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19.余韻

「今日で何回目さ?」


 薬鉢をゴリゴリとすり合わせては手を止め、ため息をつく。今日のルナは上の空だった。それをテネに指摘され、ハッとする。


「だって、あの、憧れのスパゲッティだよ? 美味しかったなあ〜って」


 ほう、と息を吐き、ルナは4種類のスパゲッティを思い浮かべる。昨日食べた味が思い出され、つい、ごくりと喉が鳴る。


「ふーん、楽しかったようで何より」

「ちゃんとお土産買ってきたでしょ!」


 拗ねるテネに、ルナは慌てて言う。


「あのパンは美味しかったねえ」

「まだあるよ」

「食べる!」


 ルナはやれやれ、とテネにふかふかのパンを皿に取り差し出した。


 テネはハグハグと美味しそうにありついている。


 食事会の後、テネへのお土産を買うのに、エルヴィンがいきつけのパン屋を教えてくれたのだ。


 シモン曰く、エルヴィンは片手で済ませられるからという理由でそのパン屋を愛用しているらしい。


 何ともエルヴィンらしい理由だが、実際に行ってみると、美味しそうなパンが多く並んでいた。朝食用に自分の分も買い、先程食べだが、美味しかった。


 エルヴィンとシモンはあの後、見回りの仕事があるため、店前で別れた。


『一緒に行けなくてすまない』

『いや、大丈夫ですよ』


 教えてくれたパン屋に一緒に行けないことを、エルヴィンは心底残念がった。実に友達思いだと思う。


『今度二人で行けば良いだろ。てか、次は食事くらい二人で行け』


 そう言い放ったシモンの言葉に、エルヴィンもルナもハテナマークを浮かべれば、とても残念な顔をされた。


(シモンさんのあの顔、何だったんだろ)


『二人とも、「友達(・・)を大切にね?』


 まあまあ、と間に入ったクロエが、二人に向かって意味ありげに言ったが、エルヴィンもルナも、言葉通りに捉えた。


(友達……私たちは戦友。この共闘が終わったら?)


 洗ったエルヴィンのハンカチは、薬草と並んでロープに吊るしてある。


 そのハンカチを眺めて、ルナはまたため息を吐く。


「ねえ、エルヴィンさんはまたお兄様の所に戻るのよね?」

「……ルイはそのつもりだろうね」


 パンを堪能中のテネに問いかければ、あっさりと返事が返ってくる。


「何? 僕は言った(・・・)よ? 近衛隊に関わりすぎるなって」

「一緒に魔物を鎮静しろってテネが言ったんじゃない」

「情を持てとは言ってない」


 何だか意地悪いテネの物言いに、ルナは頬を膨らませる。


「……そんなの、わかってるよ」


 パンに夢中のテネに聞こえない声でルナは言った。


 それからは黙々と薬を作る作業に集中した。


「今日は曇ってるね」


 日が沈む時間になると、テネが外に出て確認をする。


「月の光の力は蓄えてるから、まだ大丈夫だと思う」

「ルナは魔女の力を濃く継いでるってアリー言ってたものね」

「それだけが救いよね」


 昔、新月や天気の悪い日には、魔女の力が及ばず、国の騎士たちが補っていた。当然、今はそんな縮図は崩れ、魔物が出没すれば警備隊が派遣されるだけだ。

 

 ルナは月の光をその身に多く、長く留められるおかげで、天候関係なく魔物を鎮めてこられた。ただ、天候不良が続くと、力も尽きる。


 この国は一年通して晴天が多い。天候に恵まれているのは良い事だが、やはり一人では手が回らない。


 この国の闇はどんどん膨れ、魔物の凶暴化と大量発生にと、被害も出ている。しかし、国は見て見ぬふりをしている。


「今は、エルヴィンさんもいるし……」


 聖魔法の使い手であるエルヴィンと共闘出来たのは、ルナにとっても大きな助けだった。


 この国はきっと兄が何とかしてくれる。


「持ちこたえないと……」

「そうだね」


 昨日の楽しかったことはまるで夢だったように、急に現実がルナに押し寄せる。


 決意を口にすると、テネがその通りだよ、と釘を刺す。ぶるりと震えた身体を抱き締め、ルナは干してあるハンカチを取り込んだ。


 いつもの青色のワンピースに、外套を羽織る。


「よし、行こうか」


 いつもの通り、クロエのお店に薬を納品して、今日は月の光を取れないから、そのまま土地の鎮静に出る。違うのは、エルヴィンもいるということ。


 エルヴィンとは特に待ち合わせをしているわけではないが、高台できっと待ってくれている。いつも、そこから土地の鎮静に出かけるから。


 薬店に着くと、エルヴィンの言う通り、二人で鎮静して回っているおかげで、昨日は何事もなかったようだ、とクロエが教えてくれた。


「魔物を発見した警備隊がすぐさま討伐したってよ」


 シモンの話をルナに伝えるクロエ。いつも通り、警備隊の情報を流してくれる。


「昨日はありがとうね、クロエ」

「私は、年相応のあんたの顔、久しぶりに見た気がしたよ」

「え?」


 眉尻を下げて優しくこちらを見るクロエに、ルナは胸がぎゅう、となる。


「あんたは小さい頃から、王女としての使命だの、約束だの、堅苦しい子供だったけど。今のエルヴィンみたいにね」

「ちょっと……」


 いい話のはずが、少しディスられている気がする。


「でも、アリーがいた頃は子供らしい表情も見せてたもんだよ。それが、アリーが死んでからあんた、一人で重荷背負った顔しちゃってさ」

「クロエ……」

「私はあんたが心配だった。でも私には何にもできないからさ」

「そんなことない!」


 悲しい表情のクロエに、ルナは思いっきり否定する。


「クロエがいたから、私、自分の使命に向き合えてきた! 一人じゃないんだっ、て何度も思えた!」

「ルナ……」

「だから何も出来ないなんて、言わないで……」


 ルナと視線があい、ふふ、とクロエが笑い出す。


「やっぱりあんた、年相応らしくなったよ。そんなに感情出す子だったかね?」

「え……」


 嬉しそうに笑うクロエに、ルナは少し戸惑う。


「エルヴィンと出会えて良かったね」


 クロエの言葉が水の波紋のようにルナの心に広がった。


 

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