犯人は僕
次の日の朝、いつも起きる時間に二度寝してしまったので朝食を抜いて慌てて登校しなければならなくなった。昨日は授業中に昼寝したからなのかベッドに入っても眠れず夜更かしして一人でお菓子パーティしていた。電車の中でお腹が痛くなり学校のトイレに駆け込む。本来の使用方法で個室を使うのは久しぶりだった。
スッキリとして気分が良くなったからかいつもの警戒を怠り大事な事を見落としていた。
ハンカチで手を拭きながら教室の窓側まで来ると、また陽キャが僕の席を占拠しているのに気付いた。
名前はなんだったか忘れたが、女子を意識して精いっぱい見た目を良くしようと努力している茶髪の男子が香水の匂いをさせながら言った。
「あ、朽木、座っていいよ」
座らせてやるみたいな感じで言ってるけど元々そこは僕の席なんだけどなと胸の中で呟いた。椅子を引く摩擦音で楽しくおしゃべりしていた陽キャ達は一瞬静かになり僕を見た。
この感じが嫌だ。だからいっつも避けてるんだと背中に視線を感じつつ椅子に座る。カバンを置いて机に突っ伏して寝た。
後ろでまた楽しそうなおしゃべりが始まる。チャイムが鳴り担任の先生が入って来ると皆自分の席についた。
「隣のクラスの生徒の親御さんが昨日の事故に巻き込まれて亡くなった。興味本位で聞いたり、心無い事を言う事のないようにするように」
交差点付近の車が大破して中の人が亡くなったのは知っていたが、まさかこの学校の生徒の親だったとは。友樹の顔が一瞬浮かんだが、彼の母親は車を所有していないので違うだろう。
先生が出て行くと、いつものように御手洗令子は教壇に出てきて教室を見廻しながら大きな声で言った。
「この中に犯人がいます」
少しざわついていた教室が静かになる。今日のクラスの雰囲気はなんだかいつもと違っていた。
「うるせーバカ」
横を見るとクラスの悪意ある視線が彼女に向けられていた。その一言がきっかけとなり、続けてクラスの人達が声を荒げた。
「じゃあ誰が犯人なんだよ御手洗」
「お前が犯人だろ異常者」
下衆な笑いが教室に響く。御手洗さんは悔しそうな顔をして下を向いて黙った。僕はそれを見て心配になっていた。
「御手洗、アウトーー」
また笑いが起こる。一人が手拍子で音頭を取った。クラスは一丸となり帰れコールをした。
「かえれ、かえれ、かえれ、かえれ」
室内に反響しどよめいた。今まで我慢していたものが一気に爆発したようだった。
御手洗さんは唇を噛みしめ、拳を握り震えだした。
僕は動悸が止まらなかった。とてもつらい、御手洗さんが可哀そうだ。
すると彼女は握った拳を教卓に思い切り叩きつけ大声で言った。
「だから犯人は誰なの?自首しなさい」
教室はシーンと静まり返った。
その後に舌打ちがいくつか聞こえて来た。
「バーカ」
こんな意味の無い事に彼女は何でムキになれるんだ?一体何のために?僕だったら絶対こんなの耐えられない。もうとっくに帰ってるだろう。
その時、何故だかわからないが急に興奮して体が震えだし僕は高ぶっていた。こんな気持ちは生まれて初めてだ。彼女のやっている事に僕も参加したい。
精いっぱいの声を張り上げて言った。
「御手洗さん。犯人は、犯人は僕なんですー」
大声なんて出したことがなかったので声がひっくり返って凄く恥ずかしかった。
クラスメイトは一斉に首を回して僕を見る。
体が熱くなるのを感じる。きっと僕の顔は真っ赤になっていたことだろう。
御手洗さんは切なそうな表情をして言った。
「一体あなたはどんな罪を犯したと言うの朽木君?」
どんな罪?まだ続きがあるんですか御手洗さん。
僕はこれ以上は無理だと首を左右に振って伝えたのだが、彼女は全く意に介してないようだった。
体中から汗が噴き出してきてシャツはべたべた、額から汗が垂れて来た。何を言うのかクラスメイトも興味津々のようだった。
苦しんだ末に出した答えは
「僕が御手洗さんのハートを盗んでしまったのですう」
男子は失笑した。
「マジかよ朽木…」
女子は「すごーい朽木くん」と小ばかにした感じで笑っていた。
御手洗さんは少し戸惑った顔をしていたが、腰を捻り、両手のハートマークを作ると僕に向けて言った。
「素敵よ朽木君」
教壇から降りて僕の方に一直線に歩いてきた。
僕の席の前で立ち止まると体を大きく後ろにそらせて黒板の上の時計を見た。
その時長い髪がさらりと流れた。体が柔らかいんだなあと新しい発見に喜んでいると
「8時57分確保」御手洗さんは取り出した手錠を僕の両手首にかけた。そして僕の耳元に顔を近づけ囁いた。
「あなたが犯人だったとはね朽木君、放課後校舎裏で待ってるから」
全然意味が分からない。でもミントの匂いが混じった彼女の吐息が鼻孔に入って来て僕は上気していた。
そのまま御手洗さんは自分の席に戻って行く。あれ?まさか手錠はまさかずっとこのまま?僕は両手を上げ後ろを見る。御手洗さんはもう席に座っていて真っすぐ黒板を見ていた。
僕の手錠にクラスの注目が集まり「マジあいつやべーな」
ざわさわと悪意の波が大きくなってくる。僕は自分の両耳を指で塞いでいた。もうこれ以上何も聞きたくなかった。
じっと耐えていると数学の教師が入って来て後の事はよく覚えていない。
昼休み、弁当と水筒を持って廊下に出る。友樹がにやけながら僕を待っていた。
「クッチー、聞いたよ。今日は大活躍だったそうじゃないか、俺のクラスも君の事で盛り上がってたよ」
悪事千里を走る。でも僕は犯人だからしょうがないと思うしかなかった。
友樹に手錠を見せる。
「これ、君の開錠スキルでなんとかならない?」