そういうあなたはどうなのよ
「これ、このメールはなんなのよ」
「こ、これは、冗談で送ってきただけで。それが浮気の証拠になんてならないだろう」
修羅場っていた。
幼馴染の二人がまさか、ケンカ別れか。
幼馴染の二人の向かいの家に住むモブは、窓が開いていたせいか、向かいの会話が聞こえていた。
「じゃあ、これは、この可愛らしい名刺は何。もしかして、そういうお店に行ってきたの」
あ、あいつ、高校生でまさか、もう……許せませんよ。
彼女がいるのに、お店とか。今度、俺も連れて行ってほしい。
「だ、だったら、この男誰だよ。雨の日に、二人で傘をさして歩いていたようじゃないか」
えっ、両方、別の異性とーー。
幼馴染も現実では理想とは違ってしまうのか。二人ラブラブではなくて、ああ、なんて哀しいんだ。
俺は、そっと自室の窓を閉めた。そうすれば、二人の声は何を言っているか分からない程度のボリュームになってくれた。二人は、それからもしばらく言い合っていた。
学校に行くと、二人の幼馴染は仲睦まじく弁当を食べていた。
うん、夫婦喧嘩は犬も食わないと。
あんな喧嘩をしていた次の日には、一緒にお昼ご飯とは。
その胆力、尊敬します。
「昨日のことはいいのか?」
俺は、自然と二人に割って入った。
カップルの食事中に割り込めば、馬に蹴られてしまうかもしれないが、まぁ、親しき仲だから遠慮しないでおこう。
今日は少し距離おいていたし。巻き込まれたくなくて。
「昨日? なんかあったっけ」
「いや、何もなかったと思うが」
うん、よかった。なんでもないやー。
いらぬ虎の尾を踏むこともなさそうだし。やぶ蛇も危ないし。
「あ、そうだ。昨日、ボードゲームやってたんだ」
彼女は箸を止めて言う。
「ボードゲーム?」
「そういうあなたはどうなのよ、っていう浮気の言い訳ゲーム。二人には、浮気の証拠カードが3枚配られるんだけど、それをめくって、追求されたら言い訳して、見事、浮気を回避して、真実の愛を守れるかという」
なんだ、その修羅場を潜り抜けるゲーム。
俺も混ぜて欲しい。いや、二人プレイが限界か。
「ちょうど、今持ってきてるぞ」
「ちょっと、遊ぶ物持ってきちゃダメだよ」
「これは知的ゲームだから知育玩具でオッケー?」
「なわけないけど。説明してあげたら」
俺は、そういうあなたはどうなのよ、のルールを読む。
浮気の証拠カードを3枚配る。男性、女性に分けられる。
プレイヤーは交互に一枚ずつ相手のカードをめくる。
浮気の証拠に対して言い訳をして相手を説得する。
破局せずにカップルを維持できれば成功。
『君は、この浮気の証拠から逃げ切って、パートナーとの愛を守れるか』『+浮気の言い訳の練習にも最適』と。
なかなかに修羅場ゲームのようだ。二人とも許すつもりでやれば出来レースだけど。本気でやれば、怖いって。
「浮気の証拠か。『襟首に、女性の口紅がついていた。明らかに彼女のものではない。ほのかに服に香水の匂いもついているようだ』」
「あー、あったな。それ。偶然、道端で人にぶつかった時についたって言い訳した」
「満員電車でついたとかでも潜り抜けれそう」
「ふふっ、ずいぶん身長の高い女性だったみたいね、って聴いて、どんな女性だったって聴いたら、ペラペラ容姿を喋ったから、なんでそんなに詳しく憶えてるのって突っ込んであげた」
「俺が必死に、容姿をイメージしてたのになぁ。マジ、ビビった」
ご愁傷様です。たしかに偶然ぶつかった人を詳しく憶えていたら怪しいよなぁ。
「気になるなら二人で今やってみるか。道具も少ないし先生に見つからないっしょ」
「え、彼女と」
「俺とお前で」
「男同士かよ」
「安心しろ。女役は俺がやってやるって」
そういうポイントでもないんだが。
まぁ、いっちょ、やってみるか。
そういうあなたはどうなのよ、のカードを配って、準備を終えた。
幼馴染の彼女は、さも関係ないかのように静かに隣りの椅子に座っていた。
「ふはは、俺のバトルフェイズは強いぜ」
「どこに女役要素が」
「わかったわかった。ちゃんと女子にするから。えーっと、女の子の声、女の子の声。よーし、やるぞー」
