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一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う  作者: 海空里和


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35.魔物討伐

「魔物だ!」

「こんな街中に?!」


 突然現れた魔物に人々はパニックになりながらも逃げ惑う。


「あんた、聖女なんだろ?! 魔物を鎮圧してるんだろ?! 何とかしてくれよ!」

「きゃあ!」


 側にいた男がルイーズの手を取った。


「無礼者!」

「ぐあっ」


 ルイーズの側にいた私兵が、すぐさまその男を剣で切り捨てる。


「何てことを……!」


 その場に緊張が走る。


 エルヴィンは魔物に気を取られ、間に合わなかった。


 その場にいた国民の責める目が一斉にルイーズに集まる。


「な、何よ! 私は力を与えているんだから、あんたたちが何とかしなさいよお! 近衛隊は何をしているの?!」

「王女殿下、すぐに魔物討伐を……」


 馬車に待機していた近衛隊員が騒ぎを駆けつけて、ルイーズに走り寄って告げる。


「そんなことより、あんたたちは私を守るのが仕事でしょ?! あんな化け物、警備隊員に始末させなさいよ!」


 罵倒された近衛隊員の顔が歪む。しかし彼は言い返さない。ギュッと拳を身体の横で握りしめている。


「そうだわ、ちょうど警備隊員がいるじゃない! 私を怒らせたから加護は得られないと思うけど、そいつを仕留めて、私に謝罪するなら褒美をあげても良くってよ?」


 ルイーズは剣を構えるエルヴィンに指を指して言った。


「……っ、エル、か?」


 かつての同僚であるエルヴィンに、近衛隊員が驚きで目を開く。


「その王女は邪魔だ、さっさと連れて行け!」

「! あ、ああ!」


 エルヴィンの叫びに、近衛隊員は頷き、ルイーズを馬車へと促す。


「さあ、王女殿下……」

「何よ、アイツ! 私のこと邪魔ですって?!」


 馬車へと連れて行こうとする近衛隊の腕に抵抗しながら、ルイーズが叫ぶ。


 ウオォォォン


 ルイーズがごねていると、魔物のけたたましい声が広場に響いた。


「ひっ……」

「さ、早く……!」

「歩けないわ……!!」


 魔物に腰を抜かしたルイーズは、近衛隊に抱えられ、馬車へと戻って行った。


「何だあれ、あれが聖女……?」


 その場にいた人々は馬車に舞い戻っていく聖女を見送りながら、不審の目を向けた。


「待ってください、聖女様〜」


 司教とその私兵たちも後を追った。


 その場に残された人々も我に返ると逃げ惑い、その場は混乱に満ちている。


「大丈夫ですか?!」


 私兵に切られ、その場に取り残された男性にルナが近付く。


「うう……」


 意識はあるが、血が止まらない。ルナは鞄から急いで薬を取り出して、男性の口に押し込んだ。


 少し離れた所では、エルヴィンが先程の魔物と対峙している。


 薬を飲み込んだ男性の怪我が瞬く間に治る。


(ここから離さないと……!)


「ルナちゃん!」


 逃げ惑う人々をかき分けてシモンがやって来て、ルナはホッとする。


「シモンさん、この人を安全な所へ!」

「! ああ! お前ら、街の人たちを安全な所まで誘導するんだ!」


 シモンはルナの目の前で横たわる男性を見つけ、一緒に来た警備隊たちに急いで指示をする。


「あれ、エルヴィンの婚約者さん? エルヴィンは――」


 シモンと一緒にこの場に駆け付けたニコラがルナに気付く。ルナよりも遠い先の広場で剣を構えるエルヴィンを見つけ、息を呑む。


「街中に魔物だって?! 警備はしっかりしているはずなのにどうやって入り込んだんだ?!」

「そんなことよりニコラ、エルに加勢しろ!」

「はいっ!」


 驚きでその場に立ち尽くしたニコラだったが、シモンの命令に即座に反応して走り出した。


「ルナちゃん、あれって……」

「はい。去年は魔物が形になるまで次の日までかかっていました。もう、抑えようがなくなっています」


 先程の騒ぎでこの国と聖女への不満が魔物へと形を変える。


 ルナとシモンが向かい合うと同時に、街の中心から地響きのような凄い音がした。瞬間、足元もグラグラと揺れる。


「何だ?!」

「あれ!!」


 ルナは街の中心から禍々しい黒い渦が立ち上るのを見た。


「ルナ! 聖女像だ!」


 ニャーンとテネが足元にやって来る。ルナはテネに頷いて、驚きの表情で渦を見上げるシモンに向き直る。


「シモンさん、これ、預けます!」


 ルナの大量の薬を鞄ごとシモンに差し出す。


「えっ?! これって……てか、ルナちゃんはどこ行くの?!」


 鞄を渡すなり走り出したルナは、もうそこにいない。


 少し先を走るルナはシモンに振り返り叫ぶ。


「私はあの渦を何とかします! 街を、国民をお願いいします! シモンさん!」

「一人じゃ危ないよ、ルナちゃん!!」


 シモンの声は届かず、ルナの姿はもう小さくなっていた。


「くそっ、エルは……」


 シモンがエルヴィンの方に視線を向ければ、合流したニコラと魔物に囲まれている。


「数が増えていないか?! くそっ! お前ら、しっかり皆の避難を済ませろよ!」


 シモンは側にいた人警備隊に指示をする。


「隊長、俺たちも戦います!」

「バカ野郎! 国民の安全が先だ! 頼んだぞ!」

「……はい!」


 シモンは部下たちに避難の指示を出し、すぐさまエルヴィンとニコラの方へ走り出す。


「どーなってんだよ、これ?! 倒しても倒しても湧いて出るじゃないか!」

「……あの渦のせいか」


 背中合わせで魔物と向き合うエルヴィンとニコラ。ニコラからは弱音が出る。エルヴィンは遠くの渦を横目に、冷静な分析をする。


 ザンッ、という大きな斬撃の音と共にシモンが二人に合流する。


「おい、エル! ルナちゃんが一人で行っちまった! お前は後を追いかけろ!」

「ルナが?!」

「え? え? ルナってエルヴィンの婚約者のこと?」


 シモンの叫びにエルヴィンの表情が一気に焦りに変わる。ニコラはわけが分からず会話に置いてきぼりだ。


 グルルル……


「くそっ!」


 シモンが魔物を倒して空けた道が、すぐに魔物で塞がれてしまう。


 ルナの元に早くエルヴィンをやりたいシモンだったが、魔物に囲まれてしまっては、戦うしかない。


「かかれ!」


 その時、囲まれた魔物の外から声がした。


 声と同時に、聖魔法の使い手が魔物の動きを止める。魔物を次々に切り倒していくのは近衛隊だった。


「マティアス……か?」

「久しぶりだな、シモン」


 近衛隊と警備隊、けして交わることのない二人の隊長は、旧友だった。


 久しぶりの邂逅に、さすがのシモンも驚きで固まった。


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