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7 まほろばの小嶌①

 波に小型のクルーザーが飲み込まれ、美雨が海に拐われると、辺りは急に濃霧が立ち込めてきた。

 波は穏やかになったが、視界は不明瞭(ふめいりょう)で海が不気味に見える。

 由依と穂香は、お互い抱き合って波に消えた、親友の名前を呼びながら泣いた。

 大地は、船を出した叔父の勝己に、やり場のない怒りをぶつけるように掴みかかり、それを樹が、必死にとめに入って揉み合っている。

 霧が出てから、何度も海上保安庁に無線で連絡しているが、ザーザーという砂嵐の音が響くだけで、全く繋がらないという。


「………美雨」


 陽翔は、自分でも驚くほどショックを受けて座り込み、うなだれていた。親同士が仲が良いというだけで、子供の時に押し付けられた、大人しい性格の美雨。

 疎ましく感じる事の方が多かったのに、波に飲まれる瞬間、手を握れなかった事を後悔し、同時に喪失感を感じた。

 大人しい性格の美雨が断らないのをいい事に、宿題を見せて貰ったり、課題を押し付けた事もある。だが彼女は、嫌な顔一つせずに親切にしてくれた。

 彼女と疎遠になった時も、自分から連絡すれば、いつでも幼なじみの美雨は味方になってくれる、都合のいい女だと思っていた。

 小さい頃から、陽翔は彼女の気持ちを知っていながらも、彼女と別れてから、狙っていた可愛い穂香にアプローチをするため、幼なじみを利用してしまったのだ。

 美雨はそれでも、文句を言わず陽翔のために動いてくれるとわかっていたから。だが、無人島に行こうと誘わなければ、彼女は波に飲まれて死なずにすんだ。

 

「ねぇ、島が見えてきた! 無線が繋がらないなら、無人島から連絡できないの? パンフレットに、キャンプサポートの現地スタッフがいるって書いてたし」

「ああ、だが……あの島は、君たちが向かうはずの無人島じゃないみたいだ。見た事がない島だな。瀬戸内海のどこだろう。人が住んでいる島かもしれないよ。助かった」 


 穂香が指差し、勝己が濃霧の中で目を凝らしながら船を進めると、安堵したように言う。しかし、次の瞬間に大きな岩に当たるような音がして、船はそのまま砂浜に座礁した。

 一同が濡れた体を震わせながら、島に降り立つと、徐々に濃霧が晴れてくる。

 前方を見ると、まるで彼らを待っていたかのように、ずらりと着物を着た老若男女がこちらをじっと見ていた。髪型は、現代風だがいくら田舎とはいえ、全員が和装なのに妙な違和感を覚える。

 今日は、この島の祭事なのだろうか。


「良かった、人がいる! おーい!」

「船が座礁してしまったんです! 女の子が一人、海に落ちてしまって、救助要請をお願いしたいんです。無線か電話で、海上保安庁に連絡を取りたいんですが……!」


 とにかく、安堵した一同は島民だと思われる人々に駆け寄っていく。一番年長者であり、クルーザーの所有者である勝己が、彼らの先頭にいた、巫女の格好をした老婆に声をかけた。

 老婆は、柔和な表情で微笑み出迎える。


「あんたら、吉備穴渡神(あなわたりのかみ)様の波に飲まれたんだねぇ。こんなに多くのマレビトが島に来たのは初めてだ。まほろばの小嶌(こじま)によう来なすった」

「は、はぁ……マレビト……ですか」

「えぇ、ええ。でも……、どっちのお嬢さんが『嫁御寮(よめごりょう)』なのかねぇ」


 老婆の要領を得ない難解な答えに、勝己は困惑した様子で受け答えし、首を傾げた。老婆は穂香と由依をじっと交互に見ていたが、背後にいた孫と思われる少女がハッと顔をあげて、老婆の服を引っ張ると島民たちがそれを合図に、深々と頭を下げる。

 反射的に、一同がそちらの方向を見ると同じように頭を下げた。

 一度出逢ったら、忘れられないほど端正な顔立ちをした美青年に、海に投げ出されたはずの美雨が抱きかかえている事に驚いた。


「美雨!」

「望月さん!」

「美雨っ、大丈夫なの?」


 陽翔と大地が叫び、穂香と由依が泣きながらその場に座り込む。美雨は気を失っているのか、反応はない。美雨の唇は青ざめたいて、体は濡れているが素足は血色が良く、生きているように思えた。

 その場から、友人たちが動けないのは彼が放つ、独特の雰囲気のせいだろうか。

 厳かで美しく、神域に対する畏怖(いふ)にも似た感情で、なんとか命だけは無事だった親友に駆け寄る事ができない。


「――――大丈夫だ。彼女は無事だが、体が冷えている。八重(やえ)、風呂の用意をしろ」

「かしこまりました、悪樓(あくる)様」


 美青年は、静かな落ち着いた声音で彼らの質問に答えた。そして、八重と呼ばれた老婆が再び深々と頭を下げる。

 美雨を抱いたまま、悪樓(あくる)という男が、その場から立ち去ろうとすると、弾かれたように穂香と由依が駆け寄る。

 陽翔と大地が、彼女たちに続こうとした瞬間、なぜか数人の村人たちがやんわりと立ちはだかり、頭を振った。


「あ、あの、美雨をどこに連れて行くんですか。病院ですか? この子ちゃんと息はありますか、怪我はしてないですか?」


 悪樓は立ち止まり、不安そうにする穂香をちらりと見下ろす。その瞳は海底のように冷たく、見つめられると背筋がゾクリと寒くなる。端正な顔立ちには引き込まれてしまうが、この人にうかつに話しかけたり、触れてはいけないような気がして硬直する。

 隣りにいた由依は、研ぎ澄まされた美しい神刀のような彼を、ポカンとした表情で見ていた。


「――――美雨は大丈夫だ。じきに意識を取り戻すだろう。お前たちも、荒波を越えて来たのだから、疲れたはずだ。村人たちのもてなしを受けると良い。彼女は私の屋敷で面倒を見る」

「さぁさ、ひとまず皆さん、体が濡れていらっしゃるので、風呂に入って温まって下さい。着替えの着物を用意しましょう」


 悪樓の言葉と村人たちの言葉はあまりにも説明不足で、納得がいくようなものではない。けれど、穂香と由依は動くことが出来ずに、立ち去る彼を見送る事しかできなかった。

 全員、海水で濡れ体がベトベトしており、気温が高いはずだったのに、この島は秋を感じさせるような気候で、肌寒かった。

 彼らは、人の良さそうな笑顔を浮かべるこの島民たちの厚意を受ける事にした。

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