「普通にキモい」
「え、なにがー。わたしの声、変かな」
幼馴染男子が芸達者すぎる。お前、まさか、普段から女声の練習とかしてないよな。女子っぽすぎて引くんだが。見ろよ、幼馴染女子が愕然としてるぞ。
「声真似の達人なんでな。大概の声はトレースできるぞ」
「いらん特技を」
「声真似一発芸の力を知らないのか。人気者になるための作法だぞ」
たしかに。言われてみれば……。
いや、今はゲームの方だ。
「先行は男からだよな」
「うん、めくっていいよ」
「女子っぽいけど、顔を見なければ。めくるぞ」
『男友達もいるグループで遊びに行って朝帰りしてきた。しかも、お酒を多く飲んでいたようだ』
「ど、どういうことかな、カノジョー」
「えっと、女友達の家に泊めてもらったの。飲みすぎて帰れなくて」
「普段、お酒飲んでもあんまり酔わないよね」
こういうのはアドリブが大事なのだ。ストーリーを作り上げるために。
「うん、一升瓶飲んだからー。さすがによっちゃたー」
可愛い声で一升瓶飲み干した宣言、だが男だ。
「ごめんね、ダーリン」
うわぁ、素直に気持ち悪い。顔を見るな、声だけ信じろ。声だけが真実だ。
「いや、いいんだ。ただ、今度から飲みすぎないように。それと、連絡を入れるように」
「てへぺろ」
やめろー。変なノリをするな。
幼馴染女子の視線も痛いんだよ。冷めた目でこっちを見てきてるって。俺の趣味じゃないぞ。
「でもー、そういうあなたはどうなのよー」
浮気の証拠カードがめくられた。
『大量のエロ画像が見つかった。しかも同じ女優ばかりだ。さらに、全然彼女と似ていない』
「これも浮気なのか」
「精神的な浮気なんじゃないか」
元の男声で言ってくる。お前、絶対、普通に見てるだろ。
「誤解だ。これはずっと前にダウンロードしたもので、今は全く見ていない」
「でも、これ、最近ダウンロードしたのあるよー」
ごはぁっ、そんなアドリブをいれるなー。
俺の言い訳に合わせろよ。
「そ、そんなはずないなぁ。たぶん、スマホの時刻がズレてたんだ」
「ふむ、スマホに保存しているタイプか。ーーーー、えー、でも、機種がわたしと付き合ってからのだよねー」
お前、俺を殺る気か。
お前が本気ならこっちも徹底的に叩いてもいいんだぞ。
「か、仮に、たまぁに、見てたとしても、それは、君の可愛さを分かるためにだよ」
「じゃあ、削除していいよね」
「も、もちろん」
「削除〜削除〜、はい許してあげる。二度目はないよ」
ああ、精神的に磨耗するゲームだな。
だが、分かった。俺は手心を加えない。アドリブは先に加えた方が有利。相手を追い詰めてやる。
「浮気の証拠カードオープン。『あなたは探偵を雇って、尾行をさせました。すると、頻繁に彼女はある男性と会っているようです。あなたはその男性に見覚えがありません』。ああ、これは、もうダメだな。男と密会。もう信じられないよ」
「それ、お父さんだよ。わたしの」
「いやいや、お父さんは、全然違う顔だったろう」
俺は引かない。この言い訳は通さない。
「うん、育ての親じゃなくて、産みの親なんだ。ごめんね、こんなこと言えなくて……ぐすん」
あっ、ごめん。
いやいや、そんなバカな言い訳を通してなるか。
「そんな嘘をーー」
「し、信じてくれないの」
なんか、こっちが悪者みたいな。
「わかったわかった。今度、その証拠を持ってきてくれたらいいから」
「やったー。嬉しい」
なんて声だけのやつなんだ。
というか、がちで女声上手だな。違和感ないわ。
「じゃあ、こっちの番だね。浮気の証拠『偶然通りを歩いていると、彼氏が女性と腕を組んでいた。二人をつけると仲睦まじそうに映画館に入って行った』ーーふーん、そう、もう別れよっか。わたしたち無理だよね。不倫は文化だもんね。浮気は男の甲斐性だよね。据え膳食わぬは男の恥だもんね」
「ご、誤解だっ!!それは、えっと、それは〜」
えっ、なんだ、この絶望のカード。腕組んでる時点で限界突破してるよね。ただ組んで歩いていただけの女友達。無理だ。それはあり得ない。
でも、まだっ!
