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第2話 初めての快感

 満員電車で圧縮され気を失ったのか。それとも電車からの記憶が失われているのか。

 空を見上げてみる。明るい。まるで正午ような光の差し具合だった。


「夜だったよな」


 電車から外を見た時はもう暗くなっていた。こんな明るいはずはない。

 俺は時間を確かめるためポケットからスマホを取り出した。

 スマホには18:32と表示されている。電車にいた時の正確な時間はわからないが、妥当な時間帯だ。

 記憶を失ったわけではなさそうだ。


「げっ」


 ふとスマホの右上を見ると充電が1%と表示されていることに気がついた。

 スマホの充電はいついかなる時も命より大事だ。

 ちょうどいいので秋葉原で買ったモバイルバッテリーを試すことにした。

 地面に落ちていた紙袋を拾い上げる。


「ん?」


 紙袋の中に青く光る何かがあった。不審に思い、紙袋から取り出すと、現に今探していたモバイルバッテリーだった。

 良かった。充電はあるらしい。光っているのは落とした衝撃か何かで誤作動を起こしたのだろう。

 何はともあれ、さっさとスマホを充電しよう。今の時代、スマホがないと何もできない。

 俺は充電コードを取り出し、青く光るモバイルバッテリーと残量わずかのスマートフォンを繋げた。


「お、できた」


 バッテリー残量のマークが充電中を知らせる緑に変わった。ちゃんと使うことができた。

 すると、バッテリー残量の表示が1秒に10%の速さで増えていった。


「おいおい速すぎだろ」


 いくらなんでも性能が良すぎる。あっという間に充電が満タンになった。これだけでも二千円の価値はある。


「とりあえずここはどこなんだ?」


 まずそれを調べよう。

 スマホのマップ機能を使ってみると、『ネットワークに接続されていません』と表示された。


「圏外か? あれ」


 電波が届いてる場所なのか確かめるため、画面の左上を見てみると様子がおかしかった。

 圏外なら圏外と表示されるはずの画面左上は5Gとも4Gとも書いておらず、代わりに星マークがついていた。


「なんだよこれ」


 このマークは初めて見た。なんの機能だったか覚えていない。というかそもそもこんな機能あったかどうかあやしい。

 ますますここがどこかわからなくなってきた。

 俺は焦り始め、他のマップアプリや検索ツールを開いてみた。どれも結果は同じ。ネットワークが必要だと表示されるばかり。

 同じ要領でYouTubeを開いてみた。やはり結果は同じ。画面に『インターネットに接続してください』の文字。


「ん?」


 画面下に『動画を投稿する』という欄があった。インターネットに繋がっていないのに動画が投稿できるのかという疑問が真っ先に出たが、もうこれしかない。他の機能は全て使えないのだ。これに賭けないほかない。

 もし本当に投稿できるのならこれで助けを求められる。

 俺は急いで撮影に取り掛かった。

 スマートフォンを片手に録画を開始する。


「助けてください。気づいたらここにいました。ここの場所がどこかわかる人いますか?」


 とりあえず助けを呼びかけ、不特定多数の人々に俺の場所を特定してもらう。運が良ければ助けてもらえるだろう。

 カメラを回しながら周りを観察してみる。

 家が建っていた跡だろうか。石でできた壁が崩れた痕跡。その塊がいくつもあり、苔むしている。


「村の跡地かな」


 そのまま歩きながら撮影していると遥か上空から、バサっバサっと羽が擦れる音が聞こえてきた。

 俺はそれが何かわからずカメラを向け拡大してみる。

 赤色の何かが遠くで飛んでいた。

 これだけ離れているのに、羽の羽ばたく音が微かに聞こえる。


「でかい鳥か?」


 その空を飛ぶ何かはくるくると大きく円を描くかのように回りながらゆっくりと下降してきた。

 だんだんと近づいてきて、カメラ越しではなく肉眼でもはっきり視認できた。巨大な赤い体に大きな翼。


「ドラゴンなのか?」


 まるで夢を見ているかのように思えた。

 そのドラゴンと思しきモノは俺の真上を通って少し遠くに着陸した。


「ドラゴンって存在したのか!?」


 好奇心の赴くままドラゴンを追いかけた。

 よく考えたらドラゴンなんている訳ない。何かの見間違いか、何かのイベントだ。

 木々の間をまるでスクープを追いかける記者のように撮影しながら走った。

 そのせいか、足元を横切ろうとする動物に気づかず、足を引っ掛けてしまった。

 俺はバランスを崩し、地面に倒れる。撮影していたスマホを守るように倒れたため、受けた衝撃はかなり大きかった。

 痛む腕を持ち上げ、体を起こした。

 目の前にいた大きなウサギ、いや白いイノシシか? どちらかわからないが白い毛並みで膝丈ほどの大きさの一本のツノのようなものが額に生えている動物にぶつかってしまったようだ。

