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3 夏休みの旅行①

 スマホのバイブ音で、美雨は我に返るとラインを開く。メッセージは、陽翔からだ。

 高校を卒業して、隣町に引っ越した陽翔とは一年間、疎遠(そえん)になっていたが、最近またちょくちょく、ラインで連絡を取ったりするようになった。


『美雨、夏休みに岡山に行かね? 大地の実家があるんだよ。あのさ、ほらお前の親友の由依(ゆい)ちゃんと穂香(ほのか)ちゃんも誘って旅行しよ。確認だけど穂香ちゃんって、まだ彼氏いなかったよな?』

『おはよう、陽翔くん。松山くんの実家って岡山にあるの? わかった、由依ちゃんと穂香ちゃんに声かけてみる。うん、えっと、今は穂香ちゃん、彼氏いないんじゃないかな』

『おーし! 大地の実家のあの辺り、離島もたくさんあるからさ、無人島にキャンプでもいいよなー。(いつき)くんも来るし、由依ちゃん喜ぶんじゃね。あ、そうそう大地、お前の事気になってるみたいだし、そろそろ彼氏作れよ』


 美雨は溜息をついた。

 陽翔からひさしぶりに連絡が入った時、ほんの少しだけ、美雨は期待をしてしまったからだ。あれから、人を好きになるのが怖い。

 だけど、ずっと子供の頃から好きだった陽翔だったら、影であんなふうに言われていても、ほんのわずかな希望を抱いてしまう。


(私、まだ陽翔くんの事が好きなんだな)


 だけど、陽翔が気になっている相手は美雨の親友の穂香だった。

 淡い恋心も粉々に砕かれてしまった気分になる。陽翔の無神経さに傷付きながら、彼の願いを叶えたくなる自分に、少しうんざりしていた。そして、私は穂香ちゃんにメッセージを入れる。


『穂香ちゃん、あのね。陽翔くんの友達の松山くん、実家が岡山で民宿やってるんだって。夏休みにみんなで遊びに行こうって話してるの。観光地もあるし、海で遊べるし、離島も多いから、そこで一日貸し切りキャンプもできるみたい。由依ちゃんは行くって。どうする?』

『え! めっちゃ楽しそう。美雨も行くよね? 陽翔くんがいるとか嬉しい。彼女と別れたって聞いたし、フリーだよね? いくいくー!』


 穂香も、まんざらではない様子だった。

 おたがい高校の時から気にはなっていたけど、その時には二人とも恋人がいてタイミングが合わなかったんだろう。

 大事な親友のためなら、恋の架け橋になってもいいと思う。けれど、美雨の憂鬱な気持ちは晴れなかった。


(穂香ちゃんと、陽翔くんならお似合いだよね。二人の幸せを願ってるんだから、応援しなくちゃ。私、いつまでウジウジしてるんだろう、やな女)


 美雨は、イヤホンを両耳につけると深海の音を表現した『ASMR』を聞いていた。両耳から聞こえる、ぶくぶくという人工的に作られた不思議な水音が、いつも気持ちを落ち着かせてくれるから。

 美雨が目を閉じると、やがて車両は空想の海の中へと入っていく。

 ふわりと水圧に揺れる美雨の髪。

 吊り革を持つ背広姿の会社員。

 前に座ってゲームをする大学生。

 子供連れの主婦の間を、大小様々な色とりどりの魚たちが泳ぎ、泡が流れていく。

 大きなエイや綺麗な海月が美雨の想像の中で泳いでいても、もちろん電車に乗っている人たちは気にする事もなく、読書をしたり、スマホをいじったり、会話を楽しんでいた。

 子供の頃から美雨が現実逃避をする時は、いつも、この空想の海の世界だった。

 海はまるで、母親の胎内のようで安心できる。

 ただ、いつもと違ったのは、見慣れない大きな魚が美雨の前方をゆっくりと通り過ぎた。

 水流にたゆたう、あの人がそこにいて美雨をじっと見つめていた。


 ――――美雨。


 静かな低い声で名を呼ばれると、冷たい指先が頬に触れ、まるでキスするように鼻先まで顔を近づけられ、動けなくなる。

 間近で見た彼は、この世のものとは思えないほど美しく高貴な香りがした。

 思わず美雨は驚いて、大きく体を震わせると目を開く。


(今のなんだろう。なんか、勝手に頭の中に入られたみたい――――)


 斜めにいた女子高生たちが、こちらをちらりと見てクスクスと笑っている。空想しているうちに変な夢でも見たんだろうか。

 ちょうど、降りる駅についた美雨は頬を赤くさせながら鞄を抱きしめると、急いで電車から降りた。



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