暗中模索だハリエット! 3
ハリエットとモースリンの関係は、婚約者であると同時に『守るものと守られるもの』だった。つまりモースリンが守るもの、ハリエットが守られるもの。
モースリンならば多分――いや、絶対にハリエットを危険な目に遭わせるようなことはしない。たとえ意識を失っていても、たとえ夢の中でも、絶対に、だ。
だからハリエットがここで頑張って、モースリンを守るために己の身を危険に晒せば晒すほど、それは彼女の見た予知夢から外れてゆくはずで。
「それに、闇の魔力を大量消費する方法にも当てがある、任せてくれ」
「私はそのための時間稼ぎをすればいいってことですね、了解」
コットンは隠密として瞳孔を自分の意思でコントロールするという特別な訓練を受けた身だ、暗闇の中でもはっきりと相手の姿を捉えることができる。彼女は迷うことなくカエデに向かって飛びかかった。
しかしカエデの方も、さすがにこの殺気を感じたか咄嗟に魔法で手のひらに光を灯す。普通の相手であれば、それは良い目眩しになったであろうが。
「馬鹿じゃないの、暗闇の中で光を灯すなんて、的にしてくださいって言ってるようなものよね!」
コットンはその灯り目がけて手持ちの短剣を全て叩き込む!
太ももに巻いたホルスターから、懐の隠しから、袖に仕込んだ薄刃から、髪に隠した超短剣まで、全てを抜いちゃあ投げ投げちゃあ抜き、手首のスナップを効かせて投げまくる。
「ブヒヒ、ブヒッ、ブヒィ!」
カエデは人語を忘れるほどに慌てふためいて逃げ惑っている。
だがコットンの方だって無尽蔵に短剣を持っているわけではなくて、やがて連射は止まった。途端にカエデが偉そうに鼻先を上げる。
「ふん、もう終わり? たいしたことないじゃん」
短剣を全て吐き出したというのに、コットンは落ち着き払っていた。
「そうね、もう終わりよ、短剣は、ね」
「へえ、じゃあ、次は何を投げるの? 隠密だから手裏剣? 手裏剣とか?」
「もう何も投げないわよ」
キュッと石床を蹴る靴底の音だけが響いて、次の瞬間には、コットンはカエデの間合いの中に踏み込んでいた。
「私、どっちかっていうと投擲よりも拳のほうが得意なんで」
「ぶっっっっひい!」
闇の中に哀れな雌豚の悲鳴が響き渡った。
一方、ハリエットの方は――彼は必死の形相で闇の中を走り回っていた。
意識を失ったモースリンを抱えているのだから機敏に動き回ることはできない。少し走っては太い柱の影に身を隠す。
「シープスキン、俺はここだ!」
挑発の言葉に応えるかのように、魔力を練る火花が闇中に散った。
ハリエットはその光を目安に隣の柱の陰へと走る。
耳元でシープスキンが放った魔法が巻き起こした風の気配を感じたけれど、それを間一髪でかわして柱の石材に身を寄せる。
闇の中からシープスキンの声が聞こえた。
「なるほどなぁ」
「何がなるほどなんだ!」
「いやね、今の一撃、僕は隣の柱を狙ったんだよね、なのに当たらなかったってことはさ、この部屋、わざと不規則に柱を配置しているね」
「さすがだ、そこに気づくとはな」
この地下室は有事の際に敵を誘い込んで有利に戦えるよう、さまざまな仕掛けが施してある。目で見ただけでは等間隔に見える柱が、実は絶妙な加減で遠くに近くに不規則に建てられているのも、そうした仕掛けのうちの一つだ。城に配属された新兵たちは有事に備えてまずはその柱の並びを覚えさせられる。
小さい頃からこの地下室に出入りしているハリエットは、もちろんどの柱がどこにあるのかまで全て完璧に把握しているが、ただそれだけ。モースリンを抱いて両手のふさがった今、彼の有利はここが自分の家であるという地の利しかない。
「降り注げ!」
片手が自由になった一瞬のすきに、ハリエットは天井に向かって自分の魔力を放った。がこんと石の擦れ合う音がして、天井から泡が噴き出す。それはどうやら狙い通り、シープスキンの真上から降り注いだようだ。
「わ、うわ、なんだこれ!」
それは本来なら消火用として組み込まれた仕掛けなのだが、とりあえずの足止めには使えそうだ。
「今のうちっ!」
ハリエットは闇の中に向かって駆け出した。




