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30 無名の小説家④

「――――美雨、どうしたのだ。大丈夫か」


 穏やかな声がして、美雨は現実の世界に引き戻されると、泣きながら背後を振り返る。いつの間にか深夜まで、美雨は読書をしていたようで、灯りをつけたまま、まだ就寝していなかった美雨を心配し、悪樓は声を掛けた。

 泣いている美雨を心配したように、悪樓が彼女の傍に寄ると、指先で彼女の涙を拭う。美雨は、反射的に悪樓の首に抱きついた。

 動じることもなく、悪樓は美雨を抱きとめ柔らかな髪を撫でてやる。本当に自分は華姫の生まれ変わりだろうか。もし、別の人が彼女の生まれ変わりなら『嫁御寮』とは呼ばないだろう。

 前世が彼の愛しい人だから、こうして慈しむように、自分を愛してくれるのだろうか。


「お帰りなさい、悪樓さん」

「嗚呼、ただいま。美雨」

「悪樓さん……私を抱いて下さい」


 美しくて悲しい記憶。あれは運命の恋。

 前世で結ばれていた愛しさとは別に、過去の自分への、嫉妬のようなものを感じる。

 まるで子供のように、華姫の生まれ変わりではなく、美雨として悪樓に愛されたいと願っている。けれど、華姫の辛さや、彼に対する愛しさも心の中に溢れて、まるで自分の体に二人分の想いが宿ってしまったかのように、感情を整理しきれない。


「薫の本を読んだのだな。それは……駄目だ。社できちんと祝言を挙げねばならぬ。嫁御寮、貴女が私の異形(ほんとう)の姿を見ても、私を恐れずにいられるか。私は美雨と夫婦になるのを、心待ちにしているが。これでも毎度、不安になるのだぞ」

「悪樓さん……私、思い出しました。私、悪樓さんが好き。華姫と同じくらい、ううん、それよりも、貴方のことが好きです」

「美雨、そう、私を煽るな……。貴女を今すぐにでも抱きたい。けれども、神に愛されると言うことは……この先、他の人間よりも寿命が短くなるのだ。貴女の心がきちんと定まってから、誓わねばならぬ。美雨は私の特別なのだから」


 美雨がゆっくりと体を離すと、悪樓の唇が美雨の唇に重なる。小嶌に導かれた華姫の生まれ変わりの人々に、彼はいつもこうして、確認を取るのだろうか。きっと全員が、迷いなく悪樓と夫婦になると答えたことだろう。

 それに、悪樓は自分をこの島から絶対に逃さない癖に、それでも美雨に嫌われてしまうのを恐れている。命を削る、という言葉さえ、彼女に伝えるのを躊躇しているように思えた。

 あれほど威厳がある悪樓の、弱い部分を見られたような気がして、なおさら愛おしくなる。


「私、困らせちゃいましたね」

「美雨。貴女が薫の小説を手に取った時、その偶然、いや必然と言うべきか、驚いたものだ。薫もまた、華姫の生まれ変わりだったからな。初めて男に生まれ変わり、彼は私の妻にはならなかったが、無二の親友になって楽しい時間を過ごせた」

「萩原さんも……?」


 美雨は、小説を読み進めていくにつれて、萩原薫が悪樓に強く惹かれていることが、手に取るように分かったのでストンと()に落ちた。まだ、最後まで読み終えていないが、彼がどうしてあの小説を後世に残したのか、美雨にはそれが分かるような気がする。

 悪樓の冷たく綺麗な指先が、押し倒された美雨の指に絡まった。


「美雨、私の嫁御寮。貴女は華姫に嫉妬したのであろう? 愛らしいな……私は、貴女が子供の頃から、遠く離れた海で見守ってきたのだ。貴女が思うよりも私は、貴女を見て理解してきたつもりだし、愛しているのだよ」

「悪樓……さん、それは、ずるい……です」


 耳が熱くなるほど、赤面した美雨は消え入りそうな声で言った。大きな体が重なって、綺麗な髪がさらさらと流れて畳に落ちる。お互いの存在を確かめ合うように、美雨はぎゅっと指に力を込めた。

 

(幸せすぎて嘘みたい。もう、何も怖くない。悪樓さんしかいらない。悪樓さんが大好き)


「悪樓さん、今夜は悪樓さんを感じたいんです」

「貴女の無垢な誘いは罪深い。私がどれだけ我慢しているのかも知らずに、酷いものよ」

「だ、だって」

「美雨。どうせならば今しかできぬ戯れをしよう」


 そう言いながら、悪樓と美雨はお互い一つになれることを恋い焦がれ、互いの温度を感じるように強く抱きしめ合った。




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