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御手洗令子

教室の扉を開けて自分の席が目に入った時僕は嘆息した。


クラスの陽キャ共が僕の席を占拠して楽しそうにギャル風な女子を交えおしゃべりしてたからだ。踵を返し一階のトイレに駆け込むと個室の中から鍵を掛ける。便座に座り安堵の吐息を漏らす僕。


おじいちゃんに買ってもらった千円の腕時計を見るとホームルームまであと10分だった。


ここで少しだけ時間を潰せば僕の席から陽キャ共が居なくなってるはずだ。長針を見ながらボーっとしてるといつの間にか時間は過ぎていてチャイムが鳴った音ではっと気が付いた。HRが始まってしまう。慌ててトイレを出て担任の先生の背中を追い越すと自分の席に滑り込んだ。


出席を取った後、先生は今朝、繁華街で爆発、多数の車が大破するという事件があった事を話した。君達も変な事に巻き込まれる前に早く帰宅しなさいと言って教室を出た。


扉が閉まるとクラスがざわつき各々スマホを取り出し事件について調べ始めたようだった。僕はその様子を横目で見ながら一時限目の教科書とノート、筆記用具を机の上に出した。


その時、机の列の間を足早に通り過ぎていくような気配があった。いつものやつが来たと僕は憂鬱になった。


御手洗令子は教卓を両掌で勢いよく叩くと大きな声で言った。


「この中にお医者様はいませんか?」


朝のホームルームと1時限目の短い時間の間に必ず教壇に立ち、訳の分からない事を言って失笑を買うというのが彼女のルーティーンだった。


一瞬だけクラスの視線が彼女に集まったが直ぐに違うところにいってしまった。今日は爆発事件を近くの席の生徒と話すのに忙しいようだ。


御手洗令子はムードメーカーとか人気があるというわけではなく、ただの変人ではっきりいうとクラスの嫌われ者だった。


男子からも女子からも陰口を叩かれいつも無視されているような状態なのだが、彼女が凄いのはそれでも意味不明なことを止めようとしないことだ。


僕は教壇に立っている彼女をまじまじと見る。彼女は嫌われ者だが、僕自身はすごいタイプなのだった。


艶のある長い髪、前髪は目の上で揃えられて品のあるお嬢様のようにも見える。顔が小さくやや吊り眼でまつ毛は長い。三白眼の冷たい眼で見られるとゾクゾクとする。身長は僕より数センチ高い。普通の女子よりはずっと高いだろう。


肉肉しい感じと言うか、それは決して太っているということではなくて、学生服の上からはどうなってるのかよくわからないが、グラビアに出て来る人のように凄い体をしているのだろうと思う。男に好かれるような容姿をしていると思うのだがうちのクラスの男子は御手洗令子をいつも汚らわしいものを見るような目で見ている。

何でこんなに嫌われているのだろうか。昔からそうなんだろうか。僕は中学の時の彼女を知らない。


思い切って奇行を止めなさいと言いたい。毎朝クラスの悪意のある表情や発言が彼女に向けられているのは僕には辛い。だけど、話しかける勇気が無い。女子の目なんてまともに見れないし会話する自信がない。


御手洗さんが教室を見廻した時、僕と目が合った。考えていることが見透かされているような気がして直ぐに視線を逸らせた。


一時限目のチャイムが鳴り国語の先生が入って来ると、御手洗さんはすまし顔して自分の席に戻る。ざわついていた教室も静かになった。


教科書を開いて授業に集中しようとするのだが、気が付けば僕の頭の中はまた御手洗さんとの妄想になっていた。


僕が騎士で御手洗さんが王国の姫様なら僕は命を懸けて彼女を守るだろう。悪意を向ける輩を斬り捨てる。いやいやそうじゃない。御手洗さんが騎士で僕が姫の方がいい。あの体で思い切り僕を抱き締めて欲しい。あの腿で膝枕をしてもらいたい。そのまま耳かきして貰って、彼女の手作りのお弁当を食べさせて欲しい。とにかく彼女といちゃいちゃしたい。


そうしてるうちにいつものように鐘が鳴り授業が終わる。小休憩は楽しそうにおしゃべりするクラスメイトをよそに机に突っ伏して寝るか、トイレの個室でくつろいで、また次の授業を妄想タイムに費やす。


これが僕、朽木良夫の悲しい学校生活である。


僕は真面目そうに見えて勉強が全然出来ない。運動も音痴、音楽や絵も苦手。自分で言いたくないが何の才能もない。だから部活になんて入ろうと思わない。


君は顔も中身も藤子F先生作みたいだねと友樹に言われたことがあるが、僕はA先生の主人公みたいになれるように頑張るよと返した。


午前中の授業が終わり昼休みになると、いつものように水筒とお弁当箱を持って廊下に出る。今日は隣のクラスの方が早く授業が終わったようで菓子パン一つ持って友樹は掲示板の前で待っていた。


僕を見つけると友樹は微笑んで「天気がいいから屋上で食べようよクッチー」と言った。


クッチーというあだ名で呼んでくれるのは彼くらいだ。友樹は僕の幼稚園からの幼馴染で昔から何をやっても駄目な僕をいつも心配してくれている。


お昼を一緒に食べるようになったのは、クラスに友達がいない僕を気遣って友樹は隣のクラスからわざわざ来てくれるようになったからだ。今では二人で食べるのが当たり前のようになっている。


友樹は僕と違ってクラスに友達が居るし、女子とも普通にしゃべったりしている。本当は昼休みに自分のクラスでわいわい食事したいんじゃないかと思うと僕は申し訳ないような気がしてくる。


階段を上っていき屋上に出る為の床スペースに出ると友樹は扉のノブを回した。だが開かないようだった。僕の方を見て言った。


「そういえば屋上を使うのは禁止にしたんだっけ」


僕もHRで先生に聞いていた事を思い出した。


僕たちの高校は生徒に屋上を開放しているのだが、マナーの悪い生徒が菓子袋やごみを屋上に放置して問題になった。注意しても止めなかったので先生方が話し合いをして生徒が屋上に出入りするのを禁止にした。みんなは怒ってゴミで汚したのは誰なのか特定しようという動きもあったみたいだけど、結局誰だったのかはわからなかった。


僕は軽く嘆息すると階段に向き直って下りはじめた。


「待ってクッチー。今開けるから」


友樹はそう言ってポケットから何かを取り出した。針金の様な細い棒を両手に持ち直し鍵穴に差し込むと複雑に動かし始めた。


友樹が頑張っているのを五分くらい待っていると


「やった」


扉が開いた。


「すごい、すごいけど」


何で友樹はこんなことを知っているんだろうか。何か腑に落ちなかった。



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