 群れで行動しているのだろうか。5匹のその動物が俺を睨んでいる。


「おいおい悪かったって」


 ツノで攻撃されたらひとたまりもなさそうだ。


「撤退撤退ッ!」


 俺は跳ねるように立ち上がり、撮影していることも忘れて走った。


「一体ここはなんなんだ」


 かなり遠くへ逃げた後、後ろにウサギっぽいイノシシがいないことを確認して、一息ついた。久しぶりに全力で走った。重い荷物を持っているせいか、疲労感は大きかった。


「とりあえず動画投稿してみるか」


 撮影した15分ほどの動画をYouTubeに投稿する。


「タイトルは……助けてください、とかでいいかな」


 サムネイルはドラゴンにしてとりあえず投稿してみる。

 あんまり期待はしていない。ちゃんとした動画じゃないし、こんな雑な動画、見てくれるはずがない。

 やはり久方ぶりの全力ダッシュで体はすっかり疲れてしまったようだ。秋葉原での疲労もある。睡魔が俺を襲った。

 ここで寝ていいのか、そんなこと考える暇もなく眠りについた。


 肌寒さを感じ目が覚めた。視界には月明かりを隠すように生い茂った青葉が重なって見えた。


「やべえ寝ちまってた」


 スマホで表示された日時を確認した。次の日の深夜2時だった。

 やっと脳も目覚めてきて、これは当てにならない時間帯表示だと思い出した。

 元々暗い時間表示の時に日が登っていたのだ。


「これからどうしよう……お、そうだ」


 寝る前に動画を投稿したんだ。反応があるか確認しよう。

 そう思い至り、いつも使っている再生数や登録者数の変動を分析してくれるアナリティクスを開いた。


「は?」


 アプリを開くと一番上に出てくる登録者数。それがいつもと違った。15人と表示されていた。


「一気に14人も増えてる!?」


 俺はすかさず寝る前に上げた動画の視聴回数を見てみた。

 2237回再生。

 かつてない視聴率。驚きで声が出なかった。せいぜい多くても二桁だったのが一気に四桁になっていた。


「夢、か?」


 さっきから意味のわからないことばかりだ。ウサギっぽいイノシシだったりドラゴンだったりこの再生数だったり。

 高評価124件。コメント10件。


「コメントがついてる!?」


 一年ずっとYouTubeをやっていて初めての経験だった。緊張しながらもコメント欄を覗いてみる。


『やばすぎ』

『頑張ってください!』

『これ本物? CG?』


 それを見た時、激しい喜びを感じ、体が温まった。YouTubeをやってから初めての感覚だった。

 最初の目的はこれで助けを求めることだった。俺がこの森から抜け出すヒントになるコメントはない。しかし、今はそんなのどうでも良い。

 この奇妙な場所でならバズれる。YouTubeドリームも夢じゃない。

 そう考えるとワクワクが止まらなかった。全てがキラキラして見えた。

 俺は荷物を持ち立ち上がった。

 俺は幸運だ。秋葉帰りだから、ここには機材が全部揃ってる。ビデオカメラだってあるし、ビデオカメラで撮った映像をスマホに移す手段もある。


「最高じゃねぇーか!」


 俺は荷物からビデオカメラを取り出し、手に装備して歩き出した。

 俺が今からすること、それはあの未知の生物、ドラゴンを見つけ出し、撮影することだ。


ーーーーーーー

名前:辻風 昇

職業:無職

チャンネル名:ノボルチャンネル

登録者数:15

総視聴回数:2358

総再生時間(時間):372.8

直近の投稿動画

『【大人気】ポテトチップス食べてみた!』

視聴回数:54

高評価:1 低評価:7

コメント:2 「つまんな」

『助けてください』

視聴回数:2237

高評価:124 低評価:12

コメント:10「これ本物? CG?」

星みたいなの、あまり詳しくないのですが、ポイントみたいなのがあるらしいと知りました。

どうか、お恵みください。

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