お花摘み
今日は校庭の花壇と長椅子がある休憩スペースで友樹と昼食を食べた。友樹は僕の手錠をいろんな方向から見て外す方法を探していたが、この手錠の鍵穴は小さすぎて爪楊枝くらいしか入らないと言った。じゃあどうやってこの手錠を外せばいいのかと聞いたら友樹は首を傾げていた。
一体御手洗さんは何を考えているのか。放課後に校舎裏で待っていると言ってたがそこで僕の手錠を外してもらえるのだろうか。
教室に戻ると、手錠を見て御手洗さんの奴隷だとからかってきたり手首が痛くないのか心配してくれる人がいたりして、いつも背景だった僕がクラスの人達と少し関係性を持てているのが不思議な気分だった。
御手洗さんと放課後二人きりで会って何が起こるのかは分からない。でも今朝は思い切って叫んで結果的に良かったのかもしれないと思っていた。
授業が終わり教室に入って来た担任の先生は、最近学校の敷地内で動物が糞尿していると言っていた。野生動物かもしれないが、もしペットを連れて来ている生徒がいるなら絶対止めるようにと言っていた。
放課後になり教室を出る時にドア付近の席に集まっていた女子に何か2、3嫌味を言われていたような気がするがそんなのはどうでも良く足早に校舎裏に向かうとそこに御手洗さんが待っていた。周りには生徒は居ないようだ。僕は慣れない作り笑顔をしながら駆け寄って行く。
御手洗さんはいつもに比べて元気がない様子で僕を見つけても俯き加減に少し手を上げただけだった。
その時彼女に何か違和感を感じつつ、僕は手錠を上げて御手洗さんに見せると言った。
「こ、これ、外してくれませんか?日常生活が不便でしょうがないんです」
しどろもどろだが僕にしては上手く話せたと思う。今度は御手洗さんはもじもじとしながら上目づかいで言った。
「お花を摘みに行ってきてもいいでしょうか?」
「え、お花、ですか?」
何のことか分からず答えに窮していると、御手洗さんは僕から少しだけ離れて背を向けスカートの中に手を入れて何か下ろした。しゃがみ込むと一瞬大きなお尻が見えた。僕は目を瞬かせて一体これは何をやっているのかと思っていると、シャーと音が聞こえて、乾いたアスファルトが黒く塗れた。一条の線が少しの傾斜を下って行った。
僕は腰を抜かした。その時になってやっとお花摘みの意味に気が付いた。だが彼女は別に花を摘みに行く素振りも無くそこに放ってしまっていることに驚愕していた。
いくら変人とはいえ僕にも許容範囲というものがある。というか、もうこの人は特殊な学級にいるべき人なのではないだろうか。急に彼女に対して醒めていくのを感じていた。
慌てて立ち上がりその場から逃げ出す。もう彼女に関わるのは止めよう。手錠はカバンで隠しながら電車に乗り家に帰った。帰宅すると母親に手錠の事を聞かれるが手錠で遊んでいたら鍵をなくしてしまったと嘘を言って誤魔化した。
次の日の朝、僕は憂鬱な気分で学校に向かう。昨日のしゃがみ込んだ御手洗さんの姿が頭から離れない。教室に入ると僕の席にいつもの陽キャは居なかった。カバンを置いて倒れ込むように机に突っ伏す。なんだか力が出ない。この世界は僕の正気を削る為にあるのだろうか?
昨日は御手洗さんと二人きりで何か楽しい事が起こるではないかと凄く期待していたのに彼女はいつも以上にまともではなかった。あまりにも酷い現実に目が潤んでくる。もういっその事このままここから居なくなってしまいたい。
後ろから誰かにトントンと肩を叩かれた。
重い体を起こし肩越しに後ろを見ると、そこには御手洗さんが居た。何故か笑顔だった。
「うわっ」
驚いて座り直す。彼女は僕の正面に来ると「昨日の放課後、私何か粗相をしてなかった?」と言った。
「粗相?そ、そうですね。逆に覚えて無いんですか?昨日の事」
「ごめんなさい。手錠は取ってあげるから」
手錠を掴み上げると、簡単に外れてしまった。
「何で?どうやって?」
「あなたは犯人ではなかったようね。なんで名乗り出たのかわからないんだけど?」
僕の方こそよくわからない。頭の中にクエスチョンマークがでている。
「あの時僕は叫びたかったんです。御手洗さんを助けたい気持ちもありました」
正直に思っている事を言うと御手洗さんは一瞬戸惑ったような顔をして微笑んだ。
「優しいのね朽木君」
僕はその顔に見とれていた。昨日の放課後の御手洗さんとはまた別人だ。
朝のHRになり先生が入って来ると御手洗さんは自分の席に戻った。
「屋上に立ち入るのを禁止したがまだ入っている生徒がいるらしい。何かのロープが地上まで垂れていた」
直ぐに友樹のロープだと分かった。あれを回収するのは無理だったのだろう。