第9話 ドラミュアという国
俺は屋敷に入った。老婆と少女が俺の前に座った。
「まず、ここはドラゴンと心を通わせる国、『ドラミュア』じゃ。そしてお主はこの国の神器、『龍心』に触れたんじゃ。これに触れるとドラゴンと心を通わせることができる。さっきルートと喋れたのもそのおかげじゃ」
「えーっと?」
神器って何だ。龍心? ルート?
「ルートって……?」
「お主をここまで連れてきたドラゴンの名前じゃよ」
「つまり僕は神器の龍心に触れて、ドラゴンと喋れるようになったということですか!?」
「そうじゃ」
「いやいや、神器ってそもそもなんですか?」
「お主、神器を知らないと申すか。神器は国を形成する重要な魔道具のことじゃよ。お主の国にもあったはずじゃ」
神器なんてあったかな。もしかしたら国会議事堂の一番奥にあるのかもしれない。いやない。
「知らぬならそういうものじゃと飲み込んでくれ」
飲み込むにはまだ咀嚼しきれていない。
「ちょっと気になったのですが、ドラゴンと心を通わせる龍心に触ったのになんであなたとも話せるんですか?」
老婆の説明だと人間と話せる翻訳機ではないはずだ。
「それはわしがドラゴンだからじゃ」
「えぇ!?」
「嘘じゃ」
あまりにも唐突な嘘に俺は後ろにずっこけた。
「わしは人間じゃが、長いことここで過ごしてるうちにドラゴンの心を完全に理解したんじゃ。わしはほぼドラゴンじゃ。だからお主と話せる。この娘、ムルルの言葉は理解できないじゃろう」
老婆の横にいる少女、ムルルが俺に何かを喋った。しかし、それは知らない言語のままで、脳内で勝手に変換されることはなかった。
「本当だ。俺が話せるのはドラゴンと貴方だけと言うことですか」
「言語を学ばない限りはな」
人と喋れないのはとても不安だった。ここに来て老婆と喋ることができてとても安心していた。
「お主、名前はなんと言うのじゃ」
「辻風昇です」
「ツジカゼノボル? やはり遠いところから来たのかね。ここじゃ聞かない名前じゃ」
「おそらく遠いところから来ました。気づいたら山の中にいて、ドラゴンに出会ってここまで」
「そうかい。もしやお主、異世界人とやらじゃないか? 神器を知らないなど有り得ぬ話じゃしの」
「そうなんでしょうか」
「お主のいた世界はどんななのじゃ?」
「うーん。少なくとも魔法やドラゴンは存在しない。その代わり電気で動く車とかがある、とかですかね」
俺はポケットからスマホを取り出して見せた。
「はえーそれが電気とやらかい。興味深いが理解できんじゃろうな」
「この世界じゃ、魔法は普通なんですか?」
「そうじゃの。この世は魔法や魔力が支配しとるようなものじゃ。神器という神々のつくりし魔道具を、人々が役立てて国を作っていった。この国、ドラミュアの神器はお主が触れた龍心じゃ。龍心を使い、ドラゴンを手懐け、国を作ったのじゃ」
「他にはどんな国が?」
「無限に水が湧き出る神器の国、全てを切り裂く剣の神器の国、魔力を増大させる神器の国、時の進みが遅くなる神器の国……。まだまだたくさんある」
「まるでゲームみたいで面白いですね」
「そうかい? わしたちの世界じゃ、これが普通なんじゃよ」
つまり、ここで俺の普通は通用しないということだ。全く別の世界に来てしまった。
「お主はこれからどうするのじゃ?」
どうするか、と聞かれると難しい。しかし東京に帰りたいという願望はない。
「ちょっとの間でもいいんでここに滞在してもいいですか?」
「もちろんじゃよ。大歓迎じゃ。ルートを救ってもらった恩もあるしちょっとと言わずずっと居てもらっても構わない」
「ルートを救った?」
「ルートから聞いたぞ。大群のアルミラージから怪我で動けなかったルートをお主が救ってくれたと」
アルミラージ。あのイノシシウサギのことか。
「あの時は大変でしたよ……でも、謎の女の人が魔法でルートのアルミラージにくらった傷を治してくれたんですよ」
「その傷はアルミラージにやられた傷じゃない」
「え?」
「ドラミュアがいま復興途中なのを空から見てわかったじゃろ?」
ルートに連れられて来られた時見えた壊れた屋根などのことか。
「この街は2日前、何者かに襲撃を受けたのじゃ。その際、ルートは腹に槍を刺されてしもうた。ルートはその衝撃で街から逃げ出したのじゃ。無理もない」
それで俺のいる場所にたまたま飛んできて着陸したってわけか。
「この街は大丈夫だったんですか?」
「流石に相手も大群のドラゴンには勝てまい。多少損害は被ったが、ルートが戻ってきたことで、被害者はゼロじゃ」
ムルルが老婆に何かを話した。
「ムルルがお主を泊まらせてくれるそうだ。通訳にはルートを使うといい。ルートを経由すれば話もできるだろう。お主はこの国の言語を覚えた方がいい。この世界のほとんどでこの言語が使われとるはずじゃからな」
ホームステイみたいなものか。緊張するが頑張ろう。
俺はムルルの家にムルルとルートと一緒に向かった。
ドラゴンのルートは家に入れないので扉の前で俺も立ち止まった。
ムルルがルートに話す。
「お母さんに事情を説明してくるって」
ルートがムルルの言ったことを翻訳して教えてくれた。
ムルルが家から母親を連れて来た。母親もムルルと同じピンク色の髪だ。
「泊まらせてもらえるということで……。伝わらないのか」
「お母さんは全然いいよって言ってるよ」
「不束者ですがよろしくお願いします」
俺が頭を下げてそう言うと、ルートがそれを母親に伝えた。
「僕を助けてくれてありがとう、ゆっくりしていってね。って言ってるよ」
そんな簡単に泊まらせてくれるのか。優しい人だ。
俺は家の中へ招かれ、窓の外から顔を出すルートの翻訳のおかげで、コミュニケーションをとりつつ部屋を案内してもらった。
空いた部屋があるらしく、そこを使わせてもらうことになった。
部屋は6畳ほどの広さで、俺のアパートより広いくらいだった。
ベットと机と椅子が置いてあって、妙に生活感のある綺麗な部屋だ。誰かの部屋なら申し訳ないが今は誰も使ってないらしい。
それから俺はムルルの家で過ごすようになった。
ご飯にはムルルのお母さんの手料理をいただいた。この場所に来てまともな食事を取れていなかったのでとてもありがたかった。
老婆はこの街の長老らしく、偉い人らしい。長老が暇な時に言葉を教えてもらい、空いた時間には動画の編集をして投稿していった。
投稿した動画は、『イノシシウサギに襲われました』『ドラゴンと協力する新しい漁獲方がすごい!』の二つだ。
スマホの充電は、秋葉原で買わされたモバイルバッテリーを使っている。本当に運が良かった。このモバイルバッテリー、意外と持ちがいい。重量もすごいので大容量なのだろう。まだ持ちそうだ。
この生命線がなくなったらどうするかは考えたくもない。
今思えば、あの店主、YouTubeの神様なのかな。
長老との会話は、この世界の言語を翻訳して脳に伝えるので、2倍早くこの世界の言語を学ぶことができた。
他にも長老にはいろいろなことを教えてもらった。魔法や神器のこと、人間以外の種族のこと。
俺もこの世界のことがなんとなくわかってきた。
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名前:辻風 昇
職業:無職
チャンネル名:ノボルチャンネル
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