友樹
端まで行こうと言うので頷き、僕たちは屋上の入り口から向こう側まで歩いて手すりを背にして腰掛けた。風が無く暖かい日差しが当たって気持ちの良い天気だった。
弁当箱の蓋を開けながらさっきの事を聞いてみた。
「なんで鍵開けなんて知ってるの?」
友樹は空を見上げて言った。
「いつか義賊になる。その為だよクッチー」
友樹のいつもの話。それは僕の妄想と同じくらいの良く分からない話だった。
友樹の家は母子家庭で妹が一人いる。母親のパート収入は少なくいつも貧乏生活だった。悪い事をして金を稼いでいる奴等から金を奪い取って貧しい人達に分配するんだと言い出した。金持ちへの嫉妬なのか良く分からないが理解できない。
僕は心配になり「それはただの泥棒だよね。分配とか君が決める事ではないでしょ」
そう言うと友樹はつまらなそうな顔をした。
だから最近は何も言わずに友樹の話には適当に相槌をうつようにしている。僕は平和主義者なので気まずくなるとすぐ引いてしまう。おそらく友樹は義賊になった自分を妄想して楽しんでるだけだろう。泥棒なんてするはずがない。この話をするのは僕だけだということなので、他人には話さないほうがいいと言った。
弁当を食べ終わると、あまりにお日様が気持ちがいいので大の字になって空を眺めて寝ていた。午後の授業に出たなくないなと思ってると重い扉が開く音が聞こえた。
「屋上に入ってるのは誰だ?」
声が響いて僕たちは飛び起きた。
目の前の換気装置から少しだけ顔を出して見ると、生活指導の竹丸が屋上を見回していた。
「ど、どうしよう友樹。学校で僕たちが問題になっちゃうよ」
友樹は何故か冷静だった。
「まかせとけクッチー。こんなこともあろうかとそこの柵には策があるんだ」
ダジャレを言い始めた。でも友樹が微笑んでいる時は大抵上手くいく時だ。
友樹は手すりから輪の状態に結んだロープを引っ張り上げた。
「それで何するつもりなの?」
友樹は結んでいたロープをほどきながら言った。
「良く聞いてくれクッチー。いまからこのロープで地上まで降下する。職員室に行って竹丸を呼び出すからその時君は屋上から逃げるんだ」
「降下?その細いロープで下までいくの?そんなの無理だよ、止めた方がいい。怒られてもいいからそれは止めよう」
「大丈夫だクッチー、住んでるアパート近くに裏山あるだろ?あそこでいつも俺は懸垂下降の練習しているんだ。だからきっと上手くいく」
「練習?何のために?」
「義賊になる為だ。いやそれは今はいい。クッチーは竹丸がこっちを見てないタイミングを合図してくれ。直ぐに手すりを越えて降りるから」
友樹はロープを足の間から後ろに通し腰で回し肩にかけるようにした。
「ロープだけ?登山なら金属の輪っかとかの安全装置がいるんじゃないの?」
「大丈夫だ、君は竹丸だけ見ててくれよクッチー」
「もう、わかったよ」
友樹は一度言ったら聞かない性質だ。僕は説得するのを諦めた。
竹丸は屋上中央の手すりの近くに行き中腰に屈んで何かを見ている。転がっている空のペットボトルを見つけたようだ。
「こっちを見ていない、今だ、友樹」
「よし」
手すりを跨いで友樹は視界から消えた。すぐ柵から身を乗り出して無事を確認したいと思ったが、竹丸に見つかってしまったら友樹の行為が無駄になってしまう。その場に座って友樹の無事を祈り校内放送を待つしかなかった。
少しだけ顔を横に出して見ると竹丸がこっちに近付いてきている。
「友樹早く、友樹」
手を組んで祈る。
竹丸の足音が直ぐ近くまで聞こえて来た時に校内放送が流れた。
ピンポンパンポーン
『竹丸先生、至急職員室までお越しください』
「なんだ?なにかあったのか?」
足音が遠ざかっていく。竹丸は屋上を去って行った。
あと数秒遅かったらアウトだった。ほっとしてその場に脱力していると予鈴が鳴り慌てて教室に戻る。午後の授業は疲れていたのか妄想する気力もなくずっとまどろみの中にいた。
放課後、友樹の無事を直接確認したくて隣のクラスに会いに行ったが、既にHRは終わっていて友樹は帰宅していた。恐らく帰って妹の面倒かバイトだろう。
僕はいつものように一人で電車に乗り帰途につく。大丈夫?怪我なかった?と友樹にメッセージを送ると、怖かったけど無事に下りられたよという返事が返って来た。親指を上げたなにかのキャラのスタンプがついていた。
帰ってニュースを見ると朝の事件は地下に溜まったガスが爆発したらしいという事だった。どの局もネットもその話題で持ちきりだった。