「そ、それは、俺のお母さんだ。母さん、いつも腕を組みたがるからなぁ。若い彼氏がいるふうに見せたがる美魔女だから。あれで、40代なんだぜ、信じられるか」
「マザコンと」
「おい、今、レッテルをペタっとしたな」
「ううん、お母さんと末長く幸せにね」
「……ああ。浮気じゃなかっただろう」
「そだねー。そうかな」
「そうだよっ。さて最後のカードか。『元カレとまだ連絡をとっているようだ。しかも、今度内緒で会うことになっていると発覚した』ーー、おいおいおいおい、これは、もう黒確定だろ。真っ黒だろ。なんで内緒にしてたのかな」
「元カレから脅迫メールが来てて、カレシがいるなんて言ったら、あなたが危険だと思うし、わたしが一人で解決しなきゃって、そう思って……うるうる、うるる……」
こいつ、泣けばいいと思ってそうだな。
でも、これ責めづらいぞ。
「なんで連絡先ブロックしなかったんだ」
「彼、住んでる場所知ってるし」
ダメだ。思いつかない。ここからの責め方。
「一緒に解決しようか。その問題を」
「うん」
ああ、俺ってやつは。
簡単に女子に手玉に取られそう。
まぁゲームの趣旨的には成功で終わった方がいいのか。
「最後、開けるね。『公園で女子小学生に彼氏が抱きついているのを目撃した。女の子は驚いた表情をしていた』、サイテーのロリコンゴミ野郎。小学生に手を出すとか浮気以前に、通報なんだけど。刑事事件なんだけど。触ったら逮捕なんだけど」
「ご、誤解だっ!!」
俺は何度誤解を解けばいいんだ。
てか、もっと普通の浮気カードこいよ。
なんで浮気相手が幼女なんだよ。公園で小学生に抱きついたら、それはもう事案なんだよ。
「と、友達の妹と一緒に遊んでただけだ」
「へー、友達の妹に欲情して、つい興奮してフンガフンガしたと」
「フェイクニュースだ。間違いだ。それは俺じゃない」
「さっき友達の妹と一緒に遊んでたと言ったばかりじゃない。ああ、そっかー、わたしと付き合ったのも、わたしが幼い顔で身長も小さいからかー。あー、そっかー」
ナポコフさん、なぜロリコンは言い訳しないといけないのでしょうか。助けて。ロリコン罪で捕まる。
「そ、それでも、君のことが一番好きだ。小学生とは結婚できないじゃないか。ロリコンかもしれない。でも、俺は法律を守る」
「守ってないし、普通にタッチしてるんだけど」
もう矛盾なんてしーらね。早く終わらせよう。
「小学生に抱きついてわかった。俺は君の方に欲情すると」
「えっと、うん、豚箱に、会いに行くねーーーー。ということで、刑務所ラブエンドと」
「精神が、精神が、や、やられる」
「おーい、どうだったよ、俺の迫真の美声は」
幼馴染男子は颯爽と、幼馴染女子の方に歩み寄るが。
幼馴染女子は全く見向きもしない。我関せずと、教科書に顔を埋めている。
「ん、どーした」
「周り見てみなよ」
ぼそっとそう呟くのが聞こえた。
俺は、クラスを見回した。
無茶苦茶、見られてました。
女子たちがすごい目で見てきている。あるグループはキラキラした目で、あるグループはゴミを見るような目で。
あれ、俺ゲーム中なんかボリューム上がってたかな。まずいことを言ったかな。
「ご、誤解だっ!!!!!!!!!!!」
俺は、言い訳にはクリエイティブが必要なことをよく学んだのだった。