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28 無名の小説家②

『不思議な島民たちだ。人はいいがモダンじゃあない。田舎特有の『夜這い』の文化もある。島民たちは外から、私のような人がやってくると因習を行う。これはよその人間を神として扱う、マレビト信仰からきているのだろう。私は、彼らにもてなされ、睦み合った。閉鎖された島では、近親交配で血が濃くなるものだ。私には妻も子もいたが、もうこの島から出られないと腹を括り、女を抱いた』


 そして『私』が、この島の出来事、発展、日常を日記のように記しながら、村人たちと暖かな交流をする様子が書かれていた。

 この物語の主人公は、恋愛に関しては軽薄さを感じたけれど、性格は明るい。作風としては、大正時代にありがちな、作家自身の恋愛を描いたインモラルさがある。

 そんな中で物語は、この島の網元である美青年と『私』との交流が描かれていた。彼への神秘性や親しみやすさや、信頼関係などが綴られていた。


「この主人公、この島で色んな人と恋に落ちてるなぁ。最後は誰に落ち着くんだろ。網元の美青年は、すごく悪樓さんの雰囲気に似てる。他の村人たちより親しくて……親友なんだ」

『島の女たちは美しく、天真爛漫な女から艶やかな女に至るまで、私を飽きさせなかった。まるでここは恋の楽園島かしら。けれども私は、次第に彼と過ごす時間の方が長くなっていた。断っておくが、私は男色家ではない。彼は竹馬の友である。彼との時間は女と過ごすより、あっという間に過ぎていく』


 不思議な小嶌を舞台にした、恋愛小説と思っていたが、網元の美青年と『私』が親しくなっていくにつれて、強く惹かれ島の歴史や彼についての謎が紐解かれていき、耽美小説にも思えてきた。


『この島に辿り着く前に、彼岸入りには船を出すなと言われた。穴渡神、つまり悪樓が海に現れて連れて行かれ、戻ってこれなくなるという迷信があったからだ。実際には、海に飲まれてここに辿り着いた人間たちは、網元の青年に助けられ、共に生きているのだ。それもいい、外の世界は戦争の足音がしていた。時が止まったような世界は、私のような物書きや、忘れ去られた人々の安住の地だ』


 美雨は、食い入るように読み進めた。間違いなく網元の美青年は、過去の悪樓なのだろう。飾らない二人の会話を読むたびに、知らない彼の姿を垣間見ることが出来て嬉しい。

 萩原薫から見た悪樓は、美雨には新鮮だった。


『彼から不思議な話を聞いた。魚が採れなくなると、本土の人間たちは海に棲む穴渡神のために贄として花嫁を沈める。その多くは海に飲まれて死ぬ運命にあるが、もう何百年も前のこと。偶然、彼岸入りの日に一人の美しい姫君が贄にされた。なぜ彼女が選ばれたのか理由は分からないが。花嫁衣装を着た彼女が、船に乗せられやってきたという』


 その一行を読んだ瞬間、あの神楽殿で見た自分そっくりの女性が頭に浮かび、まるで映像を見ているかのように過去へと場面が切り替わった。

 穏やかな凪の夜の海、大きな満月。波の音に琵琶法師の悲しい旋律。先頭の船にはうなだれた黒髪の美しい姫君と、船頭、そしてお付きの武士がついていた。

 彼女の周りには三(そう)の船が居て、それぞれ松明を持った、沈痛な面持ちをした武士や船頭、琵琶法師が乗っている。



 ――――お許し下され。姫様。

 ――――このまま尼寺へと向かい、貴女様を逃がすつもりでした。

 ――――いいえ。もう決まったこと。民のためならば恐ろしくはありません。けれど、せめて妾の首を持って帰って、お寺で供養して頂きたいのです。


 入水するのが恐ろしい。化物に喰われるのはもっと恐ろしい。

 ひと思いに首を斬って、せめて首は持ち帰り、海に体を沈めて欲しいと懇願する姫君に、共に船に乗っていた武士の一人が彼女に刀を持って近付いた瞬間。静かだった海が急に荒れ、波が大きく下から三艘の船を突き上げたかと思うと、姫君の周りにいた船が転覆した。

 突然のことで、刀を持って立っていた武士も船頭も、悲鳴を上げる間もなく、大海原に体を投げ出されて、波に飲まれていく。

 悲鳴を上げ、目を瞑り、船にしがみついていた姫君だったが、気がつけばいつのまにか海は元の静かな海に戻っていた。何かが水面から顔を出す音がして、姫君が目を開けると、穏やかな声がした。


 ――――華姫。贄に選ばれた哀れな娘か。

 ――――貴方様は……?

 ――――私は、悪樓。穴渡神とも呼ばれる。


 月光で光る銀の髪が海の中を漂い、先端は赤いヒレのように揺れている。まるで人魚のように船に手を掛けると、水に濡れた透き通るような白い裸体を見せた悪樓が、姫君を見ていた。

 彼女は、怯える様子もなくじっと美しい悪樓を見つめていた。いつのまにか美雨の視点は華姫と呼ばれた彼女と重なり、悪樓を見つめ返し名前を呼んでいた。


『悪樓……様……』


 船に乗った彼の鱗は、みるみる間に無くなり髪は結われ、気品のある礼服を着込んでいた。今の紋付袴とは異なるけれど、間違いなくその姿は悪樓だった。



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