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暗中模索だハリエット!  4

彼が視界の悪いここで今探しているもの、それはキュプラの姿である。

「多分、この辺に落っことしたはずなんだよな」

ハリエットには、自分の体が呪いに乗っ取られていた間の記憶がうっすらとある。

その男は呪いをかけた本人だということで、解呪のために城に連れてこられた。呪いをかけた理由は王位継承権を持つハリエットを害し、王家が継承者争いに揺れている隙にこれを乗っ取ろうという、ありきたりでチープなものだった。むしろ杜撰だと言ってもいいレベルのお粗末な計画だ。

しかし幸か不幸か、その男には呪術の才があった。足がつきにくいように、薄い呪いをじっくり時間をかけて送り込むとか、呪いの掛け方としては斬新だ。もちろん呪式

も複雑で解呪しにくいものであり、それは才能の集大成と言っていいほどに完璧なものだった。

だからなのだ、術者である彼自身でさえ解呪に失敗したのは。

膨れ上がった呪いは術者であるキュプラをも飲み込み、ハリエットを無様な姿に変えた。その姿の中で取り込んだキュプラの体を暇つぶしにこねこねと――そう、勉強に気乗りがしないときに意味もなくペンをこねくり回すあの感覚で弄んでいたのだが、呪いを吸い取られて人の姿に戻るそのときに、ポイッとどこかに放り捨てた記憶がある。

「くそっ、あれさえ見つかれば!」

あの男は闇属性の魔力持ちだった。それに魔力を大量消費するような大きな魔法を使った『実績』もある。モースリンの身の内に溜め込まれた魔力を使い切ってしまう手立てとして、今はあの男に縋るしかないのだ。

「モースリン、俺は、君を絶対に見捨てたりしないからな!」

腕の中の少女は返事をしたりしない。ただわずかな呼吸の音と、まだ暖かい彼女の体温だけが今のハリエットを奮い立たせている。

「大丈夫だ、モースリン、たとえ相手が女神様だろうと、君を連れて行かせたりは……しない!」

ハリエットはグッと奥歯を噛み締めて、さらに闇の奥へと進もうと……

「ん、なんだこれ」

踏み出そうとした足裏に、石床とは違う柔らかな感触があった。

それをさらにグニグニぐにぐにと踏んで確かめる。どうやらそれは人の背中であるようだ。

「おい」

声をかければ、その背中が大きく震えてか弱い声を上げる。

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「見つけたぞ」

間違いない、キュプラだ。どうやらこの男、闇の中に身を潜めてこの状況をやり過ごそうとしていたらしい。

「おい」

およそ王子らしからぬドスの効いた声で、ハリエットはその男に命じた。

「今すぐ、あの女を元の世界に返す魔方陣を書け、できないとは言わせねえぞ」

「ふ、フヒイイイイ!」

闇の中に響くキュプラの悲鳴は、たっぷりと震えて怯え切ったものだった。



一方のシープスキンは――彼は手の上に魔力で作った小さな炎を乗せて、フラフラした足取りで闇の中を歩き回っていた。青白い魔力の炎に照らされた表情はどこかうつろで、口元だけがかすかに笑っている。既に正気など消え失せた様子だ。

実際、彼は少しばかり正気を失っていた。この城に足を踏み入れる前は確かに親友ハリエットと、その婚約者であるモースリンとの幸せを助けようという純粋な正義感があったはずだが、今やそれもすっかり消え失せて、ハリエットの腕の中からあの美しい人を奪いたいという妄執に囚われている。

実はシープスキン、自分でも気付かぬうちにたっぷりと吸い込んだ闇色の霧に充てられているのだが、正気を失っている彼がそんなことに気づくはずがない。時折「うふふうふうふ」と意味もなく笑い声を上げながら闇の中を彷徨っている。

そのとき、ハリエットの声が闇の中に響き渡った。

「灯りよ!」

パッと天井が明るく光り、シープスキンはその眩しさに目を細めた。次の瞬間、細めた視界の中に映ったものは突き出した片手の先に魔方陣を構えたキュプラの姿だった。陣はもちろん、魔力を大量消費する召喚呪文用のものだ。

「捕まえてきたよ」

コットンの声とともにドサリと音がして、シープスキンの隣にカエデが投げ出された。おそらくは闇の中、拳ではなく平手でいたぶられたのであろう、剥き出しになった太ももやら二の腕に赤い手形が無数についている。さらにはうっとりした顔でビクンビクンと身を震わせているのだから。

「あああん、私はダメな豚です、もっと叱って、お姉さま……」

間違いなくいたぶられた後だ。

キュプラはそんな雌豚に憐れみの一瞥をくれた後で、クイッと手首を返した。

「反転!」

魔法陣がグルンとダイナミックに回って裏表が逆転する。そして陣のすぐ横にはモースリンを抱き掲げたハリエットの姿が。未だ意識のないモースリンの体からは黒い霧状の魔力が噴き上がっていて、それは全て魔法陣へと吸い取られていく。

「帰還陣発動!」

キュプラの叫びとともに、陣から迸る光がシープスキンとカエデを包んだ。小さな悲鳴を残して二人の姿が消滅する。

「やった……のか?」

ハリエットはガバッと顔を伏せてモースリンの鼻先に顔を近づける。先ほどまで嵐のように荒れていた呼吸も今は凪いで、その表情は穏やかだ。もちろん、体のどこかから黒い霧が漏れ出しているなんてこともない。

コットンもモースリンに駆け寄り、その袖を捲った。女神の祝福を表す数字はすっかり消えている。

「よかった……」

大事な主人が死の運命に打ち勝ったことを知ったコットンは、安堵のあまり腰から砕け落ちるように座り込む。

ハリエットは、死の運命の中から奪い返した最愛の姫君を腕の中に抱いて、勝利の雄叫びを上げた。


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