狩野トーマス
林立するビル群。専門店が立ち並ぶ繁華街中心の交差点で信号待ちをする人達はただならぬ獣の様な臭いにむせていた。
一体どこからこの悪臭はしているのか。周りを見廻し自分の鼻を頼りに臭いの元を探るがわからない。
信号機が青になり歩き始めると臭いが更にきつくなる。歩行者は顔をしかめ歩くのが困難な様子であったが、ついに前方の大男が臭いの発生源があると突き止めた。悠然とやって来る大男はボロボロの道着から生えている丸太の様な腕を前後に振り、脇の下から鼻の曲がるような強烈な悪臭をまき散らしていた。
耐えられず途中で引き返す歩行者たち。途中で躓き、悪臭スポットに取り残された若い男は顔をゆがませながら目の前の大男を指さし叫んだ。
「あっ、狩野トーマスだ」
最近狩野トーマスはテレビに引っ張りだこで画面をつけて見ない日はない程であった。
バラエティ番組に素人出演した時に宇宙人とトーマスという一人芝居コントのような事を始め、自分は最強の人間だから宇宙人が攻めてきても必ず地球を救うと言ったのがウケてブレイクした。
周りは狩野トーマスのキャラを面白がって色々と質問攻めにしたが、本人は面白い答えなどしている気は全くなく、至って真面目にカメラ目線で宇宙人を殴り倒す方法と言って笑いが起こった。
怒りで脇が異常に臭くなると打ち明けた話もスタジオで大うけだったのだが、まさかそれが本当の事だったとはその場に居る者達は誰も思っていなかったであろう。
地面に突っ伏し、喘ぐ男を見ながら狩野トーマスは片腕を上げて自身の脇を嗅いでみた。
「くっさ」
だが、狩野トーマスはきつい香水でごまかしたり、違う成分と反応させていい匂いに変化させようという気はさらさらなかった。
誰もが逃げ出す程の、この激臭こそが己の怒りが極限まで高まっているという証だからだ。
「ジェット待っていろ。必ずお前を助けてやる」
交差点の真ん中で立ち止まる狩野トーマス。赤帯を締め直し拳を固く握りしめる。前方の横断歩道信号機が瞬き出すと他は誰も居なくなった。
3車線の信号機が青に変わった時、一斉にクラクションが鳴った。
だが、狩野トーマスは何事も起こっていないかのように涼しい顔で上を向いて目を閉じ研ぎ澄ませていた。
宇宙人の殺す方法30余、ショート動画は全て視聴者数三桁行かなかったことが頭をよぎる。煩悩よ去れと、心で叫んだ。
大きな音がし、見ると狩野トーマスの目の前でポップコーンが弾けるように車が次々と宙を飛んでいた。