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冬ガ君ヲ覚エテイル

作者: 入間水天

 時は朝月夜――――。

 月白の雪が、目の奥に刺さった。パジャマの上に羽織りものを羽織っただけ。そんな格好で私は玄関から外へ飛び出した。


「……そこで、何をしているの……?」


 私は玄関先からこちらをまっすぐと見つめる青年に問う。

 朝起きてから、今の時まで、彼はずっとうちの前にいた。

 何故いるのかわからない。

 うちはどこにでもある様な一軒家だ。特に変わった特徴はない。

 目を覚まして、私は窓から彼をずっと見ていたが、彼が動く気配はないし私の家に何かをしようとする気配もなかった。

 冷たい風が羽織りものの下を通り抜けた。


「ねえ、聞いてる………?」


 再度問いかける。

 問いかけるが、青年は答える様子もない。

 ただ、藍色の瞳で私のことを真っ直ぐ見つめていた。


「…用がないなら、私は家に戻るよ?」


 裸足にサンダル。

 パジャマの上に羽織もの一枚。

 雪国に慣れている私だとはいえ、流石に寒さに堪える気温だった。

 踵を返し、玄関ドアに触れた瞬間、


 ――ガチャッ。


 家の内側から鍵の閉まる音がした。

 私は掴んだドアの取っ手に力を入れるが、横にスライドするはずのドアがびくともしない。動かない。


「…………」


 私は黙って、振り返った。

 青年は、自分の真横を長い腕を地面と平行にあげて、人差し指で指していた。

 ただ、藍色の瞳で私のことを真っ直ぐと見つめながら。

 日本人離れしたその目鼻立ちに私は惹かれた。

 悔しくも、

 鬼である()に惹かれてしまったのだ。


 ***


 私は、鬼が見える。

 ――否、鬼の存在を人間と区別することができる。

 鬼は古来より日本という小さな島国に存在し、その姿は古きにわたって目撃されており、歴史に残されている。

 頭に2本、または1本の角が生え、当初は細かく千切れ、口に牙が生え、指に鋭い爪があり、虎の皮の褌や腰布をつけていて、金棒を持った大男――――それが世間一般で知れ渡っている鬼の像だ。


 しかし、私の知る鬼は、美しく、儚い生き物であった。


 家を出るときには月がうっすらと見えていたのに、青年について歩いている今、すっかり冬霞の景色に変わっていた。

 時とは、鬼と同等、儚いものだと――――。

 私は微かに笑みを浮かべた。


「――――」


 青年が黙って振り向く。

 私は、顔を上げた。

 青年は少しだけ眉間を寄せて、不機嫌そうな表情をしている。

 どうやら、私が一人でに笑ったのが気に食わない様だ。

 私は凍りついた頬を持ち上げて爽やかに笑う。


「なんでもないよ」


 ***


 青年は私の前を、黙って歩く。

 青年の後頭部でユラユラと桑染(くわぞめ)色の髪の毛が揺れる。私よりも頭一つ分大きな彼の背中がずんずんと進んで行く。細長い指先は少しだけ赤く染まっていた。

 私達は、冬の早朝、田畑の間を無言で進み続けた。


「ねえ」


 私は白い息を吐きながら彼の背中に問いかける。

 青年はただ歩く。

 無口な鬼なのかしら? それとも、言葉が話せないのかしら?

 過去に口を縫われた鬼に会ったことはあるけれども、今私の目の前を歩く青年の顔に傷は無かった。

 傷一つ無い綺麗な顔をしていた。

 スッと筋の通った鼻に、切れ長で一重。口元はきゅっと引き締まり、肌は白百合色だった。


「ねえってば」


 それでも私は諦めず、彼に話しかけようとした。

 既に足先は悴んで感覚がない。

 あんな事しなくても、私に手伝って欲しいことがあるなら、手伝ってあげるのに……――。

 せめて、一回家に戻って温かい格好に着替える時間は欲しかった。


 右側から太陽が上がってきた。眩しい光が空中で反射して、キラキラと輝く。

 道路の上では、宝石(ゆき)がキラキラと輝き、踊る様に、止まっている。

 左右を埋め尽くす田畑では、月白の毛布(ゆき)を被った植物達が少しづつ顔を出していた。

 今、この瞬間、私の瞳には

 世界に、彼と私しかいなかった――――。



「っあ!」


 不意に、感覚の無い足が絡んで躓き、冷たい土の上に手をつく。膝小僧をぶつけ、少しだけ目尻に涙が浮かぶ。

 私の前を歩く彼は止まった。

 こちらを振り返り、私の事を藍色の瞳で見下ろす。

 私はムッとした顔で彼に向かって手を伸ばす。


「黙って見てないで起こしてよ」


 そう言うと、彼は私のところまで歩いてきて私の手を掴んだ。

 青年の指先は私よりも冷たかった。

 私が立ち上がると青年は心配そうに膝小僧を覗き込んでくる。

 パジャマの下でジンジンと膝が痛むが、私は強がって「大丈夫」と答えた。

 それから、彼は私に自分の手を出してきた。


「何?」


 握れって言うの?


「――――」


 彼は相変わらず、藍色の瞳で私を見る。


「何? 言ってくれないと判らない」


 私はわざと冷たく言った。

 すると彼は一度だけ瞬きをして――。


「―転ブナ。血ノ匂イ、臭イ――――」


 私が初めて聞いた彼の声は、ひどくしゃがれた声だった。

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