があった。リンクが貼ってあるようだったので、クリックした。


「いや、写真ないし」


 リンク先には釣り書きに書かれてある通りの経歴と、彼の専門について、そしてなんとか専門医とか色々難しい漢字が並んであって読む気が失せた。


(うんうん、頭のよい方なんでしょうね……。写真がないのは残念だったけど、アラフォーにもなって外見がどうとか言いませんよ、えぇ……)


 顔がいい男はこりごりだ。


 ツキンと痛んだ古傷は知らぬふりをし、見合いの日に向けてエステの予約をしようとスマホを手に取る。

なんだかんだ言って楽しみにしている自分に笑いが込み上げてきた。

 いや、この年で新しい知り合いが増えるって、こんなにわくわくするものなのか。何を着ていこうか考えるのも。どんなメイクをしようか化粧台を眺めるのも。なんだか新鮮だ。


 茶飲み友達くらいになれたらいいな〜。


 そんなことを思いながら、エステのプレミアムコースをタップする。

 予約完了の文字とともに、バラの花びらが画面上に舞った。

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